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第四話「暗転」

「麦の作り方を教えてほしいだぁ? あのねぇ、うちには二人も穀潰(ごくつぶ)しを養う余裕はないんだよ! 貴族様が重い税を掛けるせいでね! 帰った帰った」


 そう言われて農家から追い出されるトワとアロア。これで八軒目だった。

 アボイデ村の人々は余所者(よそもの)にとても冷たかった。トワは思い描いたスローライフが早くも頓挫(とんざ)したことに動揺していた。


「こんな、こんなはずじゃ……」


 彼は頭を抱える。アロアも似たようなものだ。彼女にはそう上手くいくとは限らないという予感があったがそれでも現実の厳しさは(こた)えた。


「どうする、トワ」


 不安げに聞くアロア。トワは彼女に頼られるのを恐れていた。自分でも何をしたらいいのかわからないから。むしろ誰かを頼りたいくらいだった。

 誰かを頼る……そうだ! トワは(ひらめ)く。


「ニャック様に助けてもらおう。ニャック様ならなんとかしてくれるはず……」


 自分に入れ替わりの魔法と性転換の魔法を授けたニャックなら、また魔法でなんとでもしてくれるに違いない。淡い希望を抱いた。


「しかしニャックはルナリウムにいるのだろう? 行きは良かったが村には馬車がない」

「それなら」


 トワは地図を取り出し、広げて見る。


「一番近い宿場町(しゅくばまち)のここまで歩くとか」

「時間がかかりそうだから明日早朝に出発して、今日はここに泊まるしかないか」

「でもアロア、泊まるったって宿もないんだよ……まさか野宿?」


 アロアは頷く。トワは身震いする。野宿するなんて考えただけでも恐ろしい。しかし他にどうしようもなかった。

 村役場がある辺りに噴水のあるちょっとした公園があって、浮浪者が溜まり場にしていた。二人は浮浪者達に(なら)って茂みに入って横になる。

 今までふかふかのベッドで寝るのが当たり前だったトワにとって、屈辱だった。土が硬くて全然眠れそうにない。しかし案外アロアは適応していてすぐ寝息を立てていた。

 トワは独り考える。アロアと一緒にいるだけで幸せだし後悔はしていないが、彼女にも幸せになってほしかった。そのためにはこんな生活は絶対に続けられないと思った。

 やがてトワも眠りに落ち――朝を迎えた。

 その日は雲が厚く今にも降り出しそうだった。嫌な天気だと思いながらトワはアロアを連れてアボイデ村を出発した。

 そしてひたすら歩く。無限に広がる黄金の麦畑が今では恨めしく見えた。二時間も歩けばすっかり疲れ果ててしまったが目的地の宿場町まではまだ随分と距離があった。

 その上雨が降ってきた。雨宿りなんてできず、二人は雨の中ずぶ濡れになりながら歩いた。土がぬかるんでいて思わずトワは転ぶ。


「おわっ」

「トワ! 大丈夫?」

「……平気だよ、アロア」


 アロアの前では弱音を吐けないと強がってみせるトワ。差し出された手を取って立ち上がり、再び歩き始める。ついた泥はすぐ雨が洗い流した。

 そうして歩き続けていると雨が上がり、雲の隙間から太陽が姿を(のぞ)かせる。空は赤く染まっていた。

 日が暮れそうになってようやく二人は宿場町まで辿り着いた。その日は宿に泊まって、へとへとになった体を癒した。

 次の日馬車を見つけて乗り込んで首都ルナリウムに向かった。馬車旅は昨日の徒歩での移動と比べれば天国であった。到着したのは夜だったのでまた二人は宿に泊まる。それで有り金を大方使い果たしてしまったが。

 ニャックにさえ会えばなんとかなる――不安を覆い隠すように期待するトワ。大丈夫だ。彼女は自分の一番の親友なのだから。そう何度も思った。

 翌日、トワはアロアを連れてブルゴーニュ邸に向かった。ニッキーニ邸じゃないことを(いぶか)しく思いアロアは尋ねる。


「どういうことなんだトワ。ここはニャックの屋敷じゃなくて……トワネットの屋敷だ」


 トワはこう質問されることを予想していた。彼は観念して真相を一部話す。


「実は今のトワネット・ブルゴーニュがニャック様なんだ」

「なっ!? 一体何を言っているんだ」

「トワネットとニャック様は入れ替わりの魔法で入れ替わっていたんだ。だからニャック様は現在はこの屋敷にいる」

「入れ替わっていた? じゃあ、私に性転換の魔法の薬をくれたのは……」


 アロアは混乱する。いつからか、自分がニャックだと思って付き合っていたのはトワネットだった。トワネットが自分をアルデリヒドからアロアにしてくれた。一体どうして……考えれば考えるほどわからなくなる。

 トワは自分がトワネットであるということさえ言わなければバレないと思って説明した。でも余計な情報を与えてしまったのではないかと不安になる。

 ともかくトワはニャックと話をする方が先決と考え、ブルゴーニュ邸の正門に近づく。門番が見(とが)めて通せんぼする。


「怪しい奴! ここはお前らのような者がくるところではない!」


 門番はトワとアロアのすっかりすり切れた服、小汚い身なりを指して言った。トワは言い寄る。


「俺はトワ。トワネット・ブルゴーニュに一番の親友が助けを求めに来た。会って話をしてほしいと伝えてくれ。頼む」


 トワは思いっきり頭を下げる。すると門番も見かねて、


「わかった、伝えるだけ伝えてやるよ」


 と言い残して屋敷に入っていった。

 十五分ぐらい待っていると門番が帰ってきて、非情な結果を告げた。


「トワネット様はお前達のような者は知らないそうだ。帰れ」

「そんな……馬鹿な……何かの間違いだ……」

「ほら早く帰れ!」


 門番は数人がかりで渋るトワ達を敷地内から追い出す。門は閉じられもう開くことはない。


「どうしてだ……どうしてなんだ……ニャックー!」


 ニャックの背信に怒りに打ち震え、泣き出すトワ。

 そんな様子を部屋の窓から眺めるニャックがいた。彼女は貴族の令嬢トワネットとして生きている手前、得体の知れない平民とは関われないと思っていた。


「悪いわねトワネット。でも後戻りはできない、って私言ったわよね」


 クスクスと笑う。その意地の悪さはまさにお伽噺(とぎばなし)の魔女そのものであった。

 親友に裏切られ途方に暮れるトワ。この世のどこにも自分達の居場所がない。もうお金もない。どうすればいいのか、彼にはもうわからない。

 それを見かねてアロアが声を掛ける。


「トワ……」

「どうしよう、どうしようアロア。俺がしっかりしないといけないのに、何もいい考えが浮かばない……」

「それなら私に考えがある」


 一呼吸置いて、アロアは恐ろしい企みを話した。


「物取りになろう。まず武器が必要だ。手始めに武器屋を襲って……」

「ちょっと待ってアロア、そんなの駄目だよ! 物取りなんて」


 盗賊になろうというアロアの提案に反対するトワ。しかしアロアの決意は固かった。


「大丈夫だトワ。剣の心得ならある。子供の頃から父上に叩きこまれた。私はどんな手を使ってでも生き抜いてみせる。トワ、君を助けてやる」

「そんな、駄目だよアロア……」

「もしどうしてもできないと言うのなら……私達はここで別れるべきなのかもしれないな。物取りになれば当然追われる。命の危険もあるだろう。そのリスクを冒したくないのならそういう生き方を模索すればいい。私は止めはしない」

「アロア……」


 その言い方はずるいと思うトワだった。アロアと別れるなんて絶対嫌に決まっている。ならば道は一つしかなかった。


「俺もアロアと一緒に行くよ……置いてかないでよ……」


 涙を(こぼ)しながらトワは懇願した。アロアはそっと手を差し出し、彼の涙を(ぬぐ)ってやる。


「じゃあ行こう!」


 そしてアロアは修羅の道に転がり落ちていった。トワを引き連れて。

 ――それがどんなに罪深いことか、後で彼女は悔やむことになる。




 アロアはトワをルナリウムのある武器屋の前で待たせて、一人店に入った。

 他の客がいなくなったタイミングを見計らって剣を手に取る。すると店主が近寄ってきた。


「お嬢さん、それは結構な値打ちもんですぜ」

「高いのか?」

「まぁその分切れ味は最高よ」

「そうか。なら貴様で試してみよう」


 アロアは剣を(さや)から引き抜き、店主に一太刀(ひとたち)浴びせた。鮮血が噴き出し、店内は赤く染まる。

 返り血を浴びたアロアは妖艶(ようえん)微笑(ほほえ)む。それはまるで悪鬼羅刹(あっきらせつ)であった。彼女は店のカウンターに行き金を漁る。そしていくらかのお札と硬貨を左手に掴み、右手で剣を持って店から出てきた。


「アロア!」

「トワ、逃げよう。すぐに憲兵が来る」


 トワはアロアの異様さに驚きつつも頷いて走り始める。それまではトワが先頭だったが今はアロアが行く先を示していた。

 殺人は見つかり、街は慌ただしくなる。憲兵達は出動し犯人の捜索を開始する。

 こうしてトワとアロアは追われる身となった。行く手には暗雲立ち込める。




「どうか命だけは、見逃してくださ……ぐぁ」


 命乞いをする哀れな青年の心臓を無慈悲に突き刺すアロア。そして物言わぬ死体から金目のものを()ぎ取った。

 こういうことはもう二度三度やっている。


「もうやめようよアロア……何も殺すことはないよ……」


 トワは弱気になって言う。しかしアロアはキッパリと跳ねのけた。


「それはできない。生かしたら通報される。ただでさえ追われる身なんだ。憲兵に位置を知られたくない」


 正論ではあった。だからトワは結局飲み込む。

 二人は国境沿いの小さな街まで逃げ延びていた。ここで国境を越えて隣国に行くかどうかが目下議題であった。

 国境さえ越えれば追っ手は来ない。自由の身になれる。しかし隣国でも盗賊を続けるのなら結局同じ話であるし、国境を越えるには検閲(けんえつ)を潜り抜ける必要がある。そのリスクに見合うかどうかというと難しいところで、彼らは停滞していた。

 それともう一つの議題は今日寝るところをどこにするかだ。

 街を歩き回っていると宿は見つからなかったが、小さな地方貴族の屋敷を見つけてそこに泊まろうとアロアは言い出した。


「でもそれって、勝手に忍び込んで寝るってこと……?」

「忍び込むんじゃない、ぶんどるんだトワ」


 そんな大胆不敵なことをアロアは言い放つ。彼女は屋敷にいる人間を皆殺しにして乗っ取るつもりでいた。自分の剣の腕ならそれができるという過信があった。

 そして正門から堂々と入ろうとしたアロアだったが、様子がおかしいことに気付いた。見張りがいない。それに血の匂いがした。


「トワ、こっち来て」


 アロアに促され、トワも門までやってくる。そして同じく不審に思った。


「何か変だよアロア。引き返した方がいい」

「いいや、行こう」


 アロアは蛮勇を発揮して屋敷の中に入っていくのでトワもおっかなびっくり後をつける。すると屋敷の玄関ホールで二人は狂気的な光景を目にした。

 人々が騒いでいる。手には棒を持って。その切っ先には館主夫妻とその子供達と見られる貴族の首や手足や胴体が刺さっていた。そんな狂乱の宴を目にしてトワは吐きそうになって口を手で押さえる。アロアも流石に圧倒されていた。


「どうした? 貴族様に用か? それなら残念だったなぁ、すでに革命した」


 その宴の中央に陣取っている大男が来訪者に声を掛けた。アロアは問う。


「革命とは?」

「貴族を倒し、俺達平民の平民による平民のため政治を行うための運動さ。貴族に(しいた)げられるのももうおしまいだってことだ。これからは貴族の領地を奪って皆に分け与える! 税金もなしだ! この世の楽園を作るんだよ」

「なければ作る、か」


 アロアは男の言葉に感化され始めていた。トワはそれを危険に感じていたが口に出せない。


「どうだいお二方、お前達も革命に加わらないか?」

「トワ……私は……」


 これ以上何も聞きたくないトワだったが、アロアは熱に浮かされたように言う。


「世界を革命しよう。一緒に」


 アロアの殺し文句にトワは打ち震えた。

次回「真実の愛」

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