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第二話「性転換の魔法」

 トワネットは頭の中を整理しようと試みる。

 二年前に婚約破棄された相手アルデリヒドに再度求婚するために友人のニャックと魔法で入れ替わった。まではいいとして、アルデリヒドは男しか愛せないいわば同性愛者だった。それならニャックに成り変わったとして、意味ないのでは。

 トワネットは目の前が真っ暗になったような気がした。


「私はある時気づいたんです。自分が好きなのは女ではなく男なのだと。そんな気持ちを隠してトワネットと結婚すると思うと彼女を裏切る気がしてできなかった。だから私はこれからも独り身でいようと考えています」


 この国では男が男と結ばれることは断じて許されない。アルデリヒドが選んだのは茨の道だ。それでも彼は自分に正直に生きようとした。

 トワネットはショックでなんと言ったらいいのかわからなかった。相手の無言をアルデリヒドも不安がって、


「い、今の話は他言無用でお願いします。秘密にしていただけると」

「……え、ええ」


 言ったことにやっと反応を返すトワネット。ひとまずアルデリヒドは安心し、相談を魔女に持ちかける。


「私の悩みとはまさにそのことで……貴女(あなた)の魔法でなんとかならないものかと考えていました」

「私の魔法で!?」

「ええ」


 アルデリヒドはトワネットをニャックだと思って頼ってくる。トワネットも思い直した。

 そうだ魔法! ニャックの魔法ならこの状況を打開できるかもしれない。


「わかりました。今すぐにとはいかないけど考えておきましょう」


 考えなしに言うトワネット。するとアルデリヒドの表情が少し明るくなった。その顔が見られただけでも良かったと思う彼女だった。

 彼の力になりたい――トワネットはそのためならニャックに頭を下げることくらいは容易(たやす)いと考えた。




「ということなの。ニャック、一生のお願い。なんとかして」


 入れ替わりのための定期的な打ち合わせでニッキーニ邸に来たニャックにトワネットは事情を説明し、懇願した。するとニャックはクククと不敵に笑った。


「あらそんなこと? ええ、なんとかはなるわよ」

「ホント!?」

「性転換の魔法でアルデリヒドを女にするの。そうすれば彼は堂々と男に求愛できる。そして貴女が男になれば可能性はまだ(つい)えていないわ」

「性転換の魔法! そんなのあるんだ……流石ニャックね」

「ただし性転換すれば今と全くの別人になる。家系図も持たない人間になる。その意味がわかるわよね? 貴族ではいられなくなる。今までの家、今までの暮らし、全部捨て去って新しい人間になる。後戻りはできない。その覚悟が貴女とアルデリヒドにあるかしら?」

「私にはあるわ、ニャック」


 即答だった。アルデリヒドに愛されるためならどんな姿に成り変わってもいい、とトワネットは決意していた。本物の魔女はクスクスと愉快そうに笑う。


「トワネット、貴女のそういうところは好きよ。じゃあこの小瓶を」


 ニャックはトワネットより勝手知ったる元自分の部屋の棚から緑色の液体が入った小瓶を取り出す。


「これを飲むだけでいいわ。少量でいいから半分は空き瓶に移し替えて二人で分けなさい」

「ありがとう、ニャック。貴女は最高の友人よ」

「それはどうも。でもこれを飲むなら私ともお別れね」

「ああそうか……」


 改めてトワネットは取り返しがつかない行為に及ぼうとしていることを認識するのだった。


「じゃあ今日は一杯付き合ってくれる? 私達の新しい門出を祝って」

「気が早いわね。まだ彼が飲んでくれるとは決まってもいないのに」

「うっ。それはそうだけど……一杯やりたいの。いいでしょ」

「いいわよ、付き合ってあげる。最後くらいは」


 その日は飲み明かしたトワネットとニャックだった。トワネットは男性化してもニャックとの友情を大切にすると言った。一方ニャックはその後のことについては口を濁した。貴族の令嬢トワネットとして生き始めたニャックにとって、貴族でなくなったトワネットのことはどうでもよいのが本心だった。

 それは後に嫌というほどわからされるトワネットだったが、今は気付かない。




 翌日、トワネットは性転換の魔法の薬を持って、チューリヒ宮殿にやってきた。いつものようにアルデリヒドは人気(ひとけ)のない庭のオブジェに好んで座っていた。


「アルデリヒド~」

「ニャックか。今日も素敵なドレスだね」

「そう? ありがとう。貴方はいつも通りね。いつも素敵」

「そう言われることなんか滅多にないよ……それよりその小瓶は?」


 アルデリヒドが聞いてきたので好都合とトワネットは説明する。


「これは性転換の魔法の薬よ。アルデリヒド、貴方女にならない? そうすれば男と結ばれることができるわ」

「性転換の魔法……そんなことが!」


 アルデリヒドは驚嘆しながらも小瓶を凝視する。まるで喉から手が出るほど欲しいみたいに。

 トワネットは彼を(だま)したくないので性転換のデメリットについても正直に言う。


「ただし性転換したら全く新しい人間になる。つまり今までの暮らしを捨てなければいけない。貴族ではいられなくなるわ。それでも構わないなら」

「それもそうか……少し考えさせてくれないか。一日待ってくれ」


 トワネットと違い、アルデリヒドは返答を一旦保留にした。


「そう、貴方の返事を待っているわ」


 トワネットは内心不安で仕方なくなる。もしアルデリヒドがこの誘いを断ったなら? そうしたらもう彼と結ばれる手段がなくなってしまう。

 お願いアルデリヒド、トワネットは祈る。彼が性転換する気になるように。




 さらに翌日、トワネットはアルデリヒドの出した答えを聞きに宮殿へ向かおうとしたが、先に執事から彼がニッキーニ邸に訪れたことを聞いた。

 アルデリヒドは馬で一人でやってきた。彼は魔女ニャックに会いに来たのでトワネットは彼を自分の部屋に通す。

 入れ替わってからというものの部屋を片付けたので、書類が散乱して足の踏み場もないというようなことはなかった。


「やあニャック、君の家に来るのは初めてだね……驚かせてしまったかい?」


 アルデリヒドは優しい声色(こわいろ)で話しかける。トワネットはドキドキしながら話す。


「いえそんなことは。ただ心を決めたのかなと思って、それが気になって……」

「ああ。それなら決めたよ。ニャック。私に性転換の魔法を授けてくれ」

「本気、なのね?」


 コクリと頷くアルデリヒド。トワネットは内心よっしゃあと叫ぶが、あくまで魔女らしく涼しげな顔を取り(つくろ)う。


「それならこの魔法の薬を飲んで」


 トワネットは緑色の液体が入った小瓶を棚から取り出して、アルデリヒドに差し出す。彼は瓶の蓋を取り除き、口を付けて一気に飲み干した。

 すると突然小瓶を落とした。割れるガラス瓶。苦しみだすアルデリヒド。何事かとトワネットは駆け寄り彼の体を支える。体温が伝わるがすごい高熱だった。ニャックの奴、なんてことするんだ! 憤慨するトワネットだが、それは急激な肉体の変化の副作用に過ぎなかった。

 百八十センチあったアルデリヒドの身長はみるみる縮んで百六十センチくらいになり、トレードマークの赤毛はそのままに髪は伸びる。そして鍛えられた胸筋は膨れ上がって服がはちきれんばかりの豊満な胸になり、股間は凹んだ。全体的に丸みを帯び、元々優美だった顔立ちはさらに柔らかくなった。

 あっという間に変化(へんげ)は完了した。誰がどう見てもアルデリヒドは女性の姿になっていた。恐るべし、ニャックの魔法。


「これが、私……?」


 アルデリヒド自身もないはずのものがあり、あるべきものがなくなっている体の変化(へんか)を確かめ、戸惑う。


「魔法は成功のようね」


 トワネットはひとまず安心する。ニャックの魔法は本物で疑いようがない。しかし問題はこれからだった。


「着替えを用意させるから、しばらくこの部屋で待っていてねアルデリヒド」


 そう言ってトワネットは部屋から抜け出す。こっそり魔法の瓶を持って。それから執事に魔法の実験で使うからという理由で男物の服を用意させた。こういう無茶が通るのもニャックだから大丈夫だとトワネットは知っている。そして服を持って人目につかぬ場所で性転換の魔法の薬を飲んだ。

 途端に体が熱くなって胸が苦しくなる。だがそれをトワネットは我慢する。すると身長が百七十五センチくらいまで伸び、長かった髪は一気に短くなって、胸の膨らみはなくなり、代わりに股間が膨らんだ。全体的に角ばって、元々目つきの悪かったニャックの顔はさらに人相が悪くなる。

 男と化したトワネットは衣裳部屋に行って用意していた男物の服に着替え、その後アルデリヒド用にニャックが元々持っていた機能性重視の動きやすいドレスを見繕う。ついでに鏡で自分の姿を確かめた。


「本当に男になってる……私……いや俺ね。これからは」


 そんなことを呟きながら考える。自分の出自とこれからのことをどうアルデリヒドに説明するかを。

 考えがまとまってようやくトワネットはアルデリヒドの下へ向かった。人に見つからないよう隠れながら。


「ニャック? 誰だ!?」


 ニャックの部屋の中で待っていたアルデリヒドは見慣れぬ強面(こわもて)の青年が入ってきたものだから警戒する。トワネットは新しく自己紹介する。


「俺はトワ。ニャック様の小間使いです。ニャック様から話は全て伺っています。今後の世話をするようにと仰せつかっております」

「そ、そうか。よろしくトワ。私は……」

「アルデリヒド様、そのままの名前では今後不都合でしょう」

「そうだね。じゃあ、アロアで」


 トワネットはトワ、アルデリヒドはアロアと新しい自分を規定する。トワは早速今後の予定を話す。


「まずはニッキーニ邸を出ましょう。アルデリヒド様がいなくなったとあれば一大事。混乱する状況下に居続けるのは賢明とは言えません」

「それはそうか」

「俺の後に続いてください。アロアは本来いないはずの存在ですから、人に見つかると面倒です」

「わかった」

「まず金庫に行って有り金を頂いていきます」

「いいのか?」

「ニャック様の許可はいただいていますので。それから屋敷を出ましょう」

「そういえばニャックは?」

「急用で出かけられました」


 そんなのは全部口から出まかせだ。金庫にもニャックの姿で先に行っておけばよかったが、計画性なんてなかったのである。

 ともかく着替えたアロアを従えてトワは部屋を出る。そして人目につかないよう慎重に金庫部屋まで行き、札束をズボンのポケットに入るだけ取ってきた。それから二人は庭に出て門の様子を茂みから伺った。

 屋敷の正門には流石に門番が二人いる。この二人を何とかしなければならない。だがトワには策があった。


「俺が門を通してもらうように話してきます」


 アロアを残してトワは単身門に向かう。すると突然の不審者の出現に門番は驚き警戒する。


「なんだ貴様は、どっから入ってきた!」

「ちょっと寝ててよ」


 トワは青い液体が入った小瓶を取り出し、蓋を取って中身を門番二人に振りかけた。それはニャックが残していった眠りの魔法の薬だった。門番たちは途端に眠気に襲われ寝てしまった。

 アロアの下に戻ってトワは彼女を連れ出し門を通る。


「門番、寝ているようだけど……話はつけられたのか?」

「ええ、こいつらはこうしてよくサボるんです」


 (いぶか)しげに眺めるアロアに対し、トワは苦し(まぎ)れに笑った。

 そうして二人はニッキーニ邸を後にした。これから二人の楽園を目指す逃避行が今始まった。

 どんな姿に成り変わってもアルデリヒドに愛されたいと願ったトワネットの行いがどんな結果を生んだか、この時はまだ誰も予測できなかった。

次回「新天地」

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