従順を演じていた令嬢の逆襲。本気になった私は王太子殿下を誘惑し、国を寝取りました。
「シアラ、お前の婚約者候補を見つけてきたぞ!」
重大な話があると呼ばれた昼下がりの午後。仕事を終え自宅に戻った私に父は、白くなった顎髭を撫でながら自慢げにそう言い放った。
「は?」
思わず本音がこぼれ落ちる。父は今年五十だったか。さすがにボケるにはまだ早い。だとすると、またどうせいつもの悪い癖だろう。
父はこの国の元騎士団長であり、その任を解かれた後も騎士団の新人育成顧問としてこの国に貢献している人だ。
その性格は良く言えば、猪突猛進。悪く言っても猪突猛進。思いたったらその信念を曲げることなく突き進む、そんな人だ。戦闘においてその思い切りの良さが功を奏し、先の隣国との戦いに勝利を収め英雄にまで上り詰めた。
しかしそれが人間関係、特に家族のこととなると全くの別の話だ。
「シアラ、お前ももう十八だ。普通の貴族の令嬢ならばとっくに婚約をして結婚している年頃だ。このまま行き遅れてはまずいと思って、おれが婚約者候補を見つけておいたのだ」
「はぁ……それで……婚約者候補というわけですか……」
貴族というモノは、親同士が決めた婚約の元結婚をするというのが未だに慣例だ。一部では恋愛結婚なんていうものもあるらしいのだが、古いしきたりを重んじるこの社会ではごくわずか。
そのため結婚適齢期となるよりもずっと前に婚約が決まることが多い。しかし私にはまだ婚約者はいない。今年で十八になる私は一般的に言えばかなり遅い方であり、このままでは行き遅れ物件なのは間違いない。
しかしそうさせてきたのは、他でもない父だったはずだけど。
「そうだ、嬉しいだろう。相手は第二騎士団の団長でな、男爵家の次男坊だ。そこそこ強い上に、我が侯爵家に婿入りしてもらえる優良物件だ。これでお前が男の子を産めば、我が家も安泰だ。良かった、良かった」
「男の子……安泰……」
「あはははは。そうだぞ、女はだめだ。男を産まないとな」
「……」
自分で自己完結をし、更には良かったと締めくくる。
挙句の果てに……ああこの言葉か。まったくなんと表現したらいいのだろう。この胸にずしりと、鉛のようなモノを置かれたこの感じを。
でもそのおかげか、ふと自分の中で何かがカチリとはまった。「女はだめだ」この言葉こそ、父がずっと母に言って来た言葉に違いないと。
「……ほんと……バカバカしい」
「ん? シアラ、今何と言ったんだ?」
「バカバカしいと言ったんです、お父様。ああ、でも違いますね。バカバカしいではなく、本物の馬鹿なんだから」
感情にまかせ口を開くと、ついつい早口になってしまう。
「な、おまえ親に向かってなんという口を利くんだ!」
「親? あはははは。親らしいことなど今までにして下さったことなど一度たりともないくせに。それこそ、どの口が言うんだか」
父の顔に、うっすら青筋が浮かび上がる。しかし今の私はもう、そんなことなど気にしない。私はいつも母のために父の顔色を窺い、父の指示に従ってきた。母が父から責められる姿を見ることで、自分まで惨めになる気がしたから。でも今はその庇うべき母ももういない。
「お、おまえはなにを馬鹿なことを言ってるんだ」
「あー、やだやだ。跡継ぎとか、女だからダメだとか。何時代ですか、今。だいたい、そうやって女の私しか産めなかったお母様のことも責めていたんですよね」
「べ、べつにそんなことは……」
急にばつの悪そうに言葉を濁す。父はずっと自分の代わりに騎士団を継ぐ男の子を熱望していた。しかしそれが叶わないと分かると、今度は女だった私に剣術や武術を教え込む。
母は貴族の令嬢である私が傷ついたら困ると父に何度も止めさせるようにお願いしたが、ついにその願いが受け入れられることはなかった。そして女の子しか産めなかった母は死ぬ間際までずっと父に、それ以上に私に謝り続けていた。
「何を言い出すかと思えば、今更、貴族令嬢として結婚して子どもを産め? 私が仕事上、今どのポジションにいるのか分かって言っているのですか?」
「仕事などより、家のことの方が大事だろう」
「あはははは。今まで家を大事にしてきたことのない人が、よくそんなコト言えましたね。それに私がこの役職に就いたのも、全てお父様の命令ではないですか!」
父の命に従いただ強くなり、父の望む仕事に就いてもう三年近くになる。私は父の提案により新設された、この国の王太子殿下の護衛官兼侍女頭だ。始めは父の言いなりになってする仕事に嫌悪していたものの、今ではこの仕事を誇りに思っている。
三年かけてやっと、そう思えるようになったのに。今までの辛い訓練すら、この仕事をすることで報われた気になっていたのに……。
「仕事は誰か後任に任せることも出来るだろう。しかし結婚し子どもを産めるのは、年が限られている。だからだな……」
「はぁ……。分かりました」
「おおそうか、分かってくれるか」
満面の笑みを浮かべながら、父は私の肩に触れた。私も人生で生きてきて、今までで一番の笑みを返す。 そしてそのまま素早くしゃがみ込むように姿勢を落とし、父に足払いをかけた。
まさかここで攻撃を食らうと思っていなかった父は、盛大に尻もちをつく。何が起きたのか全く理解できていない父の鳩尾を私はそのまま踏みつけた。
「ぐぁぁぁ。な、ななな、なにをするんだ、シアラ」
いかに体格・体重差があるとはいえ、ここまでされた父はもちろん立ち上がることなどできない。
「お父様? 今はどちらが上だと思っているのですか?」
「どういう意味だ」
「片や騎士団長の職を解かれた人間と、現在王太子様の影の側近とまで言われるようになった私。貴族だから? 父親だから? だから何だというのです。今や立場上は私の方がお父様よりも上なのですよ。いい加減、いろんなコトからすべて引退してくださってもいいんですけど」
「お、おまえは何を考えてるんだ。おれはおまえの父親だぞ」
「だーかーらー、まだわからないんですか? 親だなんて、一度も思ったことないですし。別に私はあなたが今すぐここで人生を引退して下さっても構わないんですよ?」
もう父の顔色を窺い、従順に生きるのは辞めよう。守るべきものもいないのならば、私だって好きに生きてもいいはず。そう今までそうしてきた父のように。
鳩尾の上に置く足に体重をかけた。
「や、やめろー」
「だいたいご自分の後輩であり、身分下の次男を婚約者にだなんて……。相手が断れないのを知っていて押し付けるなど、パワハラ以外の何物でもないですから。これに懲りたら金輪際、私の行動に口を出さないことですね」
「くっ」
さらに体重をかけると、父は苦悶の表情を浮べた。私はそれ以上何も言おうとはしない父を見て、微笑む。もっと早くにこうしておけば、母が自分を責めながら死にゆくことはなかったのかもしれない。
母を助けることが出来なかった。でもだからこそ、私にはまだやらなければいけないコトが残っている。
「さようならお父様、どうぞお元気で長生きして下さいね。まだあなたには、やってやりたいコトが私にはたくさんありますから~」
にこやかな笑みと共に、私はそのまま全体重を足にかけた。
◇ ◇ ◇
王宮の廊下から貴族の令嬢たちの黄色い歓声が聞こえる。渡り廊下の先は貴人の演習場があり、それを見に来ているのだ。
そう彼女たちのお目当ては、騎士団と共に演習を行う王太子殿下だ。
この渡り廊下は本来、私と騎士団の管理下に置いて令嬢などは入れないようになっている。しかし私がココを留守にしたたった数時間で、この有様だ。
きっと令嬢たちに押される形で、入ることを許可してしまったのだろう。
まったく騎士団も不甲斐ないというか、職務怠慢もいいところだ。そして彼女たちも残念なことに、大きな勘違いを一つしている。
「お嬢様方、今すぐご退場願えませんでしょうか。この渡り廊下は、許可されていない者の入場が禁止されているはずです。本日の責任者は誰ですか? 今すぐご令嬢たちを退場させてください」
「あーあ、もううるさいのが来ちゃったし」
「ホントだ、おばさん侍女頭登場~」
「まったく規則規則って、固すぎるのよね」
「あのひっつめ頭の中みたいにね。まったく、あの中一回見てみたーい」
絶対に周囲の人間たちに聞こえると分かる大きさの声で、令嬢たちはクスクスと私への悪口を並べ立てていく。
私も貴族令嬢ではあるが、ここではあくまでも王太子殿下付きの護衛官兼侍女頭だ。そのため髪はすべてひっつめメイドキャップの中にしまい込み、すっぴんに大きな眼鏡というとても地味な姿だ。
もっともこれも全部父からの命令のせい。殿下に女を意識させず、迷惑をかけず、地味で目立たない女をというもの。 まぁ、今となってはある意味これも私の作戦には丁度いい。
このキーキーと騒ぐ勘違い令嬢たちはもちろんのこと、殿下ですら私の中身を知らないのだから。
「本日責任者は自分です。シアラ殿申し訳ない。ご令嬢たちには、すぐに退場していただきます」
「そうして下さい。殿下は、ここで騒がれるご令嬢の方をとても嫌われます。すぐにでも退場していただかなければ、今後登城すら難しくなるでしょう」
「な、なにそれ」
「あなた、どうしてそれを先に言わないのよ」
「聞かれてはおりませんでしたので」
「だ、だからって」
「ですので常日頃から、ココへの侵入は禁止していたはずですが?」
令嬢たちは皆一様に真っ青だ。ここに来て殿下の目に留まりアピールできれば、自分たちとて王妃候補になれるかもしれないと思っていたのだろう。しかしまったくの逆効果。殿下はここに来ていた令嬢は例外なく、婚約者候補から外している。だから未だに殿下の婚約者がこの国内において見つけられないのだ。
「そ、それはそうだけど」
「ではこちらには落ち度はないですね」
「親切ではなさすぎよ」
「私の業務はあくまでも殿下の侍女にございます。言葉の通じない令嬢たちの子守りは含まれておりません」
「な、あんた」
よほど腹に据えかねたのか、令嬢の一人が手を振り上げた。しかし私はその場から一歩下がり、令嬢の手は空を切り、その場によろけてしゃがみ込む。私はしゃがみ込んだ令嬢に寄り添うかのようにしゃがみこみ、小さな声で囁きかける。
「貴族令嬢ともあろう方がはしたないですよ? それに、私はこれでも侯爵家の令嬢なんです。こんなことが公になって困るのは、あなたがたのお父様たちではないんですかねぇ。貴族間の暴力事件は、即幽閉ですし」
「な、な、な……」
「さぁ、掃除大変なんで、とっとと出て行ってもらえます? お家ごと王都から追い出されたくなければ」
私が侯爵家の令嬢だということも知らなかったのだろう。ただ、殿下付の侍女であるという時点で身分を考えないというのも、なんと頭が悪い。底が知れてるというものだ。
「なによ、なんなのよ」
「はぁ」
令嬢はそのまま地べたを這いつくばるように数歩下がった後立ち上がり、泣きながら走り出す。
「ま、待ってください」
つられるように残っていた令嬢たちも、走り出した。絵面は私がいじめたように見えるが、殿下は基本私には寛容だ。 むしろ先ほどのような令嬢たちを殿下は毛嫌いしている。
だからこそ隣国の姫君との仮婚約が大臣たちのゴリ押しで決まったが、先日から殿下はかなり気乗りしていない。何せ、騒ぐ令嬢も高飛車な姫君も殿下の好みではないのだ。
「まったく、君が数時間いないだけで酷い騒ぎだな」
「これは殿下……申し訳ありません」
「いや、シアラのせいではないだろう」
騒ぎが治まったのを見計らった殿下が、私の方へ歩いてきた。やれやれと言ったように、あまり機嫌が良くないのが見て取れる。
「どうしてこうも令嬢という生き物はうるさいのかな。せっかく君が休みを取っていたというのに」
「私でしたら大丈夫です。いつでも殿下の側に控えさせていただきます」
そう言いながら殿下を見上げれば、殿下は大きなブルーの瞳を細めて嬉しそうに微笑み返してくれた。
「まったく同じ貴族令嬢だと言うのに、こうも違うものとは」
「ふふふ。光栄にございます」
「ところで、父上殿の話とやらは大丈夫だったのかい?」
殿下も父の性格を重々承知している。どうせまた思い付きでなにかを言われたコトなどお察しだ。
「それが……」
「どうした?」
私はわざと殿下から視線を逸らし、やや視線を落とす。そしてあくまでもその表情は泣き出しそうな、苦悶を浮かべた表情で。
「シアラ?」
「……殿下……、あの……その件で、夜少しでいいので私にお時間を下さいませんか?」
意を決したように殿下を上目遣い見つめ、手を前で組む。今までどんなコトがあっても私は殿下に弱音を吐いたり、お願いをしてきたコトなどない。だからこそ、これは効果的だ。
「もちろんだ。公務が終わる時間に来なさい」
「ありがとうございます、殿下」
本当にありがとうございます、殿下。そうこれが第一歩。殿下の性格上、夜まで気になって私のことを考えていてくれるでしょう。
全ては計画通り。小細工もとい、下準備は完璧です。
◇ ◇ ◇
王宮内に与えられた自室へ戻ると、夜のために支度を始める。この日のためにというより、今まで父の命令をただ真面目に聞いていたために着ることのなかったドレスを出した。そして同時に、ひっつめてメイドキャップの中にしまっていた髪を下ろし、梳いて行く。
今日はこの大きな伊達メガネも必要はない。
殿下が嫌わないぐらいの薄さで化粧を施し、前に殿下から頂いた香水をつける。このまま夜遅く訪ねるのだから、あえて装飾品は必要ない。
鏡に映し出される自分の姿を眺めた。切れ長で大きなオレンジ色の瞳に水色の長い髪。髪はグラデーションのように、濃い青から水色へと変化している。私のこの姿を知っている者は、今や父以外ほどんどいないだろう。
私は殿下の公務が終わる時間より少し遅めに、部屋を後にした。
入室許可をもらい殿下の部屋に入ると、予想した通りに殿下はお酒を飲まれていた。そしていつもとは違う格好の私に酒を飲む手を止め、心底驚いたようにその場に立ち上がる。
「殿下、今日は貴重なお時間をいただいてしまって申し訳ございません」
「い、いや……。そんなことはいいのだが……シアラ、君は……」
「どうかされました? 殿下」
殿下は開いた口が塞がらないと言わんばかりに、ただ私を見つめていた。
それはそうだろう。三年間ずっと一緒にいたはずの私を、やっと一人の女性として認識したのだから。
「いや、なんというかその……。ああ、そうだ話をということだったな」
「はい、殿下……」
「そこではなんだ。とにかく座りなさい」
私はその言葉を聞くと、やや悲しげな笑みを浮べながら殿下の座るソファーの隣に腰を掛けた。本来ならば、対面に座るのが貴族令嬢としては正解だ。しかし思惑のある私からすれば、対面ではなんの効果もないことを知っている。
だからこその隣。いきなり隣に座られ、やや照れながらも戸惑いを隠せない殿下が少し可愛らしく思える。
「の、飲むか?」
「よろしいのですか?」
「ああ、その方が話しやすかろう」
自分が飲んでいたワインをもう一つのグラスに、殿下自らが注ぐ。こんなコトをしてもらえる人間は、この国でもそうはいないだろう。
「まぁ、殿下の手ずからなど……。申し訳ありません」
「いや、いいのだ。君には常日頃からずっと感謝している」
「そんな。私はただ職務を全うしてきただけ。それに、殿下のお側にいられるのです。こんなに幸せ……、あ、光栄なことはないでしょう」
言い間違えたふりをしつつ、私は一気に差し出されたワインを飲みほした。そしてやや赤くなった顔で、殿下を見上げる。
「そ、そうか……。ところで話というのは……」
「父が私の婚約者を決めてきたようなのです。それで家に入り、子を産めと……」
私はグラスを置き、そのまま下を向く。
「なんと、急な」
「私は貴族令嬢としては売れ残りです。結婚適齢期もすでに迎えているのに、婚約者もおりません。父はお家のために、格下の男爵家の次男と結婚させるつもりなのです」
「急すぎるだろう、そんなこと。だいたいシアラに何の相談もなく決めることではないはずだ」
「父はあの性格です……。女である私の意見など、聞くことはないでしょう」
「馬鹿な」
まるで自分のことのように怒る殿下に、私は更に言葉を続けた。
「このままだとこの職務の任も解かれ、殿下とお会いすることももう出来なくなるでしょう。殿下、殿下、私は……」
瞳に涙をいっぱい溜め込み、そのまま殿下の胸に飛び込んだ。殿下はそんな私を優しく抱きとめる。
私の髪が、白いシーツの上に海の波を描いていた。
◇ ◇ ◇
「王妃様に今回、出版のお話をお受けしていただきありがとうございました」
ペンと紙を持った一人の女性記者がやや興奮しながら、前のめりになって私に声をかけた。ここは宮殿のある庭だ。色とりどりの花たちに囲まれたここで、お茶を飲みながら私は彼女から取材を受けている。
「いいのよ。どうせ退屈していたところだから」
貴族たちの恋物語が本になるという最近の流行りに乗って、どうしてもと私のところにも話が来たのが数日前だ。本来は王妃の恋物語など公にするものではないとは分かっていたが、今回の私の逆襲の締め括りにはこれがぴったりだと思ったのだ。
「それにしてもこんな刺激的なお話を聞かせていただけるなど、思ってもみませんでしたわ。それにしても王妃様は素敵ですわ」
「ふふふ。ありがとう」
あの後、殿下はすぐに隣国の姫君との仮婚約を破棄し、私と婚姻を結んだのだ。殿下は知らない。私の心の内を。
現実、私にべた惚れのあの人は頭が上がらないでいる。そして次期国王であるこの子を産んだ私には、大臣やほかの者すらも頭が上がらない。
そう、すべては計画通り。
父が望んだ結果ではなく、私が望んだ結果のまま。
この国すらも、私の手の中に……。
「まーた母上は、そんなウソ教えてるんですかー?」
不意に私と記者とのお茶会を邪魔するように、声がかかる。父親似の青い瞳をした今年十二歳になる私の自慢の息子だ。私は父が望むように男の子を産むことが出来た。ただ父が望んだ相手ではないということだけ。
しかし息子はとても意地悪そうな顔をしながら、お茶会に乱入してくる。
「嘘など付いてないですけど?」
「途中までは、でしょお母上」
「え、え、え」
私はむくれた顔を隠すために、扇を広げ口元を隠す。まったくタイミングがいいというか、なんというか。
「ちゃんと真実を言わないとダメですよ、母上」
「物語なのですから、全てを真実で埋めなくてもいいでしょ」
「えっと……王妃様?」
困惑した記者を横目に、息子は満面の笑みだ。
まったく、せっかく綺麗にお話がまとまっていたというのに。
「記者さん、本当はあの母が父上の部屋に行った夜、母を見た父が母に一目惚れしたんですよ」
「ま、まぁ。さすが王妃様。本当にお美しいですものね」
「で、その場で父が口説き落として、他で決まっていた婚約を破棄させて母に結婚を申し込んだんです」
そう。真実は息子の言う通りだ。
部屋に入った瞬間からすぐに手を握られ、熱烈に殿下から口説かれてしまった。私の計画では誘惑して寝取るというのが目的だったのに。
「でも素敵じゃないですかー。国王様が王妃様にぞっこんだなんて」
「それではダメなのよ。だって私のシナリオとは違うのだもの」
私はぷいっと横に顔を向けた。せっかくの刺激的ないいお話だったのに、最後の最後が溺愛だなんて。世の中、思うようにはいかないとはこのことなのだろう。
「えー、ダメなのですか? 王妃様。とても良いお話だと思うのですが」
「あはははは。母は、照れてるんですよ。自分で一生懸命計画を立てて、堕とそうとしていた父に溺愛されて甘やかされてるってことがバレるのが」
「な、べ、別に私は……」
そう否定したものの、耳まで赤くなっているだろう私の顔を見れば一目瞭然だろう。
もう。だから言いたくなかったのに。せっかくクールでカッコいい王妃のイメージが台無しだわ。
「お、王妃様かわいい」
「も、もう。私は知りません」
「えー。ちゃんと本にさせて下さいよ、王妃様」
「勝手になさい」
ざまぁからの国寝取りの話が、家族にただ従順に従うだけの可哀相な令嬢が国王に溺愛され見初められた話に切り替わったのはもっと後のことだ。