召喚された勇者は大魔王でした、助けてください。
「上が腐ってると、下はとても大変です」って話。振り回される不憫系王女。
紳士淑女の皆様こんにちは。
わたくし、ヘーゼル王国第二王女のヴィヴィレイ・トア・ヘーゼルと申します。
…ふふふ。このような語りは初めてで…緊張してしまいますわ。
わたくしの専属である侍女のリーナは、「誰にも聞こえないので素顔でもよろしいかと」と言ってくれたのだけれど、実際はどうなのでしょう? 本当にいいのかしら…?
王族というものは皆の憧れであるように、常日頃からそう在るよう努力すべき、とお兄様はおっしゃっていたのよね。素顔なんて見せたら、幻滅させてしまうのではないかしら…?
――え、我が国の民には知られることは絶対ないです、って。リーナ、本当に? わたくしは貴女に甘い自覚があるけれど、さすがに嘘はダメよ? 立場的に見過ごせないわ。
それに、他国にだけ知られてしまうという事態も。変な噂を立てられて、わたくしの、ひいては我が国の評価が下がるような結果になることは避けなければ。ただえさえ、この国は…いいえ、なんでもないわ。
そもそも、情報というものはどんなに隠そうとしても、必ずどこかで漏れてしまうものなのよ。ここには表向き貴女しかいないとしても。
…やっぱり不安だわ。楽しみにしてくださった皆様には悪いけれど、この企画は無かったということに…。
――え、頭の中で語るだけでいいですからって。大丈夫なの? それで伝わるの? どうやって?…企業秘密? リーナ、貴女どこか怪しい宗教組織の間者だったりするのかしら? え、違う?そういう仕様なんです、って。貴女いったい何を言ってるの?
…まぁ、頭の中だけで良いなら、念話なんて使わない限り誰にもわたくしの素顔を知られることはないでしょうけど…。一応盗聴予防の結界だけは張っておきましょう、自分自身に。――それじゃあ、リーナ、しばらく集中させてもらうから、警戒をよろしく頼むわね。
ふぅ。
疲れた。心底疲れました、王女モード。普通に話すだけで肩こりますよ、アレ。
改めまして、こんにちは。
ヘーゼル王国第二王女 ヴィヴィレイ・トワ・ヘーゼルです。
あははは…イメージが違い過ぎますよね。知ってます夢壊してごめんなさい。中身は平々凡々なんです加えてヘタレでビビリです。血筋のおかげで外見だけは一流に生まれましたけど。自分で一番王族向いてないと自覚済みですからわざわざ言わないでくださいぃぃ。
あの王女モードだって小さい頃から地道にすごく頑張って作り上げたんですよ!一番上のお兄様に「王族が人前でプルプル震えているとは何事か!」って、スパルタで鍛えられました。怖かった…。毎度涙目で、いや半泣きでしたよあの時は。お兄様コワイ。おかげさまで未だにトラウマです。すっかり逆らえなくなりました。
逆にお姉さまは天使ように優しかったです。スパルタ指導が終わったら「頑張ったわね」っていつも褒めてくれたんです!ご褒美にお茶会をしてくれて…ああ、お姉さま。どうして早くに嫁いでしまったの…。
かの帝国の皇子様にロックオンされて逃げられなかったのは分かりますけど…。上層部が阿鼻叫喚な中、お姉さまは持ち前の天然さでにこにこ流してて…あれ?お姉さまって意外と強い? だからお姉さまはお兄様にものほほんと立ち向かえて…? お姉さま!? ―――― 一先ずお姉さまについては置いておきましょう。
謎が深まるばかりで嵌りそうだわ、うん。
お二人のように優秀な人間がいれば、私のような平凡だって居る。それだけなら良かったのに。
残念ながら、悪いどころか害にしかならない人間もいる。
それがよりにもよってこの国の国王とその側近なのだから、頭が痛いどころの話じゃない。下手すれば国が終わる。実際終わりかけているけれど。
我が国がなんとか国として保っているのは、偏にお兄様の尽力と、お姉さまという存在のおかげに他ならない。この二つが、この国の生命線であることは誰もが理解しているところだわ。
だからこそ、我が国の民は王族を見捨てていないし、悪政ともいえる状況に耐え忍んでくれている。
お兄様という希望が、明るい未来がやって来ると信じているから。
故に、お兄様が留学で国を離れている間が、不安で堪らない。
今までもお兄様に仕掛けてきた腐った上層部も、行動を抑えられていたお父様も、これを機に何か大きなことをやらかすんじゃないかと。
もちろん、今でも小さなことは起きていたりします。けれど、お兄様が残して行ってくださった優秀な部下の人たちが尽力してくれているから、表向きは平穏を保てている、と信じたい。
彼らの負担もそうだけど、私の力なんて微々たるものだから、いざという時が来たら危ない。
だかこそ、お兄様の帰還を願う。早く、早く月日が過ぎ去ってしまえばいいのに。
このまま何も起こさないでほしいと切実に願っています。
―――そんな私の願いを嘲笑うかのように、その報せはやってきたのです。
「姫様!姫様! 大変でございます! 急ぎお支度くださいませ!」
「ちょ、ど、どうしたの? そんなに慌てて……まさか、」
本来なら不敬に当る行動ですが、いつも礼儀作法に厳しい彼女がそこまで取り乱すほどの事態が起きているいうことはすぐに推測できました。彼女を宥めながら事情を聴きだそうとする一方で、心に浮かぶのは…あの腐れ連中のやらかし。
きっと、私の顔は真っ青になっていたでしょう。リーナは青白いを通り越して真っ白な顔でこくりと頷きました。今にも倒れそうなんですけどリーナ、気をしっかり持って!あなたが倒れたら私ひとりになっちゃうから!事態を私だけで収集するなんてそんなの無理、無理よ! 無理だから踏ん張って、気絶しないで。お願い!
「…何を、しでかしたの? 陛下たちは」
「………召喚、でございます」
「―――え?」
「姫様、気を確かにお持ちください。上層部の方々は、恐れ多くも禁術に手を出し、異世界からの召喚を、試みたそうです」
サァッと体中から血の気が引く思いがしました。こんな体験一生に一度、あるかないかでしょう。貴重ですが、味わいたくなかった。眩暈もするし、今にも意識を失いそうです。ああ逃げたい…このまま倒れて意識を失いたいです。
けれど今ここで倒れたら全部終わってしまいます。私の人生もですが、国が、です。
あの人たちはどこまで愚かなんですか、害があり過ぎてもう取り返しがつきません。召喚術が禁術なった経緯を知らないはずないでしょうに!
異界人の方の心が寛容であれば、もしかすると希望はあるかもしれませんが…そうでなければ――いえ、諦めたら終わりです。
召喚術が禁術になった理由――それは、人道的なものもそうですが、最大にして直接的な理由が、滅ぼされたからです。一国が、召喚された異界人、たった一人によって。
彼の人は男性であったと聞きます。彼は召喚され、理不尽な要求をされて、怒りのままに暴れたそうです。
当時の国王の亡骸を城のバルコニーから掲げ、
「俺には妻がいた!子供がいた!それらを守り幸せを感じる日々を送っていた!そこから強引に引き離した挙句、自身とは関係のない国のために戦え? 国の奴隷となれ? ―――ふざけるな! こんなことが許されてたまるか!少なくとも俺は絶対に許さない! 今までどれほどの同胞を酷使したかは知らないが。今は亡き彼等の無念と、これからの異界人の未来のために――何より俺からすべてを奪った世界への、これは復讐だ
! 正統なる復讐を、これより開始する!」
通信魔法による世界中への宣言とともに、国中に降り注いだ攻撃魔法の雨。それは一瞬にして、日常を地獄へと変えた。
あああああああ!!あの悪夢の再来を、よりにもよってわたくしの国で!?
ちょっと、冗談でしょ!? え、ホントに? これって現実ですかリーナ。もしかして夢なんじゃ「姫様夢なんかじゃありませんしっかりしてください!」うそ、うそだと言ってよ…。
ああもうイヤだ、どっか逃げたい…。お兄様に叱られる…鬼が、鬼がやってくる…!具体的に言うとドス黒いオーラを漂わせた微笑の王子が…!!
それでも起きたことは覆らないので巻き戻しの魔法でもない限り――禁忌指定だけどこのときばかりは願ってしまった、誰か作って切実に!――出来るだけ、穏便にことを運ぼうと思ったのですが。端的にいうと無理でした。
だってだって!出てきたの、現れたのアレ勇者じゃないもん!絶対に違う!むしろ魔王だよ!
黒髪に黒目っていう凄く珍しい色合いなのもそうなんだけど。いや、現れたときは素直に綺麗だと思いましたよ? まるで宝石みたいに美しいって、彼の目を見た瞬間、そんなの一瞬で消え去りましたけど。
睥睨、侮蔑、嫌悪。そして憤怒。
その顔に笑みが浮かんでいても、こちらの身が凍えるような視線で、彼は私たちを見ていました。ああいうのを絶対零度の視線っていうんでしょうね。位置的には私の方が上にいたはずなのに、まるでこちらが見下ろされているような心境。彼は絶対者なのだと、私はこの時点で悟りました。
物語で語られるような勇者などではない。まるで逆だ。恐怖と畏敬で他者を縛る魔王。それこそが相応しいと。
(ああ…悪夢の再来ね。この国も終わりだわ。お兄様お姉さま…無力な妹をお許しくださいぃ…)
それに気づいたのは、幸か不幸か私以外にもいたようです。だって私と同じく、息を詰めたような、彼に怯えた気配がしたのですから。後から気づいたのですけど、きっとここでの反応で彼にとっての選別は終わっていたのでしょうね。
辺りを見渡した彼の視線は、最終的に私に留められました。彼を理解していない愚か者たちは、私がお気に召したのかと、喜ばしいと口々に囃し立てますが、今すぐやめなさい死んでしまいます私が。―――本当に死んじゃうから黙ってて!お願いだから!
目は口ほどに物を言う、それを実感させられた一時でしたよ。ヒタリ、と定められた視線がジリジリと訴えているのです。逃げるなよ、と。
後日知ったのですが、彼の世界風に言うと「後でツラ貸せ、わかってるな?」だそうです。凄んだ低音で再現されました。恐怖で泣きそうになりました。
退場を命じられるまで私はそれに耐えました。耐え続けました。おかげで精神をガリガリ削られていきました。その反動か、自室に戻ってから涙目で枕を叩いて八つ当たりしました。「ふざけんな!くたばれ上層部!」と、内心で盛大に叫んだ時は、さすがにビビリの私でも理不尽に襲われると逆切れするのだな、と知りました。
ここで勇者到来、精神ガリガリ地獄開始。
勇者が結界とか(しかも防音付き)簡単に張ったので速攻で土下座した。これでも私は王族の一員なんです。それでもってここは王族の私室。つまり暗殺防止のためにイロイロと部屋には仕掛けがありまして。本当なら使えるわけないんですよわたくしの許可なしに。そういう術が施してあるんです。
なのにその法則をひょいっと超えて力を行使した勇者。
どうか兄上と姉上と国民だけはお助けくださいとなりふり構わず懇願しました。
私はヘタレなんですビビりなんです。ポーカーフェイが唯一の取り柄でいつだってすまし顔になってますが、内心はいつだってガクブルなんですホントウニ。
ああもうイヤです誰か変わってください切実に!
いかがでしたか? この後彼女は勇者という名の魔王の使い走りにされるのだろうと思います。
次いで兄王子が帰ってきて此度のやらかしに怒り狂い、勇者と手を組んで下克上すると思われ。
召喚された彼は、別に殺戮者ってワケじゃないし、元の世界に返してもらえればそれでいいよっていう人です。それまで王女は彼らに振り回されて大変なのだと思います。…ガンバッテ。
よろしけば評価のほど、よろしくお願いします。