COLONIST:2020
「君は物語の当事者になるために必要な条件をご存知かな」
年季の入った黒檀の椅子に腰かけた女性が、ほとんど独り言のようにこぼした。
静かな部屋だった。無音と言ってもいい。耳を圧迫するような静寂で満たされていた。
「さあ、わかりません」
問いかけに答えながら、表情を持たない青年が革張りの黒いファイルを手渡す。
「“その物語の内容を知らないこと”だよ。知らないからこそ当事者なりの選択があり、結末がある」
女性はファイルから数枚の書類を取り出す。表題は“第七九次イデアリアクター総合定期検査”。それをつまらなさそうに見て、目の前の机に放る。
「問題はなかったんだろう?」
「ええ。世代交代による動作不良も見受けられません。少々コミュニケーションに難がありますが、運用には支障ないかと」
「だろうね。君は優秀だから」
そう皮肉交じりに言って、薄く笑いながら立ち上がった。部屋の隅にある棚まで行って、カップを二つ用意する。
「物語の内容を知っている者は、物語の外側の存在なんだ。そういう意味で、私は知りすぎてしまっている。コーヒーでいいかい?」
「はい。……つまり貴方は、当事者になりたいのですか?」
「彼らを見ているとね。そう思うよ」
そう言って、目を伏せながらサイフォンからフラスコを取り外し、冷めかけた黒い液体をカップに注ぐ。
「なるほど。しかし貴方には難しいでしょうね」
「そうだね。……でも、もしかしたらと思うんだ」
女性は両手に持ったカップの片方を青年に渡す。
「と言いますと?」
「彼女が書き換えてくれるかもしれない。私も知らない物語に」
薄暗い部屋の中、そう語る目には光が宿っていた。
「アンネ・ラインハルトですか」
「そう。彼女の出現は、まさに神がもたらした福音だよ。暦にはなかった。私にも読めないことが、きっとこれから起こる」
「そうでしょうか」
興奮気味の女性に対して、青年はあくまでも冷静だった。
「例えそうだったとしても、あなたは当事者になるべきではない人間です。忘れないでください、あなたが暦史書管理機構の現理事長であることを」
シェアワールド創作企画、コロンシリーズの参加作品です。
http://colonseries.jp/
関連作品
「COLON:SERIES - アンネ・ラインハルトの記録」
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