世界は女性差別を間違って解釈していると思う。
ジェンダー平等、迷走してますねwww
今回は女性差別について考えていきたいと思います。どこぞの政治家が世界中の女性を見下した発言をしましたがあれのお陰で国会で寝ている政治家もまともに考える気になったようですね。あまり政治的な話しはしたくないのですが東京オリンピックの組織委員会が女性理事の割合を増やすようです。テレビを見ている限りどうもお国はそれさえやればいいと思っているようですが私はそれはおかしいと思う。そもそも女性率を上げようとする時点で完全に方向性が違います。
まず女性差別とは何なのか。今まで女性だから管理職になれなかったり、冷遇されていた事が問題なわけです。そう考えると別に女性率は上げなくてもいいんじゃないかという気に私はなるのです。この時点で逆に女性だからやらせるという別の意味での差別ができあがってしまっています。女性率を上げるというのははじめから性別ありきで人事を行うと言うこと。此では確かに女性が優先的に活躍ができるようになっていきますが、差別の根本的な問題である「女性だから」「男性だから」というところは何の解決にもなっていないばかりか逆に助長してしまっています。
ではどうすべきなのか。私は人事の際にまず性別を気にしない事が大事だと思います。たとえばどこかの国の大統領を決める際に、投票する人を今までの性別ありきで決めるとこうなります。
「A候補は良い公約だが女性だから男性のB候補にしよう。」
「A候補は女性だから大統領にふさわしくない。ほかの男性候補の中から決めよう。」
なるほど此が女性差別というやつですね。此はひどい。
ではつぎ。女性だからという理由できめるとこうなります。
「女性にしときゃいいんだろ。」
此が役員選出だと更にひどいことに。
「あの人は女性だがこの仕事に向かないから男性のAさんにしたいけど女性率が下がっちゃうから仕方ない。あの女性にしよう。」
これは両方の性別にとって良くないでしょう。
性別を気にしないで決めるというのはどういう事か。一人の人間として選ぶ、ということが大事です。先ほどの大統領の話し。どちらの性別にも大統領にふさわしい人が居るはず。一方でどちらの性別にも大統領にはふさわしくない人が居るはず。そういうのを性別ではなく、人間として判断しなくてはいけません。性別はただの体の違い。そんなに重要な事ではないように思います。
ただ一方で男性だけとか、女性だけとか言うのは良くないです。必ず両方の性別からの目線を確保しなければなりません。しかしそれは40%とかの数値を決めなくても良いと思います。いかなる組織も必ず両方の性別から分け隔てなく選考し、必ず男女が混合しなくてはならない。とでも決めれば十分ではないでしょうか。しかしそれには「男性だから」「女性だから」という意識の改善が必要不可欠。そして目指すべき男女平等の姿をあらわにすること。目指すのが数値上の男女平等なんかではないでしょう。男女の分け隔てがない世界ができればもう少し生きやすい世界にはなるんではないでしょうか。




