ニ、彼女を悲しませない
藪押は、森川の撃った銃弾で命を落した。
撃たなかったら、事件は終わらなかっただろう。それどころか自分の命も、それから残った二人の人質の命も、危なかったかもしれない。
自分がやらなければ、ならなかったのだ。あの時の森川には躊躇だとか、後悔というものはなかった。あれでよかったのだ、と本気で思う。
刑事という職業は、西嶋が言ったように危険が付き纏う職業なのだ。一瞬の迷いが人の命を奪うもの。その迷いがなかったからこそ、確実に仕留めることができた。あれは間違いなんかではない。
ただ、今心の中にあるもやもやは、違うところにあった。俺が、もっと早くから独り立ちしてさえいれば、西嶋の命を落とすこともなかったのかもしれない。
俺が一歩踏み出すのが遅かったばかりに。あの藪押の咄嗟の動きを、目で追うことしかできなかったのだ。
そんな情けない男が、麗娜を守ってやれるのだろうか。西嶋さんのいうように、彼女に心配ばかりかけさせないか。彼女を守ることができるのか。もしくは彼女を巻き込んでしまわないか。
もう、これ以上、彼女を悲しませたくはない。
俺は、一体、どうすればいい? 彼女に何をしてやればいいんだ?
あの事件以来、葬儀の時には会っているが、彼女の方は忙しいのもあろう。森川は、麗娜と会ってはいなかった。
俺の顔を見れば、あの時の事件のことを嫌がおうにも思い出してしまう。
それに俺の方も自分の無様さ、情けなさにやり切れない思いを抱いてしまって、どうしても一歩が踏み出せずにいる。
俺は、一体どうしたらいい・・・・・・。
森川は、北区大曽根の交差点をゆっくりと歩いていた。
迎えのスーパーからスタイリッシュ且つ、ボウイッシュな女性が足早に歩いてきた。
最初は分からなかった。下を見て歩いていたのもあり、気づかなかったが、随分とスッキリとした表情の麗娜が目の前にいた。
「陸・・・・・・」
二人は交差点のど真ん中で立ち止まった。
先を行き交う人々。誰もが止まらず、先へ歩いて行く。
「麗娜」
「陸、今までどうしてたの?」
「ああ、仕事が忙しくて、ね」
「葬儀から、一週間。連絡もしてくれなかったじゃない。何で?」
やがて歩行者用信号機が赤を示していた。ゆっくり走り出す車からクラクションを浴びせられ、ようやくそれに気づいた。
「危ない。急いで渡ってしまおう」
森川は、麗娜の手を繋ぎ、小走りに横断歩道を渡り切った。
そして、また麗娜はスーパーにまで戻ってきた。
「やっと、手を握ってくれた。葬儀以来ね」
麗娜が微笑んだ。
それを見た森川は、顔をくしゃくしゃにし、必死で泣くのを堪えていた。
安心したのもある。意外にもすっきりとした麗娜の顔を見て。あるいはこうやって自分に対し、いつもと変わらず接してくれたことに。
今まで、少なからず、不安のようなものはあった。距離感だとか、敬遠されるのではないか、ということが。
「今まで、本当のことを言えば、どれほど麗娜の顔が見たかったか。麗娜とのことが不安で、不安でしょうがなかった。会いたくて、会いたくてたまらなかった。
でも、こんな情けない男が、果たして麗娜のことを幸せにできるのか、俺、自信がなくなっちゃったんだ。俺のせいで西嶋さんが亡くなってしまったし・・・・・」
「違うよ。陸のせいじゃない。お父さんは、皆の犠牲になって亡くなったの。ううん。犠牲じゃない。刑事としての誇りを優先し、事件を解決に導いたのよ」
森川は、麗娜の手をしっかりと、力強く握った。
「お父さんはね、陸のこと、そんな風に思ってないよ。だから自分の身体を呈して陸より先に動いたんだし、自分の命を犠牲にして、陸と、皆を守ったの。お父さんはね、そうゆう人。言葉とは裏腹な行動をする人なのよ」
麗娜は、森川の胸の中で泣き出してしまった。
「私ね、ずっと、待ってたんだから、陸のこと。もしかしたら、お父さんと同じように陸も失くしてしまうんではないか、って思ってね・・・・・・」
森川は、麗娜の頭を摩ってやる。
「そんなことないよ。俺は、ここにいる」
「もう、私を一人にさせないで」
「ああ。約束するよ」
森川は力強く、麗娜を抱き締めていた。通行人の注目の的になろうとも、しっかりと抱き締めていた。
誰の目も、気にはならなかった。
この先、どんなことがあろうとも、俺は、彼女を守る。




