二、閉塞感
藪押大和はトヨタ車のディラーに勤めており、毎週月曜日が定休日である。
なので一週間の始まりは火曜日と認識している。
年は三十四歳。大学を卒業し、今年で十三年目の中堅クラスの営業マンだ。
成績はまあまあ。前の担当から客を引き継ぎ、無難な営業成績を残している。
今日は朝から憂鬱な日だった。
なぜなら気の難しい老人との交渉を控えているからだ。
その客は、まるで天の邪鬼な性格で、用もないのに呼びつけたり、お前は礼儀と言うものを知らないようだな、とか説教を垂れる。悪い人間ではないのだが、何せ押しつけがましい。
車が停車し、三十分が経とうとするが、全く動く気配がなかった。
周りの車からのけたたましいクラクションの嵐。窓を開けている分耳を劈くように刺さる。蝉の大音量の鳴き声と共に。
後部車両の女と目が合った。
二十歳くらいであろうか。肩まで伸びた黒い髪の毛を忙しなく整えながら、煙草を吸っていた。
時には鼻から煙を吐き出していた。今まさに三本目の吸殻が道路に、ゆっくりと落下していくのを、まるでスローモーションを見ているような感じで、藪押は、それを目で追っていた。
どんな意味があるのか、険しい目つきで、まるで睨みつけるかのように眉間に皺を寄せ、顎を上げて、上から睨みつけてきた。
溜息が漏れた。
何処かで警報機の誤作動なのか、けたたましいプップップップッという音が鳴り響いているし、前方では鳴り止まぬクラクションの嵐。
そこかしこで怒鳴り合う声、声、声。
極限状態とは、こういうことをいうのかもしれない。
暑さと、この汗で濡れたYシャツの不快感。
ちっとも、耳元から離れてくれない、煩く鳴く蚊。
ルームミラーに映つる、気だるそうに煙草を吸い続ける女。
閉塞感に覆われたこの車内にほとほと嫌気が差してきた。
周りには沢山の車にドライバーが居たが、それでも藪押は孤独感を抱き、このどうしようもない空間から脱出したい、と思った。
この頃になってくると会社のことや、今日の取引客の頑固爺さんの顔や、執拗に小言をいう上司の薄くなった頭頂部さえも、もはや思考から消え失せていた。
もう、限界だった。