第十四章 突入 一、その重しは西嶋修一?
小康状態が続いていた。
さっきまでは大きな音がしたり、誰かが大声を上げていたが、今では静まり返っていた。
それでも耳を凝らせば、廃墟の中から時折ぼそぼそと話し声が聞こえたが、進展は見られない。
「お前たちは、大体どんなデートをするんだ?」
西嶋は、この膠着した状態を打破しようと、プライベートのことを話すことにした。
「特別なことはないですよ。普通のカップルのようにカフェでお茶したり、映画を見たり、ドライブで海に行ったり、ああ、そうそう。麗娜さんの好きな美術館にも良く出かけますよ」
「ふん」
「その自分から訊いておいて、ふん、って一体、何っすか?」
「別に、面白くないからだよ。ありきたりだな、と思ってな」
「正直言うと、僕は絵なんか興味がなかったんですよ。でも、麗娜さんに誘われ、何回か美術館に見に行くと、今まで自分が持っていた印象と違い、深いって言うのか、それぞれ意味があるんだな、と思うと、興味を持つようになってきたんですよね」
「ほう」
西嶋は、興味深そうな顔を向けた。
「何でだ? どうして興味が出てきたというんだ」
「だって麗娜さんから、絵画が出来上がるまでの過程、または画家の絵に対する想いなんかを訊いていると、ああ、芸術って奥が深いんだな、って思うようになって、なんか、そういう新しい世界があることを知って、興味が湧いたきたんすよ。
それに絵を見ていると、気持ちが落ち着いてくるっていうのか、心が洗われるようで、とにかく新鮮な気持ちになってくるんですよね。
それに、麗娜さんは、絵を見ることも、書くことも好きで、きっと、それを父親から受け継いだんだろう、ってね、そう言ってましたよ」
「俺は、別に、絵には、興味を持ってなんか、いないぞ」
「また、また、また。知ってますよ。中学生の時、市で表彰されたそうじゃないですか」
西嶋は照れているのか、しばらくは黙り込んだ。
外は夜だというのに暑かった。一向に気温も下がらない。下がるどころか、ムシムシとしていて不快感も最高潮に達しようとしていた。
「お前、麗娜の何処に惚れたんだ?」
いつもこの人は、いきなり来るんだよな。こっちの心構えというものを考えることもなく。
「外見は、勿論のこと。内面も、です。だって、僕とは違うことに興味を持っています。それで僕の知らない世界を見せてくれたり、体験させてもくれるんですよね、麗娜さんは。
それで、麗娜さんは、僕より年下で、大学生ですが、しっかりしてるし、何より優しい。
だから、僕はそれに答えたいと思っているんです。それが好きだと、いうことなんじゃないか、僕はそう思います」
「惚気てんじゃないぞ。娘はまだ大学生なんだ。お前は、そこをどう思っているんだ?」
「それは、ちゃんと把握しているつもりです。だがら麗娜さんとは、そのつもりで付き合っています」
「それは逃げだな」
森川は、西嶋の顔を見た。いやに棘のある言葉だな、そう思った。
「どういう意味ですか?」
「娘とは、ただの遊びだと、いうことだ」
「遊びなわけ、ないじゃないですか。僕は真剣です。どういう意味ですか?」
「どういう意味もない。体のいい女とでも思っているだけだろ。遊んで、飽きたら、はい、捨てる。そう、例えば、大学を卒業と同時にでも別れるつもりじゃないのか」
「本気で言ってんすか?」
森川は、珍しく声を荒げた。なぜか今の西嶋に対し、怒りのような感情を持った。
「本気も何も、男っていうものは皆そうだ」
「僕は違います。本気で麗娜さんを愛しています」
森川は、真剣な目で西嶋を見た。
西嶋も、その森川の目の真意を見極めるように、ずっと見ていた。
「今のお前の気持ちは、真剣なのかもしれない。でもな、時間は一秒、一秒進んでいくんだ。ということは、お前の気持ちも、麗娜の気持ちも変わるやもしれない」
「どういうことですか?」
「それくらい学生と社会人というものは、時間の進み方が違うんだよ。だから、モノの見方も違ってくるのは当たり前なんだ。
それを、お前は分かってはいない。そりゃ、陸は真面目でいいやつだ、俺と一緒に仕事をしているんだ、そんなもんは言わんでもわかるだろ。俺が言わなくとも、な。
でもな、だからといって、この先、時間が進み、麗娜がお前と同じく社会人になってみろ、今の想いがずっと続いていくのかどうかは、分からん。
どちらかの、その想いにズレが生じてみろ、お前らの上にある重しが、更に重くなった時、そうだ、耐えられなくなった時だ、一体どうするんだ?」
森川は考えた。
「その重しは、西嶋修一ですね?」
西嶋は肯いた。
「そんな時、どうするんだ? と訊いてるんだ。あの時別れておけばよかったな、って思っても遅いんだぞ」
「思いません。僕は、それくらいの覚悟が出来てるんです」
「甘いな。お前はまだ子供だ。後で後悔するに違いない。今はとにかく視野が狭く、周りが見えていない状況、ということを知らないんだ」
「そうかもしれませんが。僕は本気で麗娜さんを愛しています」
「分かるよ」
しばらくして西嶋はポツリと、苦しい顔をしながら言った。
「お前はいい奴だ。でも、刑事なんだよ。本当は、そのことが一番引っ掛かっているんだ」
西嶋は、何処となく淋しげに呟いた。それを見ていると、この話を今、するべきではなかった、と少しだけ後悔をした。
「刑事の何処がいけないんですか?」
それでも森川は引き下がれなかった。それほど麗娜のことが好きだからだ。
「危ない職業だからさ。俺の正直な気持ちを話せば、娘にそんな心配ばかりさせる男と、一緒には、させたくない」
「自分だって、刑事じゃないですか」
「勝手かもしれないな。でも・・・・・・」
突然、中から暴れまわる激しい音がした。
窓ガラスが割れ、何かが壁に当たる音。ただ事ではなかった。
二人の会話はそこで途切れ、お互いが、視線を廃墟に向かわせた。
「いくぞ。乗り込むんだ」
西嶋が言った。
こんな時の西嶋の変わりようは素早く、きっちりと気持ちの入れ替えに成功している。
彼は、もう既に仕事の顔になっていた。
「応援を待たなくていいのですか?」
もう少し、西嶋と話しをしていたかったが、森川も気持ちを切り替えた。
いや、話していなければ、ならなかったのだろうが、これが刑事なのだろう。
事件は止まってくれることもなく、このように大事なことをも、外に追いやり、進んでいくものなのだ。
きっと西嶋が言いたかったことは、こういうことなのかもしれない。
「もはや、そんなことを言ってる場合じゃない」
西嶋の目が真剣な目に変わり、拳銃を構えて、陽炎旅館の中に入っていった。
大きな背中だった。その背中に付いて森川も進んでいく。
頼れる上司、父のような存在。
森川もそれに倣い、拳銃を構えながら走った。
緊張が走ったが、西嶋に付いていけば、間違いはない、と。




