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三、監禁状態


 彩加を呼ぶために、坂戸としばらく話をした。


 少し話せる間柄になったような気がする。


 彩加とはどうやって知り合ったのか。俺が彩加と離婚して、三年。こいつと彩加がどのように知り合い、親しくなったのか、そんなことを訊いていた。


 それは、俺が離婚する前からだったようだ。坂戸は、何かと彩加の相談に乗り、そうしているうちに自然と恋心が芽生えたそうだ。


 そして、俺の離婚を待って、付き合い始めた。きっとこいつが助言したのだろう。彩加に、俺と別れることを。


「多治見の家に住むようになったのが、一年前からです」


「よくも小和田家の中に転がり込んだものだな」


 藪押の目が座り始めていた。異様な色の目だった。


「向こうの家とは上手くやっているのか?」


「はい」


「気は休まるのか? 向こうの親の目があるというのに」


「はい。自分の部屋も宛がわれていますし。向こうの家族は皆優しいですから」


「まるで婿養子だな」


「婿養子でも、私は幸せです。年内中にも、小和田家の籍に入る予定となっております」


 藪押がいきなり、テーブルを蹴りつけた。


 大きな衝突音が響き、それが耳を劈いた。人間は、思いもよらぬ行動をされることで、驚くし、その後、ダメージを引きずるもの。


「もう話は進んでいます。向こうの親も、僕の親にも承諾済みなんです」 

 坂戸は勇気を振り絞り、断言するように言った。ここで引いてはならない、そう思ったからだ

「お願いです。認めて下さい。僕と彩加さんのことを」

 

 藪押は腕時計を見た。時刻は五時半。


「携帯の電源を入れろ。そして、彩加に電話をかけるんだ。そして、潤堂寺駅にある陽炎旅館に来させろ、わかったな」

 

 坂戸は、藪押を見た。


「彩加の家には刑事がいます。電話をかければ逆探知されますよ」


「それがどうした? そんなことは分かっている。分かった上での行動だ。話を短くしても、恐らく数十秒で位置は把握されてしまう。いくら時間を短くしても駄目だ。

 刑事がこの場に来るのは時間の問題だろう。それよりも、彩加と明にはこの旅館の中に入ってもらうが、刑事には入らせないことにする。それくらいのことは考えているさ」


「どういうことですか?」


「だから、お前が人質の役目を担うんだ。ここにはナイフがある。それに、お前の顔に、いくつかの痣を入れさせてもらうことにもなる。ちょっと痛いかもしれないが、我慢してもらう」


 一瞬の出来事だった。


 目の前が真っ暗になった。まるで金槌で殴られたように物凄い激痛が走った。瞼を殴られたのだ。


「そこが一番酷いツラになるんだよ。じきに青く腫れてくるだろう。その顔で警察の前に出てみろ。容易くこの中に踏み込むこともできなくなるだろう」


 目の上がジンジンと熱を持ってきた。血が逆流したかのように、あるいは血液が俺の瞼で、反乱を起こしているかのように熱かった。


「そろそろ電話をしてくれ」


 坂戸は仕方なく、携帯の電源を入れ、そして、彩加に電話をした。


 二度、三度、と無情にも着信音が鳴るだけで、一向に出る気配がなかった。


 なぜだ? なぜ出ない? しばらくして留守電に変わろうとしたその時だった。


「海人? 海人なの? 一体何処にいるの?」


 切迫感のある声が、受話器越しから漏れてきた。


「ああ、俺だ」


「ずっと電話してたのよ。何処で、なにしてたの? こんな時に。それに、何で携帯の電源を落していたの?」


「それには、訳があるんだ」

 坂戸は出来るだけ冷静に言った。

「今から俺が言う所に来てくれないか。明君も連れて」


「え? え? 何よ。一体、どうしたのよ? おかしいよ。今日の海人」


 彩加の心配した声。


 この声を聞き、坂戸は、弛緩していくのが自分でも分かった。情けない。こんな男で・・・・・・。自分がしっかりとしないといけない、というのに。


「今、藪押さんと一緒にいるんだ」


 坂戸がそう言うと、周りで男の声がした。


 彩加の父親の声ではない。恐らく予想していたように、刑事が横にいることだろう。


「二人だけで、潤堂寺駅にある陽炎旅館に来てくれないか。陽炎旅館は知っているだろ」


「知ってる。でも・・・・・・」

 彩加は声を落した。


「刑事がいるんだろ?」


「うん」


 小さな声が返ってきた。


「二人で来てくれないか。俺が監禁されているんだー うわっっっ!」


 ・・・・・・。


 途中で電話が切れた。





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