表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/54

第七章   今の彼氏  一、昼食中


 耳が見えるほどのスッキリとしたベリーショートヘアーの女性。小和田彩加。


彼女は、三年前に藪押と離婚し、実家に戻ってきていた。十一歳の息子の明の親権は、勿論母親である彩加の方にある。


 毎月藪押から支払われる養育費は、四万円。


世間的に、〇歳から一四歳の子供に対し、年収五百万の者が支払う平均額は、月二万から四万とされる中、藪押から、四万円の養育費が毎月滞ることなく支払われている。


それについては助かっている。なので、毎月息子の明と半日の面会は許していた。


しかし、今は事情が変わったのだ。藪押と離婚し、三年。彩加

の生活は変わった。藪押との結婚生活では専業主婦だったが、今は仕事をしている。


春日井(かすがい)市のパン工場に、パートで勤めるようになって二年が過ぎていた。


生きていくためには必要なことだったのだ。自立、それから明を食べさせていくこと。


そこで、あの人と出会ったのだ。


最初は仕事の話。それからお互いの身の上話。私が離婚していること、子供がいること。それらをちゃんと伝えている。


彼は独身で、彼女はいない。二つ年下で、優しいが、何処となく頼りがいがないところがある。

出世欲も全くない人だったが、一生懸命彩加の相談に、というよりも彩加の話しを訊いてくれた。それだけで彩加は救われた。


彼の名は坂戸海人(さかとかいと)


周りの同僚も言わずとも知れた仲で、彩加と坂戸のことは知れ渡っていた。


藪押との結婚生活に疲れていたのもある。しばらくは女一人でいたことに淋しさを感じたこともあった。


そんな時に出会ったのだ。同じ班ということもあり、忘年会や親睦会、歓送迎会で一緒になることが多々あった。


そんな時いつも海人が近寄ってきては、話し相手になってくれた。

甲斐甲斐しくビールを注いでくれたり、小皿におつまみ等をよそってくれる気の利いた男である。


彩加は、誤解を招く恐れを抱いたのもあり、酔いに任せ、

「私、離婚したことがあるのよね。それで子供もいる」

 と言ったのだ。


 一瞬、海人は何を言っていいのか分からなかったのだろう。


あるいは自分が狙っていた女に子供がいることを知り、躊躇したのかもしれない。


少しの間、黙り込んでしまった。

 

 彩加は、何も言わない海人に痺れを切らし、立ち上がった。


 すると、

「もし、よかったら、息子さんの顔が見たいな」

 蚊の鳴くような声が背中から聞こえてきたー。


 ー 昼間の休憩時間 ー


 彩加はいつも仲のいい同僚と、狭い詰め所の中で、二人で弁当を食べているのが常で、今も二人で弁当箱を広げ、ランチを共にしていた。

昨夜の残り物を今朝手早く、弁当箱の中に詰め込んできたのだ。


「彩加さん、その卵焼き一つ頂戴」


同僚は六つ下の可愛らしい子で、最近できた彼氏のことを、いつも聞かされる。今日もその彼氏と今度、何処どこへ行く、といった話をしていた。


「何で、美加ちゃんも美味しそうなもの食べてるじゃない」


「だって、彩加さんの卵焼き、この前食べさせてもらったんだけど、めちゃ、美味しかったもん。一体何を付けてるの、ってか、どうやってつくってんの。教えてよ」


「教えるっていうほどじゃないわ。ただ隠し味にバターとお砂糖を少々。じゃないか、マーガリンをつけてんのよ」


「そうか」

 美加に一つ奪われてしまった。

 そして、パクつくと、満面な笑顔で美味しい、と言った。

 こうなると憎めない。若いっていいな。私だって、そんな頃もあった・・・・・・。


「彩加さん、今、坂戸さんとは、どうなの?」


「え?」


「え、って、また惚けちゃって。結婚とか考えてるんでしょ。教えてよ」

 彩加は、また美加に取られまいと、残りの卵焼きを箸でつまんで口の中に入れた。


 そして、ゆっくりと咀嚼した後。


「まあ、それは、ね」


「やっぱり。だと思った」


「大人の事情だから、子供の美加ちゃんは首を挟まないことね」

 彩加はニコリと微笑んだ。


「ってか、六つしか離れてないじゃん」


「二十代と三十代って大人と子供ほどの差があるのよ」


「ない、ない」


 そんなことを二人で、笑い合いながら話していると、スマホに着信があった。


 何か予感めいたものがあったのかもしれない。


 エアコンが効いて、冷えてきたのもあり、体も冷えてきた。


 身震いをした。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ