第七章 今の彼氏 一、昼食中
耳が見えるほどのスッキリとしたベリーショートヘアーの女性。小和田彩加。
彼女は、三年前に藪押と離婚し、実家に戻ってきていた。十一歳の息子の明の親権は、勿論母親である彩加の方にある。
毎月藪押から支払われる養育費は、四万円。
世間的に、〇歳から一四歳の子供に対し、年収五百万の者が支払う平均額は、月二万から四万とされる中、藪押から、四万円の養育費が毎月滞ることなく支払われている。
それについては助かっている。なので、毎月息子の明と半日の面会は許していた。
しかし、今は事情が変わったのだ。藪押と離婚し、三年。彩加
の生活は変わった。藪押との結婚生活では専業主婦だったが、今は仕事をしている。
春日井市のパン工場に、パートで勤めるようになって二年が過ぎていた。
生きていくためには必要なことだったのだ。自立、それから明を食べさせていくこと。
そこで、あの人と出会ったのだ。
最初は仕事の話。それからお互いの身の上話。私が離婚していること、子供がいること。それらをちゃんと伝えている。
彼は独身で、彼女はいない。二つ年下で、優しいが、何処となく頼りがいがないところがある。
出世欲も全くない人だったが、一生懸命彩加の相談に、というよりも彩加の話しを訊いてくれた。それだけで彩加は救われた。
彼の名は坂戸海人。
周りの同僚も言わずとも知れた仲で、彩加と坂戸のことは知れ渡っていた。
藪押との結婚生活に疲れていたのもある。しばらくは女一人でいたことに淋しさを感じたこともあった。
そんな時に出会ったのだ。同じ班ということもあり、忘年会や親睦会、歓送迎会で一緒になることが多々あった。
そんな時いつも海人が近寄ってきては、話し相手になってくれた。
甲斐甲斐しくビールを注いでくれたり、小皿におつまみ等をよそってくれる気の利いた男である。
彩加は、誤解を招く恐れを抱いたのもあり、酔いに任せ、
「私、離婚したことがあるのよね。それで子供もいる」
と言ったのだ。
一瞬、海人は何を言っていいのか分からなかったのだろう。
あるいは自分が狙っていた女に子供がいることを知り、躊躇したのかもしれない。
少しの間、黙り込んでしまった。
彩加は、何も言わない海人に痺れを切らし、立ち上がった。
すると、
「もし、よかったら、息子さんの顔が見たいな」
蚊の鳴くような声が背中から聞こえてきたー。
ー 昼間の休憩時間 ー
彩加はいつも仲のいい同僚と、狭い詰め所の中で、二人で弁当を食べているのが常で、今も二人で弁当箱を広げ、ランチを共にしていた。
昨夜の残り物を今朝手早く、弁当箱の中に詰め込んできたのだ。
「彩加さん、その卵焼き一つ頂戴」
同僚は六つ下の可愛らしい子で、最近できた彼氏のことを、いつも聞かされる。今日もその彼氏と今度、何処どこへ行く、といった話をしていた。
「何で、美加ちゃんも美味しそうなもの食べてるじゃない」
「だって、彩加さんの卵焼き、この前食べさせてもらったんだけど、めちゃ、美味しかったもん。一体何を付けてるの、ってか、どうやってつくってんの。教えてよ」
「教えるっていうほどじゃないわ。ただ隠し味にバターとお砂糖を少々。じゃないか、マーガリンをつけてんのよ」
「そうか」
美加に一つ奪われてしまった。
そして、パクつくと、満面な笑顔で美味しい、と言った。
こうなると憎めない。若いっていいな。私だって、そんな頃もあった・・・・・・。
「彩加さん、今、坂戸さんとは、どうなの?」
「え?」
「え、って、また惚けちゃって。結婚とか考えてるんでしょ。教えてよ」
彩加は、また美加に取られまいと、残りの卵焼きを箸でつまんで口の中に入れた。
そして、ゆっくりと咀嚼した後。
「まあ、それは、ね」
「やっぱり。だと思った」
「大人の事情だから、子供の美加ちゃんは首を挟まないことね」
彩加はニコリと微笑んだ。
「ってか、六つしか離れてないじゃん」
「二十代と三十代って大人と子供ほどの差があるのよ」
「ない、ない」
そんなことを二人で、笑い合いながら話していると、スマホに着信があった。
何か予感めいたものがあったのかもしれない。
エアコンが効いて、冷えてきたのもあり、体も冷えてきた。
身震いをした。




