三、複雑な家庭環境でして
「この定食、ほんと美味しかったです」
「ありがとう。でも、お客さん、お腹が空いていたから、きっと何でも美味しかっただけよ」
「いえ、いえ。違います。味がしっかりしていて、ほんと美味しかった。それに、何だがお袋の味っていうんですか。懐かしい味だったな」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
「最近は、こんな料理口にしてなかったから・・・・・・」
「栄養、ちゃんと摂ってる? 現代人は、毎日が忙しくて、食事なんかそっちのけで、ただ詰め込むだけ、もしかしたらあなたもそうじゃない?」
「そうかもしれないな。会社から家に帰っても、誰も、俺のことを待っていてくれる人もいないし、家に会社の仕事を持ち込むことはなかったけど、仕事のことは考えていた。
他に、やることはネット検索したり、とにかく、何かしてて、食事は二の次。栄養のあるものを食べる、なんて考えはなかったからな」
「孤独なのね」
「孤独ですね」
藪押は、正直に答えた。この老女には、何の躊躇いもなく、自分の思いを伝えることができた。
「別れた人とは、会ってるの?」
藪押は、しばらくは黙っていた。
「会っていません」
「お子さんとは?」
「今までは、月に一度。でも、これからはどうなるのか、分かりません・・・・・」
気落ちした。
「会ってないの?」
藪押は小さく頷いた。
「どうやら、別れた女房に新しく男が出来たようで、俺が息子と会うことに、いい顔をしないんです」
「そうなの。何て言っていいのか・・・・・・」
「複雑なものでして。ハハッハハッ」
藪押は無理に笑顔を作ったので、心なしかその笑顔が轢きつったように思えた。
「子供さんのこと、愛してるんだね」
藪押は、小さく頷いた。
「もう会えないの?」
「わかりません」
藪押は、消え入りそうな声で言った。
「恐らくは・・・・・・」
「あんたそれでいいの? 本当は会いたいんだろ。何だか、あんた見てると、悲しそうだから、私、気になるのよ」
「会えるのであれば、そうしたいのは、やまやまなんですが・・・・・・。」
「人間は誰だって間違いを起こすもの。それは謝って済む問題ではないかもしれない。
でもね、じっくりとお互いが理解し合おうと話し合えば、あなたにもそうだけど、腹の中に広がる、そのもやもやとしたものが、少しは無くなるかもしれないわ」
「なくなるのかもしれない。でも・・・・・・。元々は、妻がなぜ私から逃げて行ったのかが、分からないのですー」
終局、あれは、なんだったんだろう・・・・・・。
日没とは突然くるもので、身構える間もなく、辺りは暗くなる。そんな出来事が起こったように・・・・・・。
終われない。あのままでは終われないんだ。
俺は認めていない。俺は理由を知りたいんだ。
そして、できることなら、元に戻りたい。
だから、俺は、それを知るためにも動く・・・・・・。




