何でも開けられる万能鍵
これは、深夜に帰宅した、ある男の話。
「今日も疲れたなぁ。
安い給料でこんな深夜まで・・・あれっ、家の鍵が無い!」
その男は、アパートの自分の部屋の前まで帰ってきて、驚きの声を上げた。
いつもポケットに入れている家の鍵が、どこを探しても見当たらなかったからだ。
「まいったな。どこかで落としたのか。
深夜だし、真っ暗で探すのも大変だよなぁ。」
薄暗いアパートの廊下を見渡すが、ゴミしか落ちていない。
「大家に連絡しないとまずいかな。
でも鍵を失くしたなんて言ったら弁償だよなぁ。」
その男が、落とした鍵を探してキョロキョロとしていると、
アパートの廊下に落ちている一枚のチラシが目についた。
一面真っ黒なそのチラシには、
「鍵の修理交換致します。即時出張、待ち時間0。秘密厳守。」
と、書いてあった。
「鍵を丸ごと弁償させられるより、内緒で合鍵を作った方が安いかな。
大家に怒られるのも嫌だし。そうしよう。」
その男は携帯電話を取り出すと、
その黒いチラシに書かれた電話番号に電話をした。
電話は、まるで最初から繋がっていたかのようにすぐに繋がった。
「もしもし、鍵を失くしてしまって、合鍵を作って欲しいんですが。」
「はい、これをどうぞ。」
「うわっ!?」
突然背後から声をかけられて、その男は小さな悲鳴を上げた。
いつの間にやってきたのか、
その男の背後には、全身真っ黒な作業服を着た男が立っていた。
うつむき加減の顔には影がさしていて、顔がよく見えない。
黒い作業服の男が差し出した手には、真っ黒な鍵が乗っていた。
「作業員さん、今電話した店の人ですか?どうやってこんなにすぐに?」
「うちは待ち時間0が売りだからね。この鍵を使えば、どんな鍵も開くよ。」
黒い作業服の男が、真っ黒な鍵を差し出す。
その男は、差し出された黒い鍵を受け取った。
黒い鍵の先はもやもやとしていて、形がよく見えない。
試しに自分の部屋のドアの鍵穴に差し込むと、
差し込んだ黒い鍵からぐにゃぐにゃした手応えが伝わった後、
鍵が開いた音がした。
ドアノブをひねると、確かに部屋の鍵は開いていた。
「よかった、ちゃんと開いた。料金はいくらですか。・・・あれ?」
その男が黒い作業服の男の方を見ると、
いつの間にかそこには誰もいなくなっていた。
黒い作業服の男がいなくなって、その男一人がアパートの廊下に残されていた。
「まだ料金払ってないのに帰っちゃったよ。どうしようかな。」
その男は、残された黒い鍵を見た。
「・・さっき、妙なことを言ってたよな。どんな鍵も開くって。聞き間違えか?」
その男は試しに、隣の空き部屋のドアの鍵穴に黒い鍵を差し込んでみた。
鍵穴に差し込むと、ぐにゃぐにゃと何かが動くような感触があって、
ドアの鍵が外れたような音がした。
ドアノブをひねると、ドアが開く。確かに鍵が開いていた。
「すごい、他の部屋の鍵でも開けられる。」
どんな鍵でも開けられると言われた黒い鍵を手にして、
その男にちょっとしたいたずら心が芽生えた。
「・・・本当にどんな鍵でも開けられるなら、
他の部屋の鍵も開くのか?人が住んでる部屋の鍵も?」
その男は、二軒隣の部屋を見た。
二軒隣の部屋には人が住んでいるのを知っている。
二軒隣の部屋を見ると、廊下に面した窓の中は真っ暗で、
少なくとも人が起きているようには見えない。
その男は、物音を立てないようにして、
二件隣の部屋のドアの鍵穴に黒い鍵を差し込んだ。
同じ様なぐにゃぐにゃした手応えの後、やはり鍵が開いた。
そっとドアを開けると隙間から、
自分の部屋と同じ狭いワンルームの部屋が見えた。
部屋には布団が敷いてあって、住人らしい人影が寝ている。
寝ている人影を見つけて、心臓が跳ね上がる。
中で寝ている住人を起こさないように、静かにドアを閉めた。
「すごい、本当にどんな鍵でも開けられるんだ。
この黒い鍵さえあれば、どんな部屋にも入り放題だ。
今は深夜だから住人が寝てるだろうけど、
明日の朝に出かけた後だったら・・・。」
その男は、黒い鍵の使い道を考えて、ニヤリと顔を歪ませた。
「金に困ってたところだったんだ。こんなチャンスを使わない手は無いな。
とにかく明日に備えて、今日はもう寝よう。」
その男は自分の部屋に入ると、すぐに布団に入って寝息を立て始めた。
その男が自分の部屋に戻って寝てしまってからしばらく。
アパートの廊下をうろうろする人影があった。
「この鍵さえあれば・・・!
明日までにどうしても金が必要なんだ。
なりふり構ってられないんだ・・・!」
眠っているその男の部屋のドアの鍵穴に、鍵が差し込まれる。
ぐにゃぐにゃとした手応えの後、鍵が開かれ、ドアが静かに開けられた。
終わり。
もしも、どんな鍵でも開けられる鍵が存在したら、どうなるだろう。
ということを空想してこの話を書きました。
どんな鍵でも開けられる鍵が存在したとしても、
その鍵が自分の分ひとつだけとは限らないので、
鍵が役に立たなくなる分、不利益の方が大きいのではないか。
それが空想してみた答えのひとつです。
お読み頂きありがとうございました。