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9.お父様でした。

飛行の授業が、最近楽しい。


飛ぶのも空中に留まるのも降りるのも、だいぶ慣れてきた。

ケントは褒めてはくれないが、頷く時と次のレベルに進む時は褒めているのと同義のようだ。

それが嬉しく、頑張ってしまう。


「本日は塀の方まで行ってみましょうか」

「ほんと?!」


ずっと庭園の上空のみを飛び回っていたが、少し遠征させてもらえるらしい。


探検する勇気もなく、私の行動範囲はとても狭かった。

塀ということは、王城の端だ。

金色の翼を持つ私は目立つのでなかなか王城の外へは行けないだろうから、外との接点に行けるのは嬉しい。


わくわくしていた私の気分は、しかし次の瞬間凍りついた。


「わ、私も供をして良いか?」


後ろから、急に声が降ってきたのだ。

若い男性の、少々上ずった声。

あまり聞き覚えはない声だったが、その言葉に相手の予想が付いてしまった。

先日の遭遇の記憶がよみがえる。


振り返ると、予想通りの金髪。王太子だ。


こそこそ接触しようとしていたのは、やはりこの人だったのだろうか。

だが、急に正面きって現れたのはどういうことなのか。


私は困惑し、ケントを見上げた。

ケントは相変わらず無表情だが、目の奥が笑っている。


あれ?もしかして平和な話なのか?


「私は構いませんよ。アンヌ姫はいかがですか?」


問われて焦った。

考えに浸っている場合じゃない。


「だ、だいじょぶでしゅ!」


後ろからホッとしたようなため息が聞こえた。

そちらを見ると、優しい顔をした王太子。


おや?


「では、宙に浮いたらアンヌ姫を真ん中にして手を繋ぎましょうか」


……手?良いの?


思わず不安な顔のまま上目遣いで王太子をうかがう。

王太子は嬉しそうに頷いた。

……嬉しそう?


確かに私は王太子の実子だそうだが、今まで全く、彼はおろかケント以外の有翼族と関わりはなかった。

人間の血を引くため、実子と思いたくないのだと思っていた。


だが、この様子に既視感を覚える。

前世で、若くして結婚した同級生の男性が娘の写真を見せてきた時。

まさにこんな顔をしていたのだ。


もしかして、嫌われていないのだろうか。


「さぁ、アンヌ姫行きますよ。まず行けるところまで高く上がりなさい」


はっと我に帰る。


「はい!」


私は慌てて地を蹴った。

もう飛び立つのはお手の物だ。


だいたい3メートル程まで上がると、すぐにケントと王太子は横に並んだ。

私が上がるよりずっと速い。

仕方ないかもしれないが、それに少し悔しさを感じる。


ケントが私の右手を問答無用で奪う。

それを見て、遠慮がちに王太子が私の左手を取った。指を軽く握る程度。これは、繋いでいると言うのだろうか……。


「では、あちらへ向かいますよ」


ケントが手を引っ張った。

その拍子に反対の手が抜けて、反射的に私はその手を掴んだ。


王太子は驚いて繋いだ手を見、その後すぐデレッと笑った。


あ、この人無害だ。


私はぎゅっと手に力を込め、ケントに付いて行った。



「あ!あれがへい?」


10分程飛んで、そろそろ疲れてきた頃、塀と思われるものが見えてきた。


「ええ」


ケントが頷く。


それは煉瓦の壁だった。

その向こうは全く見えない。

3メートル上空を飛んでいるのに、それよりも高くそびえ立っている。


「塀の前に木がたくさんあるでしょう。そこで休憩にします」

「はい!」


やった!

さすがに疲れてきて、塀の上まで上がるのは辛いと思っていたのだ。


「もう少し東の方が座りやすい木が多いのではないか?」


ずっと黙っていた王太子が声を発した。

思わず見上げると目が合う。


「疲れたろう」

「あ、えっと……はいすこち」


王太子が頬笑み、私は戸惑う。

本当に優しい笑みなのだ。

そもそも綺麗な顔をしているので破壊力は抜群だ。

私、ほぼ同じ顔だけど。


「わかりました、では東の大木に向かいましょう」


ケントが進路を斜め右に変更した。

距離が伸びることを恐れたが、あまり変わらなかったようだ。

1分と掛からず、その大木に着く。


王太子が座りやすいと言うだけあり、一本の枝に大人の男性二人と3歳児が座っても余裕である。

だがケントは遠慮したのか、向かいの少し低い位置にある枝に腰掛けた。


「……どうだった?」


しばらく沈黙が続いていたが、王太子が口を開いた。

相変わらず目が優しい。


「えと、はじめてのばかりで、たのちかったでしゅ」


道中は本当に楽しかったのだ。

この大木や目の前の塀はもちろん、初めて見る建物や施設も多かった。

あまり冒険をしないで3年を過ごしたことを惜しく感じる程に興味深かった。

周りは人間ばかりであるうえ自分は幼児なので、仕方ない部分もあるのだけれど。


「そうか」


優しい微笑みと共に、頭を優しく撫でられた。

あ……お母様と同じだ、この撫で方。


私は目を見開いた後、にっこり笑った。

唐突に理解した。

この人は私のお父様だ。

血は確かに継いでいるが、今まではそれだけだった。

今、心でも親子になれた気がした。


「きょうはありかとーございまちた、おとーしゃま」


公式の場でしか会ったことがなかったから、私は彼をお父様と呼んだことはなかった。

そもそも親子らしくなさすぎて、彼は父親というより、この国の王太子、という印象が強かった。


でも今目の前にいる彼は、お父様だ。

彼の目にも、私は娘に映っているはずだ。


が、予想以上だった。


彼の目にどんどん涙が浮かんでくる。

え、と思った時には抱きしめられていた。


「あ、アンヌ……っ!」


初めて名前を呼ばれた。

そのままぎゅっと力を入れられる。

温かくて、大きい。

が、く、苦しい……!


「お、おと、しゃま、くるち……!」

「ああ!悪かった!大丈夫か?!」

「は、はい」


ぜーぜー。息を整える。

ふと見ると向かいのケントの目が生暖かい。


居心地の悪さを感じて目を反らすが、お父様は全く気付かずデレデレと私の髪を撫でている。


……この人、王太子として大丈夫なんだろうか。


一抹の不安を覚えた昼下がりだった。

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