80.束の間の平和を享受します。
糖分注意。
先遣隊がペリン領に向かって10日。
その間、私達は防衛を根本から見直した。天然の要塞に頼りすぎていたからだ。
東は海に面しているため、すぐさま襲われることはないだろう。北の崖も、半分は海のすぐ上だ。
問題は、西と南。
領地の境界線の半分が崖であるラシーヌ領の領主様は、直ぐ様ディディエさんに指示を送っていた。……リュカが、そちらの仕事も増えてより忙しくなってしまって心配である。
お父様の執務室はてんやわんやだ。正式な警戒宣言を大急ぎで各領地に通知し、予算を分配させて物見櫓を設置させ……。1人部屋になってようやく寝られるようになったと思ったのに仕事が忙しくて寝られない。
必然的に、宰相はお父様の執務室に復帰した。それに伴い、朝の逢瀬は消滅。会えるから良いけれど、少し寂しい。
そして宰相がいない時に始まった昼食会は、なんと宰相も参加するようになった。朝の逢瀬の時に話してはいたから、元々考えていたのかもしれない。宰相復帰翌日にお父様が冗談のように「お前も来るか?」と訊いた返事が「はい」だったことに、誘ったお父様が一番驚いていて笑ってしまった。
だがおかげで、お昼だけでも皆が食事を取れている。食事を抜きがちな宰相とリュカが食べているのを見るととてもホッとする。
そして実は、席に着いて宰相と食事を共にするのは、これが初めてだった。
四角いテーブルの四辺に座る席で、隣は必ずお父様か宰相、すなわち父親と婚約者だ。金翼以外は女性に貞節を求められる国なのでこの並びになるのだが、おかげで毎日心臓に悪い。
近くで宰相が料理を口に運ぶのを、咀嚼するのを、横目で見てドキドキする。すごく上品に食べるので、いくらでも見ていられるのだ。たまに目が合ってしまい、照れ笑い。どこの青春中学生なのだろう私。向かいのリュカの視線がいたたまれない。
さらに今日は、少しだけ宰相と二人きり。
昼食後、少し仕事を片付けたところで、宰相が腰を浮かせた。
「アンヌ様、そろそろ」
私は頷いた。ここまで書いたら、よし、一段落!
お父様が首を傾げているが、あなたも当事者ですからね?
「陛下、衣装の最終合わせに行って参ります」
「あ、そうだったな……」
そう。この国は火急時にこそ祝い事をする国。私達の結婚式は予定通り行うことになっている。
忙しい時にわざわざ忙しくするのは心底辟易するが、ここで延期するとスタンスラスの部屋に逆戻りになってしまう。
何より、好きな人との結婚を延ばしたい女性は少ないのではないかしら。だから私も、頑張れる。
「そういえばヴィクトーお前、引っ越しもあるだろう。大丈夫か?」
「ええ。そこまで荷物はありませんし、王都のローラン邸ですのでほとんどそのまま置いていきますから」
「そうか、叔母上とオスカーはいつもそこに泊まっていたな」
「小さい頃、陛下もいらっしゃっていましたね」
とても興味深い話になってきて、私とリュカは聞き耳を立てる。主従関係の2人だが、その実、従兄弟で幼なじみなのだ。それぞれからたまに話は聞いていたが、2人で昔話をしているのは初めて聞く。
が、そろそろ行かないといけない。マグノリアに怒られる。
「お父様、宰相、そろそろ時間が……」
「ああ、行っておいで……本当にこいつが義理の息子になるのか……」
「往生際が悪いですよ」
お父様に苦笑しつつ、行って参りますと私が外に出ると、宰相が後に続いた。普通は男女逆だろうけれど、王太子と婿だとこうしないといけないらしい。
宰相が扉を閉めた音がしたと思ったら。
「……っ」
急に手を取られ、びくりと肩を震わせた。
振り返り見上げると、優しい笑顔が返ってくる。
「久しぶりの2人きりでしょう」
確かにここには、護衛すらいない。
長い一本道の廊下の入口には衛兵がいるが、100メートル近く先かつこちらを背にして立っているし、お父様達がいる後ろは扉が閉まっている。
「で、でも」
遠いとは言え、人通りのある廊下から見えるのだ。
それなのに、取られた手をぎゅっと握り直して壁に縫い付けられる。
「……っ」
壁に翼が当たり、息を詰めた。それを分かってか、壁ドンよりは少し間を空けてくれているのが優しい。
宰相の空いている手が、私の頬に添えられる。私の頬を覆ってしまうほど大きなその手の感触だけで、私の心臓は大暴れした。
「さ、宰相……っ」
思わず呼ぶと、顔をしかめられた。
「……プライベートモードに、してください」
掠れた声が、色っぽい。
口の中がカラカラになりながら、声を出す。
「ヴィクトー、さん……」
「はい」
嬉しそうに笑い、彼はそっとキスを落とした。
久しぶりだと思ったら、私も頬が緩む。
「もう、時間ないですよ」
「そうですね、だから、あと1度だけ」
そう言って、彼はチュッと口付けた。握っていた手を離して背に回すと、ぎゅっと抱き締めてくれる。
一瞬だったが、心が落ち着く体温だ。
「……行きましょうか」
差し伸べてくれた手に、今度は私が手を触れさせた。




