78.よく眠れました。
長かった。
本当に長かった。
だが、今日で終わり。ようやく終わり!
「アンヌ、本当に出ちゃうの?」
最終日の夕食後、しょんぼりしたスタンスラスに罪悪感が芽生える。彼に抱き締められることは怖くとも、彼は私にとって可愛い弟分。悲しげにされると堪える。
「ええ……でも、会えなくなるわけではありませんから」
眉尻を下げ笑っておやすみなさいと伝えると、引き留められないうちに部屋を出た。
大声が聞こえて来たけれど、侍女達に任せよう。申し訳ない!
今日から1月、私は1人部屋だ。
結婚以前とは違う部屋だが、家具などは持ってきており、懐かしい部屋にしてくれている。
部屋に入ると、エデが頭を下げて待機していた。
彼女はこの部屋付きとなっていたから、顔を合わせるのは久しぶりだ。懐かしい顔に、思わずホッと息を吐く。
「お帰りなさいませ、アンヌ様。湯浴みの用意は整ってございます」
さすが、小さい頃から見てくれているエデ。よく分かってくれている。
……私が、スタンスラスの臭いを消したいことを。
「ありがとう。よろしく」
エデともう1人の侍女に付き添われ、私は丹念に体を洗った。肌には触れられていないはずなのに、気持ち悪さがなかなか消えなかった。
ベッドは、とても大きなものに変わっていて、少し残念に思う。ただの王女だった時代のベッドでは見窄らしいと判断されたらしい。寝室以外の部屋の家具は、見られる可能性が高いため元々見栄えがするものを用意されていたのだけれど、ベッドにはお金を掛けられなかったのだ。
庶民の感覚が残る私はなんとも思っていなかったけれど、確かに王女としては小さく簡素だった。だがそれが落ち着いたのに。
気分を落としながら金糸の天蓋のレースを開け、私はあっと小さく声を上げた。
あったのだ。私の手作りの枕カバーが。
エデを振り返ると、優しい笑みが返ってきた。本当にお見通しのようだ。
「枕、ありがとう」
心からの笑顔を浮かべられた。ここは本当に居心地が良い。
いそいそとベッドに上がって2つあるうちの1つの枕を抱き締める。ああ、いつもの匂いだ。
「おやすみなさいませ、アンヌ様」
「おやすみ……」
私の意識は、そこで途切れた。
「おはようございます!」
耳元でマグノリアの大声が聞こえ、眉間に皺を寄せる。うるさい……。
「アンヌ様、いつもならお部屋を出られている時間ですよ!」
「……え」
覚醒した。
え、今何時?!
ガバリと起き上がると、少し焦った顔のマグノリアと目が合う。
「おはようございます。お仕事の時間には早いですが、執務室に行かれる前に、寄られるのでしょう?」
「あ……はい」
宰相は今日は王の執務室に寄ると言っていたが、朝の逢瀬は変えない予定だった。それをマグノリアに把握されているのは恥ずかしいが、待って、それに間に合わない?!
「ご、ごめんなさい!ぐっすり眠ってしまったわ」
「それは、本当にようございました」
マグノリアが嬉しそうにしてくれて、温かい気持ちになる。きっと、彼女にもすごく心配を掛けていたのだろう。
私は焦りながらも、とても清々しい気持ちだった。頭の中がすっきりしていて、体も軽い。
よく、眠れたようだ。
今日からしばらくは、睡眠不足に悩まされないだろう。
とても幸せな気分だった。
ーーー1つの知らせが届くまでは。




