77.新たな日常となりました。
大変長らくお待たせいたしました。
「……本当に、来なくなったな、ヴィクトーめ」
お父様の言葉に軽く肩を跳ねさせてしまった。
誤魔化すように、苦笑しながら肩を竦める。
「そうですね……。リュカご苦労様」
「いえ、勉強になりますから」
そう言うが、リュカの顔はげっそりしている。大変申し訳ない。
宰相には、あれから毎朝会いに行っている。だが、それだけ。
公式な式典もほとんどなく、宰相が王の執務室で行うべき仕事はリュカが肩代わりしている。ほとんどが宰相の伝言と書類を届けるだけだが、意図をきちんと理解していないと説明は出来ないし、簡単なことならお父様の質問にも答えられている。リュカの成長を促すという意味では、とても良い環境なのかもしれない。本人は辛そうだが。
「……本当に大丈夫?寝られている?食事は?」
初めて会った時並みに頬が痩けているリュカが心配で声を掛けると、リュカは何を言っているんだ、という目を向けてきた。
「そっくりそのままお返ししますよ」
そんなことはない、と思うが、お父様の視線に口をつぐむ。
確かに、寝られてはいない。初日よりは緊張しなくなったが、スタンスラスに抱き締められるのは未だに恐怖が付きまとう。
食事もスタンスラスの機嫌を取っていると手が進まず喉も通らず、残してしまうことが増えた。
……良くないとは、思っているのだが。
「……なら、これから食堂に行くか」
「「はい?」」
お父様の提案に、リュカと2人すっとんきょうな声を上げてしまう。確かに今は、11時過ぎ。お昼時かつ人は少ない。
だが、王と王太子が食堂で揃ってご飯を食べていたら周りがゆっくりできないのでは。というか、リュカも緊張してご飯を食べられないのでは。
お父様は満面の笑みだ。ご飯を食べるのを監督する保護者の気分なのだろう。いや、確かに私の保護者なんだけれど。
「私もたまにしか行かぬが、アンヌとリュカは初めてだろう。今なら人も少ないだろうし、キリが良くなったら行くぞ!」
「「は、はい……」」
こうして私とリュカはお父様に押しきられる形で食堂へ向かった。
食堂へ行く道すがら、確かに人にはほとんど会わなかった。が、人がいない訳ではない。
皆がぎょっとして頭を下げるのを、お父様が良い良い、と手を振りながら堂々と受付に向かって行く。自由人だ。
お父様の言う通り、食堂には初めて来た。思わずキョロキョロとしてしまう。
普段の昼食はエミリー特製サンドイッチを仕事をしながら齧るだけだ。普通のサンドイッチは具が落ちるので、さらに食べやすく、前世のランチ○ックのように四隅をくっ付けてもらっている。とはいえ、サンドイッチ1つでは、あまり足りないのは事実だ。
同じくキョロキョロしているリュカは、むしろ昼食を取っていない節がある。宰相も取っていないことが多いから、悪いところを真似しているのでは。
お父様はお昼時に必ず休憩を取るというのに。……それで太ってきたのかしら。
お父様は慣れた様子で職員に3人だと声を掛け、何やら紙に記入している。
「ほら、2人もここに名前を書け」
お父様が指し示したのは、名簿だった。
完全に、上司に案内されて食堂で初めてご飯を食べる新入社員である。おかしい。
私とリュカが書き終えたのを見計らって、ウエイターが席に案内する。
さすが、貴族のための食堂。カフェテリア式ではないらしい。だが、メニューは限られているようだ。
「肉、魚、パスタの3種類から選ぶんだ。本日は?」
「はい。鳥肉の香草焼き、鮎のソテー、ジェノベーゼパスタでございます」
え、なんか普通に美味しそう!
お父様と私は鳥肉の香草焼き、リュカはジェノベーゼを頼んだ。私がエミリーに頼んで作らせていた苦労はいったい……。
と、思ったら。
「10年程前から種類も多く味も良くなったのだ。どうもどこからかレシピを買ったらしい」
「……へぇ」
その話には心当たりがある。
エミリーと試行錯誤を始めた6歳の時、食事の情報を流している侍女がいる、と報告があったのだ。そして、その侍女を裏の人間とし、取り引きをさせるようにした。食材や調味料を融通してもらう代わりにレシピを渡すのが主だったはずだ。
すっかり忘れていたが、食堂にまで伝わっていたのね。未だに私の名前がバレていないのにはホッとする。
とにもかくにも、すぐさま美味しそうな料理が到着した。私とリュカはごくりと喉を鳴らす。
と、リュカがハッと顔を上げた。
「陛下、こちらの食事の代金は」
「ああ、先程名前を記入しただろう。あれを元に給金から引かれる。リュカには給金を支払っていないから、直属のアンヌの給金からとなるだろう」
「そ、そんな申し訳ない」
リュカの顔が青褪める。
今のリュカは、タダ働きだ。しかも領地は災害のために税収も見込めない。つまり徹底的にお金がないのだ。
それなのに、私に遠慮する。私のせいでタダ働きしているというのに、人が良すぎる。
「このくらい問題ないわ。むしろ給金分にもならなくて申し訳ないもの」
お金については問題ない。
私は、ただの王女の時はお金が足りなかった。雇っている人数が多すぎたからだ。そのために裏の人間に研究をさせ、狩りをさせ、城下で売ってそこそこのお金を稼いできた。
王太子になって給金が増えてもそれらは継続しているため、今の私は小金持ち状態なのだ。私自身はそこまでお金を使わないし。
「うむ、そうだな。給金の代わりに食堂の料理を提供するようにするか」
「今後も私からで?」
「そうだな。リュカの奉仕を罰と銘打っているからにはその方が良いだろう。その分、アンヌの給金を上げれば問題なかろう」
「ありがとうございます」
さっさと決まった重要事項に、リュカは目を白黒させている。
「アンヌもリュカも、仕事熱心だからな。これからは毎日共に食事を取ろう」
優しいお父様の視線を受けて、私とリュカは頭を下げた。
その日食べた鳥肉は、とても美味しかった。




