65.日常に戻ります。
挨拶まわりを終えた私はその日、早々に夢の世界に旅立った。
自分のベッドがこんなに心地良いとは気付かなかった。羽馬車内にもクッションはあるとは言え、このフカフカベッドには敵わない。
改めて、いつもベッドを整えてくれる侍女達に感謝だ。
「おはようございます。アンヌ様。起きるお時間でございます」
扉が開いて現れた姿に笑みが溢れる。懐かしい。
「おはよう、マグノリア。……ただいま」
「はい。お帰りなさいませ!」
マグノリアも良い笑顔。
朝から昼に掛けての当番であるマグノリアとは、昨日は会えていなかったのだ。
「変わりなかった?」
「私は。ソラル様とマノン様はお祈りのお手紙をたくさん書いていらっしゃいましたわ」
「そうなの。嬉しいわ」
この国でも、神に祈る風習がある。薄い紙に願い事を書いて木の高いところに結ぶと願いが叶うのだそうだ。七夕とおみくじを合わせたようだと思った私は悪くない。
「それとうちの弟が……いえ、その前に、ご結婚が決まられたとのこと、おめでとうございます」
「?……あ。ありがとう」
最初ピンとこなかったが、マグノリアの言葉で思い出した。
ウィロウに告白まがいなことされていたじゃない。
「……ウィロウには、会わない方が良い?」
「え、えっと……お会いしたいとは思いますが、その……」
「私の結婚を喜べないのでしょう?」
「え?ええ、そうですが、よくお分かりになりましたね」
私は苦笑する。「そろそろ結婚してしまわれるのですね」とか言われたことがあるのだもの。
あの時は、味方を作るため、金翼の子を産むためだけに、結婚するのだと思っていた。
「マグノリア。私ね、結婚は義務で、そこまで嬉しいものではないと思っていたの」
前世では結婚も出産も出来なかったのだから、出来るだけでありがたいと。
「……ええ」
私とずっと一緒にいた彼女は、賢い彼女は、分かっている。金翼の女が望めることと望めないこと。
でも。
「……今は、心から、嬉しいわ。結婚できることが」
マグノリアの目に涙が浮かんできた。ああ、本当に素晴らしい侍女である。
「良かったです。アンヌ様がお幸せで、本当に……っ」
「もうっ、移るじゃない」
私はマグノリアを抱き締めた。
彼女も、私の大好きな人の一人。それをより、実感する。
落ち着いて、ふふっと2人で笑い合ったところで、そこそこの時間が経っていることに気付き、私達は大慌てで支度を始めたのだった。
コンコン
「失礼いたします」
王の執務室は変わらない。相変わらず、重たくて、立派。でもそれが懐かしい。
「おはよう、アンヌ」
「おはようございます」
入ると、もうお父様も宰相も中にいた。早い。
「おはようございます。そして、改めまして、ただいま戻りました」
「ああ。本当に、よく無事に帰って来てくれた。お帰り」
お父様が近付き、よしよしと頭を撫でてくれる。
そんなことをされたのは幼い頃以来で照れてしまう。
と、左手が急に取られてびくりと固まった。近くに来ていたのは気付いていたけれど!
「……お帰りなさいませ」
そう言いながら、キザに手の甲へ口付けを落とすのは、もちろん宰相。お父様の目の前なのに、恥ずかしい。
「……もう」
睨み上げるも、笑顔でかわされる。悔しい。
でも、そうだ。これが、南部へ行く前の光景だ。
私は懐かしさに、また目の奥がつーんとなった。
やっぱりここが、私の帰る場所なのだと、実感した。




