51.羽馬車守り
※残酷な描写が含まれます。苦手な方は、ストーリーに大きな影響はないため飛ばしてください。
彼は羽馬車の馭者席で、ふわーっとあくびをした。
今日は良い天気だ。雲は少しあるものの、空は青く、気温は温かい。
羽馬達は座り込み、目を閉じている。
ずっと飛んでくれていたのだ。休息はしてもらいたい。
だが、それを見ていると自分も寝そうだ。
5台ある羽馬車は全て、長い紐で連結されている。
本来それぞれの前後に馭者がいるが、今は半分が護衛として付いて行っているため不在。話し相手は距離が遠い。
ふぁー
彼は再度あくびをした。
護衛として貴族の屋敷に入るのは緊張するからと馬車番に手を挙げたが、ここまで暇とは思わなかった。
まぁ、何もしなくて良いのだから楽で良いか。
彼は凝り固まった腰をほぐすため、上半身を左に回した。
その時、ん?と異変に気付く。
有翼族が、こっちに来る。結構なスピードだ。
というか、剣を持っていないか?
そもそも使節団の者じゃ、ない?
ようやく彼は認識した。
敵だ!
「敵襲!」
彼は前後の馭者に聞こえるよう大声を出すと、近くに置いていた槍を手に取った。
彼の声が聞こえたのか、敵に気が付いたのか。
他の馭者も馭者席を立つのが見える。
羽馬達も起き始めた。よしよし、まだ大人しくしていてくれ。
彼は槍の腕に自信がある。だからこそ、敵に突っ込んだ。自分の突きを避けられる者などいない!
だが、相手は剣でそれを受け止めた。
それに驚いて一瞬隙を作ってしまったのが悪かった。横からもう一人が剣を振りかぶっている。
マズイ。
彼はやっと気付く。
敵のレベルの高さと、その人数に。
自分より強い者が、10人。
彼は冷や汗を流した。
剣は迫り来る。
逃げなければ。だが、槍を受け止めた相手を無視すればそちらからも切られる。どうすれば。
彼は、死を覚悟し、1人でも道連れにしようと槍を振り回した。
槍を受け止めていた敵がバランスを崩す。その横腹を槍が引っ掻いた。
ドサクサにまぎれて横からの剣を避けたが、すぐにまた剣は迫り来る。
「くそ……っ」
彼が吐き捨てた、その時。
カッ
小さく、固い物がぶつかる音がした。
横から迫っていた剣は、彼に届かず地面に落ちて行く。
彼は驚いて横を振り向いた。
迫っていた敵は、目を見開き、そのままの体制で剣の後を追って落ちていく。
疑問はすぐに解けた。敵の頭に、矢が刺さっていたのだ。
援軍か、とホッとする。
だが、誰だ?
「この……!」
彼はハッと目の前に意識を向ける。
誰かなんて今は良い。とにかく目の前の敵をどうにかしなければ。
彼は冷静に剣筋を読む。強いし、速い。だが先程よりも精細に欠ける。
今だ!
彼は敵の剣をさばき懐に入りながら腹に向けて槍を一突きした。
「ぐはっ」
敵は血を吐く。
それを見て彼は、腹を裂くように刺さったままの槍を横に一閃した。
「が……!」
その一言を残し、彼は地面に激突する。
ひとまず勝利だ!
だが、すぐに次の敵が迫ってくる。
くそったれ……!
彼は敵に向かって行くが、ふいにそのうちの1人がバランスを崩し落ちていく。
そしてその後ろに姿を現したのは。
「ティモテ様!」
チャラい印象を与える長めの茶色い巻き髪は間違いない!
その後ろには、護衛として付いて行った筈の2人も見える。
援軍に来てくれたのか!
「羽馬車にも注意を向けろ!」
ティモテ様の言葉に急いで後ろを見る。
……羽馬車の馭者席に近付く男がいるではないか!
「この……!」
彼は歯を食い縛る。
そうだ、俺の役割は羽馬車を守ることだってのに!
敵に背を向けることになるが、そこは援軍が切り伏せてくれると信じる。
そして彼は全速で馭者席に戻ると、侵入者を槍で突き刺した。
「ぐが……っ!」
油断してくれていたのだろう。馭者席から転がって行く。
彼は勢いそのままに、後ろの馭者席に座ろうとする者にも迫って行った。
だがこちらは身構えている。不意討ち出来なければ、自分は強くない。
剣が振り下ろされるのを何とか避けながら槍を振り回すも、当たらない。
だが彼は、敵の背後を見てニヤリとした。
「はっ!」
「な……かはっ」
ティモテ様と共に来た仲間が剣で切り伏せた。ありがたい。だが、違和感がある。
……こんなに彼は強かっただろうか?
不意討ちとは言え、一瞬で相手の近くに陣取り構えられる前に切り伏せるなど、達人級だ。
「……お前、なんか強くなった?」
思わず聞くと、彼は嬉しそうに笑った。
「動物とやりあってたからな!」
そうか、彼は狩猟に出ていたチームだ。
動物と命の取り合いをすることで強くなったと。キツそうだと思って避けたが、良い訓練になるならやっても良かったか。帰りは手を挙げようかな……。
「さて、まだいるぞ!とにかく敵を倒せ!羽馬車を奪われるな!」
「おう……!」
そうだ。まだ自分の羽馬車しか守っていない。他の羽馬車にも敵がいる。やらなければ!
奥から大男が翔んで来る。体格が良いなんてものではない。縦にも横にも大きい。そして顔は般若。
「おのれ……!」
「ひぃ!」
彼は思わず後ずさった。
勢いがすごい。あの筋肉にあのスピード。勝てる気が、しない。
だが援軍の狩猟チームの彼は立ち向かって行った。剣を合わせ、後ろに吹っ飛んでいく。
「くそったれ……!」
1人に任せるわけにはいかない。1人では倒せなくとも、2人ならば。
「私も行こう!」
ティモテ様が横から敵に突っ込んで行く。文官とバカにしていたが、なんと鋭い剣か。
彼はあえて正面を行く。その後ろに隠れて、先程吹っ飛んだ彼が直前で横に出て斬りかかった。
「く……っ!」
相手に切り傷が出来る。だが全く致命傷にならない。
「……そなた、ガニエ騎士団長か?」
ティモテ様が剣を打ち込みながら声を掛ける。
騎士団長?!そんな大物がここに?!
「いかにも……!全員、全員殺してやる……っ!」
殺気が強くなった。心が折れそうだ。だが、ティモテ様は怯まない。
「では、お前を片付ければ仕舞だ!」
「ぬかせ……!」
ティモテ様に剣が向けられるが、その隙に彼は懐に入る。
よし!
「……っく!」
腹に槍を突き刺す。浅い。だが今までで一番ダメージが入った!
剣が頭上を掠めるが、なんとか離脱する。
止まった隙に、狩猟チームの彼が背後に回り背中を切る。
「ぐは……!」
筋肉だるまの敵はなかなか沈まない。
ティモテ様も容赦なく斬りかかり、剣を持った右腕を切り離した。
「ぐ……っ!」
「今だ!」
彼は槍を胸に向け、狩猟チームの彼は腰を突き刺す。
そして。
「……よし!」
騎士団長は、地面に追突した。
ティモテ様が爽やかに髪をかきあげる。
「ご苦労!ここでは我々の勝利だ!」
「「うおー!」」
羽馬車は5台全て無事だ。敵ももういない。満足感が溢れる。俺達はやったんだ!
だが、ティモテ様の顔は厳しい。
「これで最後ではない。城から敵が湧いて来る可能性がある。構えておけ!」
「「はっ!」」
中で何が起きたことやら。