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43.偽善と感謝


彼は木の棒に巻き付けた糸を垂らしながら、川面をぼーっと眺めていた。

釣りは良い。嫌なことを忘れられる。


だが、釣れない。

魚を手土産にしようと思っていたのに。


顔をしかめる。

自分の無力さを思い出してしまった。


彼は自分に出来ることを行ったつもりだった。

だが、救えなかった命が、背負えきれない数だったのだ。

自分1人ではどうにも出来ない。頼れる人はいない。

いや、協力者はいる。彼らのおかげで自分1人では出来ないことが出来た。だがそれだけでは足りないのだ。


領主が、私欲に走らなければ。民を全力で助けていれば。

そう何度も思った。

願い、領主を変えようとし、そして上手くいかなかった。

失敗して地下牢に入っている者もいる。

彼らのためにも、領主にバレてはいけなかった。

領民を助けたいということを。

彼が最後の砦なのだから。



気分を変えようと、一度糸を引き上げる。

するとどうだろう。

先に付けていたはずの葉っぱはなくなっていた。


「……どうやってたんだ」


昔、人間の奴隷に釣竿を作ってもらったことがある。その時の擬似餌が葉っぱだった。

その際はかなり釣れたのだ。

だが今は、釣れるどころか葉っぱが取れてしまう。


近くで細長い葉っぱを見つけ、再度糸にくくりつける。

祈りながら、川に放った。


再び川面を眺めていく。

今日の川は穏やかだ。ハリケーンが通ったことなど夢のよう。


規則正しく流れる川に、本当に生き物はいるのだろうかと疑い始める。

まさかハリケーンで生き物も流れてしまったのだろうか?


その時、後ろから葉掠れの音がした。

振り向けば、金髪の女性、いや少女だろうか。かなり整っているが、大人にも子供にも見える不思議な顔立ちだった。


「こんにちは」


目が合うと、彼女はにこやかに挨拶をくれる。

この苦しい時に場違いな程爽やかな笑顔だ。


彼は警戒した。

動きやすそうな軽いスカートは村人と似ているようで、明らかに材質が違う。

そしてスラリとしているが貧相ではない、むしろ出るところは出た体型。

明らかに村の人間ではない。何者だ。


「はぁ……どうも。……人間?外の人?」


彼がそう判断したのは、背中にあるはずの翼が見えなかったからだ。


人間を見たのは久しぶりである。

奴隷としてこの国に連れて来られた者の子孫である彼らは、身分を理由に食べ物を与えられなかった。

そして次々と息絶えていったのだ。


そんな人間が、なぜここに?


彼女はこちらの警戒を感じ取ったのか、苦笑いしながら説明する。


「王都からの支援団です。私は料理担当で、狩猟する人に付いてきたのだけれどはぐれてしまいまして」

「……そうか。他の村に来たって聞いてたけど、ここにもやっと」


距離の問題で彼はこの村以外には行ったことがなかったのだが、村人が噂をしていたのだ。

曰く、国の炊き出しが来たと。


国の炊き出しは、彼には出来ないレベルだろう。

彼は無責任だと思いながらそれに期待していたのだ。

それが、やっと。

しかも人間の料理人を連れているのなら、かなり美味しいのではないか。

ありがたい。さすがだ。



「ここが最後と聞いています」

「ああ……一番ここが領城に近いからかな」

「おそらく」


そして、だから明日なのだ。王太子とやらが領城に来るのは。


領主は目をギラつかせて準備をしている。

いくら国から取れるか、いかにすれば王太子を葬れるかと、悪い笑みを浮かべていたのを思い出し吐き気がした。


領主は王太子を認めていない。

領主の母方の親戚に、国王の長男であるアドン王子がいるのだ。

金翼でなくとも人間の血を引く王女より良いだろう、とアドン王子を王にすべく支援していた。

アドン王子が金翼の子供を作れば問題ない。

そういう思想なのだ。


明日はどんな騒ぎになるのかと、彼は憂鬱で仕方なかった。




「釣れますか?」


金髪の女性が尋ねて来る。

彼は肩を竦めた。


「全然」


糸を引き上げる。

また糸の先に何も付いていない。やはりダメか。


「あれ、また取れちゃったか……」

「何を付けていたのですか?」

「葉っぱ。虫と勘違いして魚が食べてくれるから」


遠い過去から、人間がそう伝えてくれる。

この知識は有用なのに、なぜ自分は不器用な有翼族なのか。



「では、私が取り付けましょうか?器用さには自信があります」


彼は顔を上げた。

そうか、彼女は人間だ。


「お、助かる!」


釣竿を渡す。

彼の手作りであるそれは、あまりにもお粗末なので少し恥ずかしい。


彼女は葉をさっと選ぶと、その葉に穴を開け、糸を通し、茎の部分に巻き付けながら何度か縛った。

目を見張る程の早業だった。しかも丈夫そうだ。


「お!さすが早い!これなら大丈夫そうだ」


彼は上機嫌に釣竿を受け取り、糸を放った。

今度こそ釣れてくれ!


ずっと立ちっぱなしであったことを思い出し、地面に座り込む。

金髪の女性も隣に座ったことに気付いたが、黙認した。

擬似餌を作ってくれた恩人に文句は言えない。


「いつもお一人でここに?」


彼女は長居するつもりなのか、のんびりと声を掛けてくる。

……はぐれたんじゃなかったのか。いや、探し回るより1ヶ所に留まっていた方がすれ違わなくて良いと聞いたことがあるな。それを狙っているのかもしれない。


魚が引く気配がなかったので、彼も付き合う。


「んー、村の皆に疲れることをさせるのも気がひけるし」


食べ物が足りないため、皆どんどん痩せていった。

体力もなくなり、ほとんど動かず1日を過ごす者が大半だ。

それならば一番元気な自分が動かなくてどうする。


彼は、自分が死ぬわけにはいかないことを知っている。

だから、どんなに罪悪感に苛まれようとも、毎日食事を取った。

だがさすがに全てを食べる気分にはならず、村から来た女性達に分け与えていた。

自分の細い腕は偽善の結果だ。



「そう言えば、知っていますか?城に連れて行かれた女性が食べ物を持って帰って来てはすぐ戻るって話」


金髪の彼女が言った言葉があまりにも自分の思考とリンクしていて固まってしまった。

なぜ知っている。

……いや、村人から聞いただけか。そのくらいなら村人達も噂している。


「……ああ、聞いたことは」


怪しまれないよう、そう素っ気なく答えた。

心臓はバクバクしている。落ち着け、分かるはずがない。


「領主の近くにいる人がやってるのかなって、うちの偉い方が言ってたんですよねー」


……なぜ、そこまで分かっている。

誰かが情報を漏らしたか?

村の女に喋るなと言うのは酷だっただろうか。


そして、国の支援団の「偉い方」とは、王太子だろう。

聡明と聞くが、本当にそこまで分かっているなら本物だ。

どこまで自分は隠し通せることか。


だが、次の彼女の言葉に彼は頭が冷える気がした。


「出来るならその人をスカウトしたい、とかも言ってて」


……なんだと?

自分をスカウトしてみろ。今まで築き上げて来たものが崩壊する。


「無理じゃないかな」

「え?」


声が刺々しくなるのが自分でも分かった。


「……支援団の上の人に伝えておいて。混乱だけは巻き起こさないでくださいね、って」


金髪の彼女の青い目を睨む。

彼女は悪くない。悪いのは現状を怖そうとする王太子だ。

だが、彼女の奥に王太子を感じ、ついじっと見つめてしまう。


領主城内は仮初めとは言え平穏を維持しているのだ。

自分がバレるわけにはいかない。

それで崩壊したら、今度は何人の命がついえるのか。



金髪の彼女は、キョトンとしている。

怯えもしないのは、図太いと言えるだろう。

大した人だ。女性で旅に同行しようとするだけある。


彼女は少し困りながら口を開いた。


「うーん、出来たらで良いですか?私、話し掛けられないんで」

「そりゃあ人間の君には無理か。ごめん、忘れて」


奴隷身分である人間が王太子に話し掛けるなんて、下手すれば首が飛ぶ。

悪いことを言ったと撤回する。


彼女は許すように苦笑しながら立ち上がった。

なんとも大人びた笑みだと感心した時、彼女は爆弾を落とす。


「あと、こんな噂も聞きました。物知りなロックという少年が色々と手伝ってくれたって」


彼は今度こそ固まった。

ロックは彼の偽名だ。

彼女は何も知らないおバカな人間ではないのか。


「あなたですよね?」


見透かすような笑みにため息をついた。



「……だったら?」


睨みを効かせても、彼女はどこ吹く風だ。

これくらいならバレても問題はないし、良いのだが。


彼女はなお笑う。


「すごいな、て思うだけです。あと、うちの偉い方がお礼を言いたいと言っていました」

「やめてくれ」


瞬時に否定した。

自分はすごいことなどしていない。

王太子なぞに礼を言われることもしていない。


「俺は些細なことしか出来ていない」


何人もの死体を見た。

壊れた家、横倒しになった木、倒れた穀物を見てきた。

領主の横暴な命令も聞いた。

それらに何も出来なかった。


出来ることはしてきたつもりだった。

だがそれは、本当にちっぽけなものだ。

偽善でしかない。

それでも少しでも何かをしたかった。

そして自分の無力さをより一層思い知った。



彼女は静かに言った。


「……感謝は、受け止めても良いのではないですか?」


思考が一瞬止まった。

感謝を、受け止める?



「小さなことしか出来なくても、その小さなことを喜んでくれたのですから。そこの部分だけは、自分を褒めてあげても良いと思いますよ」


顔を上げる。


思い出せば、彼が行ったことを喜んでくれた人はいた。

ありがとうと言ってくれた。

そうだ。そんな人は何人もいた。


忘れていた。

いや、気付いてはいけないと思っていた。

出来ていないことがあまりにも多いから。


だが、そうか。

自分は彼らの思いを無碍にしていたことになるのだ。

せっかく喜び、感謝してくれたというのに。



「持論ですけれどね」


気恥ずかしげに彼女は言うと、くるりと背を向けた。

顔だけ振り返り微笑む。


「では、仲間を探しに行きます。お邪魔しました」

「ああ……」


もう行ってしまうのか。

先程とは逆に寂しく思う自分に戸惑う。

……実は1人が寂しかったのか、自分は。


「また会いましょう」


気分が先ほどよりずっと良い。

また彼女に会えたら良いなと思う。


彼女はさっといなくなってしまった。

が、残念に思う暇はなかった。


「わ、引いてる?!」


釣竿が重い。持って行かれそうだ。

立ち上がる。そのまま力を込めれば、どうにかそれは引き上がった。


「嘘だろ、大きい!」


体長20センチほどはある銀色の魚だ。

こんなのが釣れるとは!


本当に、彼女には感謝だ。

もし次に会えたら自分も言おう。

ありがとう、と。


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