39.襲撃を受けました。
出発してから2日が経った。
初めての遠征は、意外な程快適だった。
食事もそこそこ美味しいのだ。
道中で狩りをしながら進んでいるのが要因だ。
動物達を切り裂き焼く様子は申し訳なくなるが、新鮮なお肉はとても美味しい。
「意外と平然としていますね」
ウサギが捌かれるところを眺めていると、マテオがお肉を囓りながら話しかけてくる。
私はクスッと笑った。
「死を知らないお姫様に見えました?」
「……いいえ」
否定されてしまった。
実際そうだから仕方ない。
私は命を狙われながら生きて来たのだから。
そんなこと、優秀なマテオが分かっていない筈がない。
でも。
「残念」
いたずらっ子のように笑ってみせる。
清純な、何も知らないお姫様に見られたら、相手も油断してくれるのにね。
ああでも、女だからって油断してくれている可能性はあるかもしれない。
そう、思っていたからだろうか。
背後斜め上に人の気配があった。
隣にいるマテオも気付いていない。
私はひらりと飛び上がり、相手の腕を捻りあげると首筋にフォークを当てた。
「ぐ……っ」
「なんでしょうか?」
至近距離でにっこり笑う。
私が捻りあげた相手は有翼族だった。
背後を私が取ったので翼を使えず落ちていく。
私は彼の背中に乗り、地面に押さえ付けた。
「うが……っ!」
さすがにマテオを含む周りが気付き始める。
「仲間は何人?」
背中に乗りながら聞くが、黙秘の構えのようだ。
仕方ない。
私はフォークを、ちょんと彼の頬に刺した。
「近くにいるのでしょ?」
「……っ」
「人数を言ってくれたら命は取らないわ」
「……3人だ」
そんな人数で、20人の規模の団体を襲うわけがない。
私は彼が持っていたナイフを奪い、首筋に当てた。
「……っ」
「本当は?」
ドSではなかったはずが、血が目覚めてしまったらしい。
ニコニコと彼に迫る。
「2回目の嘘は、許さないわよ」
「ひ……っ、13人だ……っ」
「本当?」
「ほ、本当だ!」
彼がそう言ったのとほぼ同時に、人影が森から現れる。
全員空を飛んでいる。有翼族だ。
「今のところ13人ね」
「ほ、ほ、他はいねえよ!」
「人間は?」
「んなもん先に餓死してる!」
「……そう」
よく見れば、押さえ付けている彼はガリガリだ。
「……たしか、ハリケーンから3ヶ月以上経っていたわよね?」
守るように私の側にいるマテオに話しかける。
「……そうですね」
マテオも苦い顔だ。
つまり、これは。
「食料がなくて、奪いに来たの?」
「そうだ!」
「動物はいっぱいいるじゃない」
現に私達はお腹いっぱい戴けている。
「弓使えるやつなんていねえのに、動物仕留められるわけねえだろ!」
私は手元のナイフをじっと見た。
「これ投げれば?」
「あ、当たるか!」
私は頭上にそのナイフを投げた。
「ぐはっ」
落ちてきたその人物を、慌ててマテオが取り押さえる。
太ももにはナイフ付き。
1人、上から近付いていたのだ。
「な……っ」
横目で見えたのだろうか、私が行ったことに驚愕する襲撃犯。
「練習すれば出来るわよ」
私が器用なだけかもしれないが。
応戦している周りに声を掛ける。
「出来るだけ生かして捕らえて!誰か縄を!」
本当に13人だったらしく、こちらが優勢だ。
護衛の有翼族の敵でもない。
そうして、彼らを全員縄で縛り1ヶ所に集めたところで、私は聞いた。
「襲撃理由は、食料の強奪と言ったわね」
「……ああ」
私が最初に捕らえた彼が答える。
周りの視線が痛いのか、目をそらせている。
ふむ、本当っぽいわね。
「強奪した食料はどうする予定だったの?」
「は?そのまま食べるが」
「ここにいる全員で近くで?」
「……村の皆で、だな」
「ちょ、お前!」
隣の者が慌てる様子を見ると、家族がいるのか。
だが、それだけのよう。
領主に献上するとかではないようだ。
「縄はそのままで、何か食べさせてあげてください。お肉そのままだと消化に悪いから、スープが良いかしら」
「っ!与えるのですか?」
マテオが驚くが、私は頷く。
「彼らは被害者でしょう。
ハリケーンで食べ物がなくなったという理解で良い?」
再度襲撃犯に聞くと、呆けていた彼がコクコクと頷く。
「彼らに食べさせた後、彼らの村に行って炊き出しもしましょう」
「アンヌ様?!」
周りがざわざわとするが、私は気にしない。
「私達が持ってきたのは、何のための支援物資ですか?民を助けるためのものでしょう」
食料がないから、彼らは私達を襲ったのだ。
彼らは哀れな民だ。
助けなくてどうする。
「でも、まだあなた達を信じきれていないわ。縄はそのままにさせてね」
「そ、そんなのどうでも……ほ、本当に食べさせてくれるのか」
「ええ。
私達が食べていたスープだとたんぱく質が足りないから、お肉を小さく刻んで入れてあげて」
私が人間の調理員に指示をすると、彼らは急いで準備をしてくれる。
グツグツと良い香りがしてきた。
襲撃犯達の腹が鳴る。涎を足らす者もいた。
そして彼らに1人ずつ、護衛や人間がスープを食べさせる。
最初は恐る恐るだったが、次第にガツガツと食べ始めた。
「……う、うめぇ……っ!」
「っ、こ、こんな飯、久しぶりだ……っ」
泣きながら食べる彼らに、私はにっこり笑う。
「今あるスープはここで消費してしまいましょう。狩れる動物がいることは分かったのだから」
「は、はい!」
「夜が明けたら、彼らの村に行きましょう。そこで皆で朝食ね。村まで遠くはないのでしょう?」
「……っ、ああ、徒歩でそんなに掛からない」
「なら、良い?」
振り向いて聞くと、マテオはため息をついた。
いつの間にか側に来ていたティモテも苦笑いだ。
「ダメと言っても決行するのでしょう」
「良いんじゃないですかー?そもそも民に食料を与えながら行く予定でしたから。襲撃犯に施すとは思いませんでしたけど」
この2人が反対しないのに、他の者が意見を言えるわけがない。
こうして、私達は襲撃犯達の村へ向かうことになったのだった。