35.温もり
ヴィクトーは、仕事モードとプライベートモードを明確に分けるタイプだ。
執務室で陛下のことはいじるが、緊張感は保っている。……欠片ほどの。
だがその時、ヴィクトーの中から仕事モードが全て吹き飛ばされた。
今まで結婚の話を避けていたアンヌ王女が、自らその話を振る。
違和感しかない。
ヴィクトーも、裏を考えていた。
だが。
「なるほど。だが、アンヌも婿を2人取るというのか……?」
陛下の言葉に、頭が真っ白になるのが分かった。
スタンスラス殿下は諦めている。
幼い頃からの許嫁で、後ろ楯を思えば彼女は受けるしかない。
さらに彼女も、スタンスラス殿下を男としては見ていない。
それが分かるからこそ、特に思うこともなかった。
だが、他にも、婿を?
嫉妬が心を支配する。
誰だ?秘密裏に葬るか?
いや、彼女が思いを寄せているなら悲しませてしまう。
……思いを、寄せている、男。
落ち込むしかない。
思考が陛下と近くなっている気がする。
それに気付いてより落ち込む。
無表情のまま、そんなことを考えていると、アンヌ王女がこちらを向いた。
考えていた人に、じっと見つめられる。
とても落ち着いていられなかった。
そもそも、好意を抱いている女性に見つめられて平気な男などいるのか。
思わず身動ぎしてしまう。
彼女も、なにやら緊張している様子だ。
働かない頭で疑問に思ったのも束の間。
彼女が口を開いた。
「ヴィクトー殿、私の第二夫人になっていただけますか?」
言われたことを理解できなかった。
……何と、言った?夢か?
ヴィクトーは、こんなに自分がバカだとは思わなかった。
疑問符だけが頭を回る。
彼女は俯いてしまった。
耳が赤くなっていて可愛い。
ああもう、彼女の可愛ささえ理解できれば良いかバカで。
彼女が、ふと上目遣いで見上げてくる。
上目遣いも可愛いすぎるんだよな、と思った瞬間、やっと頭が働いた。
……自分に、第二夫人になれと、言ってくれたのか。
理解した瞬間、顔に熱が集まった。
口元がにやけるのが分かり、慌てて隠す。
確かに自分が先に言ったのだ。第二夫人にしてくれと。
だが、それはいつかの話だった。長期戦のつもりだった。
なのに彼女は、結婚するならば2人同時にと言う。
スタンスラス殿下以外のもう1人に、自分を望んでくれたのか。
嬉しさが溢れる。
本当に、彼女の夫と、なれるのか。
「……アンヌ様こそ、よろしいのですか」
「はい」
振り絞った質問に、彼女は間髪入れず肯定してくれる。
本当に愛しくてどうにかなりそうだ。
珍しく彼女の目が潤んで見えた。
揺らめく瞳は宝石のよう。
冷酷と言われる自分の心を、美しく優しい眼差しが温めてくれる。
「……ぜひ、おねが」
「ま、ま、待つのだ!!!」
大切な返答を遮ってくれたのは、存在を忘れかけていた陛下だった。
心の中で舌打ちする。ちっ。
「なんですか」
想像以上に冷たい声が出た。
眉間に皺が寄っている気がする。
不敬罪?上等だ。
「私より年上だぞ?!アンヌ、なぜこいつなのだ!他にもいるだろう!!」
さすがに詰まってしまった。
年齢については自分でもネックだと思う。
だが、ポジティブに解釈すれば、それ以外に否定する要素はないということだろうか。
「お父様、王家の血を濃く受け継ぐ貴族の子息の中で、婿入り出来る方はそこまで多くありません。その中で一番ヴィクトー殿が爵位の高い家柄なのですから、不自然ではないでしょう?」
アンヌ王女の弁は正しい。
正しいのだが、自分の努力などと無関係のところであるため、少し落ち込む。
ただ、自分の生まれには感謝した。初めて感謝したかもしれない。
「だ、だがな!お前と年の近い者もいるというのに!」
「私を常にバカにしてきた方達のことですか?」
「……っ」
ピクッと眉が動いた。
アンヌ王女を、常にバカにしてきた?
誰だそれは。10代中頃で独身で長男ではない王家の血を引く貴族。そしてアンヌ王女が面識のある人物、か。
確かに絞られる。調べさせよう。そしてバカにしてきたという内容を、ゆっくりじっくりねっとり聞いてやろう。
くっくっく。
悪い笑みを浮かべそうになったが、アンヌ王女の言葉に意識を戻した。
「……一番、大切にしていただけると思ったのです」
心臓を掴まれた。
ああ、そうだ。
そんな、彼女をバカにするような奴とは違う。
尊敬し、愛し、大切にするつもりで言ったのだ。第二夫人にしてくれと。
彼女の白い手を取った。
そのまま跪く。
「……大切にしますよ」
チュ、と手に口付ける。
小説や舞台で描かれる求婚のポーズだ。
自分のキャラではない。
それなのに、彼女を安心させたいと思ったら体が動いていた。
また、彼女は赤くなっている。
自分に赤くなってくれているのだと思うと嬉しくて仕方がない。
柔らかな手は、ほんのり温かい。
離すのがもったいなく思えてきた。
開き直り、手をそのままに立ち上がる。
結婚は、家と家の問題だ。
しかも王家と公爵家。
正式な手順は必要だ。
だんだん冷静になり、今後を考える。
「陛下、近いうち当家の当主から正式にお許しを請いたいと思います。……今日はここまでにして、明日から南部行きの話を進めましょうか」
「……そうではないか!!!」
叫ばれた。
何なんだ、また感情論か。
「こ、婚姻前の男女を同じ旅に行かせるわけにはいかぬ!!」
面食らった。
確かに。
というか、彼は結婚を認める立場なのか?
このまま突き進めそうな発言である。
正式な申し込みをしないと進まないのではあるが、期待に胸が膨らむ。
「……まぁ、一理ありますね」
頬を掻いた。
彼女と遠征に行けたら楽しかっただろうが、今回は仕方ない。
結婚することが出来るのであれば諦めよう。
婚姻前の旅行がはしたないだけなのだから、その後に行けば良い。
「かと言って、陛下とお2人で行かれるのは問題です」
危険な地には、王か王太子のどちらかしか行けないことになっているのだ。
どちらも失っては国がたち行かなくなってしまう。
そうなれば、答えは1つ。
「アンヌ様であれば、お1人でも問題ないかもしれませんね」
「え」
嫌そうな声が漏れ聞こえた。
ニヤリと笑う。
1人で行かされるとは思っていなかったのだろう。
だが彼女を一番評価しているのは自分だ。
力を付けるには自分で考えることが第一だと思うからこそ、自分なしでも頑張ってもらいたい。
とは言え、彼女は初めての遠征だ。
しかも会議の経験も浅く、発言もまだあまりしていない。
そこは補う必要がある。
「もちろん、私の信頼できる部下を付けます。ご紹介しますから、後でお時間いただけますか?」
遠征も会議も経験のある部下達を思い浮かべる。
彼らならフォロー出来るだろう。
「それでしたら」
あっさり頷かれ、少し不満に思う。
もう少し焦ってほしかった。
……イジメっ子と同じじゃないか。やめよう。
さて、これから忙しくなる。
ティモテとマテオにアンヌ王女を紹介し、アンヌ王女に会議の練習をさせ……兄に、婿入りの申請をしてもらわなければ。
アンヌ王女が今言い出したのも、南部に行く前に調整しておきたかったからだろう。
おそらく、南部から帰ってきたらすぐ、スタンスラス殿下と彼女は結婚される。
その2ヶ月後に再度結婚するならば、今から動き出さなければ間に合わない。
彼女の望み通りにするため、ヴィクトーは素早く準備に移った。




