34.提案しました。
「お父様、聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだい……?」
目をしばしばさせながら、お父様が返事をした。
今、私はお父様と二人で仕事中だ。
処理しても処理しても増えていた書類だが、少しずつ減って来てはいる。
が、お父様は休みなしだ。
睡眠も不足しがちになっている。
「今さらですが、南部の災害の件が収まっていないのに、私の立太子式を行って良かったのですか?」
「ああ……」
私の感覚からすると、災害で苦しんでいる人がいる時にお祝い事は不謹慎だと思うのだ。
王太子の通達を断ることはチャンスを蹴ることになってしまうため今まで意見はしなかったが、ずっとモヤモヤしていた。
「暗いニュースの後には明るいニュースが必要だろう」
その理屈は分かる。
だがそれは、自然に起こった明るいニュースに限ると思うのだ。
人は亡くなったけれど、赤ちゃんも産まれました、ならば誰もが祝福する。
だが、やらなくても良い祝い事を、今?と思われかねないのではないか?
「そうかもしれませんが、祝い事は不謹慎のような……」
「自然に明るいニュースなんて出てきませんから」
バタン!という音と共に宰相が入ってきた。
いやいや、どこから話を聞いていたんだ。
「ヴィクトー……ついにノックもしなくなったのか」
「お父様、ツッコミどころはそこだけではありませんから……!」
お父様にとってノックは重要事なのかもしれないけれど……!
宰相は肩をすくめた。
「面白い話をされていたので、陛下がどう返すのか聞きたかったのです」
「何か間違っていたか?」
「いいえ」
お父様、宰相に試されていたみたいですけれど良いんですか……。
ただやはり、悲しい出来事の後には祝い事を作るというのは、こちらの感覚では常識らしい。
政治に携わるようになって初めて感じるギャップである。
「それに、やはりアンヌ様がいらっしゃると仕事の減りが違います」
「うむ。最近まで増える一方だったのにな」
「……ありがとうございます」
労働力確保が一番の目的か!
言わないけれど。
ただ、気になることがある。
「書類は南部の件がほとんどですが、戻りが多いですよね。直接訪問はされないのですか?」
それこそが、仕事が減らない原因に思えるのだ。
すなわち、要望が来るが、詳細が分からないため質問を送る。
すると返ってくるが、また何か聞くことがあり……と、いつまで経っても終わらない。
直接会話すれば一発なのに、と思ってしまうのだ。
宰相が、ふむ、と口元に手を当てた。
「そうですね。災害の地には王か王太子が慰問に行くのが通例。慰問ついでに会議を行うのは悪い案ではありません」
「な、なんだと!ここから離れられるのか!」
お父様の目が輝いた。
でも宰相の目を見ると、希望は打ち砕かれそうだ。
「行くとすればアンヌ様です。そして補佐として私でしょう」
「ひ、1人置いて行くというのか!」
やっぱり。
絶望の表情を浮かべている。
忙しい人だ。
「南部の書類は持って行きますから、仕事の量は通常通りに戻りますよ。それならば陛下お一人で問題ないでしょう?」
「ぐ……だ、だが緊急の仕事があったら!」
「陛下に対処出来ないことなんてございませんよ」
いけしゃあしゃあ、とはこの事か。
「それに陛下。南部の貴族は、災害を理由にアンヌ様に挨拶をしておりません。慰問と同時にアンヌ様の紹介をする効果もあるのですよ」
「う……そうだが」
「結婚も先伸ばしに出来ますよ」
「よし!アンヌ、行っておいで」
とてもチョロいお父様である。
「かしこまりました。南部に行かせていただきます。
ただ……お父様、ヴィクトー殿、行く前にお話を」
「結婚をやめるかアンヌ?!」
「やめません」
相変わらずうるさい。
少しは諦めていただきたいところだ。
南部に行く前に調整しておくべきだ。今しかない。
深呼吸をして、私は続ける。
「……過去の金翼女性を調べたのですが、私のように1人と婚約し、結婚する方は少ないようなのです」
「そうですね」
「好色な者が多いからな……王族は」
「陛下がそれを言いますか」
思わず頷いてしまった私である。
「ですが正しいのですよ。好色と呼ばれるかもしれませんが、血統を残すという意味では」
「……身体的負担も、複数いた方が少ないと」
アドルフが説明してくれた、一月の休みを貰える制度のことだ。
宰相は、ああ、と分かっているようだが、お父様は疑問顔。
「お一人しか夫人がいないと、寝室は常にそこになり、休みがないのですよ。複数いれば、次の夫人の元に行くまで一月、1人だけの寝室に入れます」
「……そんな制度、聞いたことがないぞ」
「陛下には関係ありませんからね。これは女性にのみ適用される制度ですので」
「う、む。だがなぜ一月の休みが?」
宰相がため息をついた。
確かに察しは悪いけれど、そんな目をしないであげて!
「妊娠していた場合、すぐに次の夫人と関係があると、どちらの子供か分かりづらいでしょう」
お父様はポンと手を打った。
本当に知らなかったらしい。
「なるほど。だが、アンヌも婿を2人取るというのか……?」
お父様はなんだか泣きそうだ。
父親としては複雑なのかもしれないが、どうせ結婚して子供を産むことは義務なのだから諦めてほしい。
「金翼の王太子として、それが最善と考えます」
「アンヌ……っ」
あ、泣いちゃった。
だがもう無視だ。
お父様は私の結婚自体が嫌なのだから。
深く息を吐き、私は宰相に体を向けた。
真っ直ぐに見つめれば、宰相は珍しく身動ぎをした。その姿に、心が少しだけ落ち着く。
大丈夫。大丈夫だ。
私は口を開いた。
「ヴィクトー殿、私の第二夫人になっていただけますか?」
静寂が執務室に流れた。
私は宰相の顔を見れなくなり、うつむく。
顔が赤くなっている自信があった。
……お父様の前で言ったのは失敗だったかな。
でも2人きりの時に言える気がしない。
やはり今のように仕事にかこつけるしかなかった。
どうせお父様に報告し、許可を貰わなければいけないのだから、良しとしよう!いえい!
誰も物音を立てないため、どんどんと変なテンションになっていく。
一世一代、いや二世一代の逆プロポーズ。
ダメだったのだろうか?
……泣きそうだ。
私は意を決して、目だけを宰相に向けた。
そして、驚く。
あの冷静沈着な宰相が、固まっていた。
目を見開いたまま私を凝視している。
目が合うと、彼は急に真っ赤になり、口元を手で覆った。
ホッとする。
あまりにも可愛くて、にやけそうになった。
これは、逆プロポーズ成功、だろうか。
「……アンヌ様こそ、よろしいのですか」
「はい」
熱い視線に、我慢していた涙腺が緩んできてしまう。
やはり私は彼を好きなのか。
嬉しい気持ちが止まらない。
「……ぜひ、おねが」
「ま、ま、待つのだ!!!」
宰相の返事を邪魔したのは、やはりお父様だった。
耳がキーンとしたんですけど!
「なんですか」
ヤバい、宰相が不機嫌だ。
お父様に対してこんな態度をしているところは見たことがない。
だがお父様はお父様で不機嫌だ。
「私より年上だぞ?!アンヌ、なぜこいつなのだ!他にもいるだろう!!」
半狂乱のお父様に、何かが冷めていく。
隣に大きな感情を見ると冷静になると言うが、まさにその状態だ。
アドルフと打ち合わせているから、大丈夫だ。
私は静かに反論した。
「お父様、王家の血を濃く受け継ぐ貴族の子息の中で、婿入り出来る方はそこまで多くありません。その中で一番ヴィクトー殿が位が高いのですから、不自然ではないでしょう?」
「だ、だがな!お前と年の近い者もいるというのに!」
私は思わずため息をついた。
年が近ければ良いという問題ではない。
「私を常にバカにしてきた方達のことですか?」
「……っ」
冷ややかな笑みになってしまった。
でも本当に、彼らはしょうもないのだ。
バカにするとは言え、語彙は「混ざりもの」だけ。
そして、足を引っ掛けようとしたり、雑巾を落としてきたり。
はっきり言って幼稚なのだ。
そこまで害はなかったし、相手をすると付け上がるのが分かっていたので放置していた。
だが、こちらから下手に、婿になってくれと頼むのは釈然としない。
というか、結婚した後も横暴に目を瞑るのはストレスがひどくなりそうだ。
それと比べるのは失礼かもしれないが、ならばずっと宰相の方が良い。
真っ直ぐ見つめていたお父様から、視線を外した。
「……一番、大切にしていただけると思ったのです」
変なイタズラは仕掛けてこないし、ドキドキはさせられるけれど、不快にはならない。
そもそも彼の目が、優しいのだ。
イタズラ坊主達とは全く違う。
気付くと、左手を取られていた。
驚き見れば、宰相が跪く。
「……大切にしますよ」
チュ、と手に口付けられ、私は顔が熱くて堪らなかった。
恥ずかしい。
でも、嬉しい。
ハッとしてお父様を見れば、固まっていた。
口が開いている。食べ物が入りそうだ。パンでも入れたら良さそうだ。
宰相が、私の手を握りながら立ち上がる。
お父様に向き直った。
「陛下、近いうち当家の当主から正式にお許しを請いたいと思います。……今日はここまでにして、明日から南部行きの話を進めましょうか」
「……そうではないか!!!」
大声を出しながら復活した。
騒がしい。
「こ、婚姻前の男女を同じ旅に行かせるわけにはいかぬ!!」
「……まぁ、一理ありますね」
私は少ししゅんとした。
なんだかんだ、私は宰相と南部へ行けることを楽しみにしていたようだ。
遊びではないのだけれどね。
「かと言って、陛下とお2人で行かれるのは問題です。
……アンヌ様であれば、お1人でも問題ないかもしれませんね」
「え」
ニヤリと笑われる。
可愛い子には旅をさせよ、なのかもしれないが、鬼畜じゃないか?!
初めての遠征なのに!
「もちろん、私の信頼できる部下を付けます。ご紹介しますから、後でお時間いただけますか?」
「それでしたら」
私は首肯した。
宰相の「信頼できる」はレベルが高い。
安心できる。
お父様は胡乱げに宰相を見た。
「……誰のことを言っている?」
「ティモテとマテオを」
「うむ……あの2人であれば間違いはないか。愛妻家として有名だ」
そこ?!
とツッコんだ私は悪くないと思う。
宰相も苦笑している。
「地方遠征にも何度か行っていますし、咄嗟の判断も出来る人物です。遠征の経験は私より多いので、むしろ2人の方が良いかもしれませんね。寂しいですが」
最後に私に微笑む。
い、いらないです、そのパフォーマンス。
お父様が睨んでるから!
あと、そろそろ手を離して……!
「では、その方向で調整してくれ」
「はっ」
こうして、私の提案は2つとも受け入れられたのだった。
……手は執務室を出るまで離れなかったが。




