32.仕事もしましょう。
タイトルに「。」を忘れていました。(2019/05/03)
結局、12年も許嫁だったのだから今更解消できない、ということになった。
そもそも、私はヴァロンティンヌと協力関係を結びたいのだ。
今までの苦労が水の泡になることは断固阻止である。
そして、やっと私は聞けたのだ。
「この書類の山は何なのですか?」
「南部の件です」
宰相が事も無げに言う。
……私の結婚の方がずっとどうでも良いでしょうに。
「授業でもやりましたから、覚えていますね」
「はい」
「……お前、もうアンヌを教えに行くな!アンヌの婿を狙う男と2人きりにさせられん!」
お父様のせいで話が戻ってしまった。
まったくもう!
「護衛や侍女もいますよ」
「そんなのお前なら丸め込めるだろう!」
「そうですねぇ……まぁここで会うのですから、ここでお教えすれば良いですかね」
「……ここも出入り禁止だ!」
「お父様、ヴィクトー先生がここを出入り禁止になると、この書類の山はお父様1人で片付けることに……」
「うぐっ!」
学習しない人である。
「そんなことより、南部からどんな申請が来ているのですか?」
「アンヌ!そんなことではない!」
「こちらは復興のための支援援助依頼で、こちらは税金の免除申請、それに伴う他の部署への調整の書類……」
「無視するな!」
お父様が喚く。
うん、目が座ってきた自覚があるぞ。
そのままニコリと笑うと、お父様はびくりと固まった。
「お父様、南部の方々は食うや食わずで大変な状況なのですよね?」
「は、はい……」
「私本人は気にしていないのですから、静かにお仕事なさってくださいませ!出来ないなら頭を冷やしにお外へ!」
びしっと窓の外を指差した。
今は秋。涼しくなってきたばかりだから、頭を冷やすにはちょうど良い。
「……わかりました」
お父様はしょんぼりしながら窓枠に手を掛け、外へ出た。
普通の人間なら自殺かと慌てるような姿だった。
もちろん有翼族なので飛んで行ったが。
ふぅ、とため息をついて宰相を振り返る。
が、思った以上に近い距離に彼はいた。
固まっていると、私の後ろの机の上に手が付かれた。
後ずさると、机に背中が当たった。痛い。
私は、いわゆる腕の中、というやつだ。身長差で、顔は彼の胸に付きそうだ。
……壁ドンならぬ、机ドンだ。
心臓がうるさい。
目だけで宰相を見ると、また優しい笑みを浮かべられた。
「そんなに私と2人きりになりたかったですか?」
「え?……あ」
そうじゃん!
お父様追い出したら2人きりになるの分かってたでしょ!
「ち、ちが、お父様に冷静になってほしくて」
顔が火照る。
こんなにアワアワしてしまったのは生まれ変わって初めてだ。
「でも今は2人きりですね」
「……す、すぐお父様戻ってきますよ」
「嫌ですか?」
悲しげな顔をされると弱い。
というか、本当に誰これ!今までと別人すぎる!
「……心臓に悪いです」
視線を外して、伝えた。
が、このセリフも恥ずかしすぎる。
もう本当に解放してほしい!
「……私もドキドキしているのですよ、アンヌ様」
そう言って宰相は、もっと近付いてきた。
頭の上に固いものが置かれたと思ったら、顎だ。
顎乗せってあなた……!
宰相の胸は、触れるか触れないかの近さにあった。
温かい。
そして、速い鼓動が、聞こえる。
……本当だ。彼も、ドキドキしている。
ということは、本当に彼は私を好き、と?
いやいやいや待って、長年一緒にいた上司の娘よ私?!
「宰相」
「……ヴィクトーと呼んで」
思わずいつも内心で言っている呼び方をしてしまったところ、甘い声が返ってきた。
む、むずむずする。
でも動けない。
も、もう!どうしろと!
「……ヴィクトー?」
仕方なしに呼び掛けると、息を飲むのが伝わってきた。
近すぎて、一挙一動全て分かってしまう。
「……抱き締めてしまいそうです」
掠れた声が聞こえる。
色っぽすぎて、私も息を飲んでしまった。
「……こ、この体勢しておいて」
「良いんですか?」
「よ、良くないです!」
「えー」
今日の宰相は子供っぽい。
ちょっと可愛いな、と思ってクスクス笑うと、頭から重みがなくなった。
「……なんですか」
膨れ気味になりながら覗き込んでくる。
私は笑いが堪えられない。
「可愛くて」
宰相は目を見開いたかと思うと、細めた。
そのまま閉じられたのを見たところで、あまりにもそれが近いことにようやく気づく。
え、と思った時には、唇に感触があった。
「……っ?!」
ぐいっと宰相の胸を押した。
火事場の馬鹿力だ。
私はやっと腕の中から逃れた。
「すみません、可愛くて」
宰相はいつもの調子に戻り、ニヤリと笑った。
私は茹でダコ状態だ。
ほ、ほんとにこの人は……!
アンヌになってからはファーストキスなのに!
「……さっきの話、本気ですか?」
嫌だが聞いておかなければならないと、口を開く。
「さっきの話?」
「……だ、第二夫人」
「ああ」
宰相は爽やかな笑みを浮かべた。
「本気です。その前にあなたを口説かないとと思って」
少しひいていた顔の熱がぶり返す。
「……考えておいてください。あなたが良いと言うまで待ちます」
「はい……」
その顔は真剣だ。
イケメンの真剣な眼差しは破壊力が大きすぎる!
……私も調子が戻って来た。
「あの、南部なんですけれど」
「ああ、はい」
「なぜこれはすぐ認可しないのですか?」
「ここへの影響が大きすぎまして……」
やっと仕事の話に戻ることが出来た。
ふう!
しばらくして冷静になったお父様も戻って来たことで、やっと執務室での3人の仕事は始まったのだった。
遅すぎる!




