27.小さな決着がつきました。
私はその日、スタンスラスに会いに行った。
有翼族で最も早く味方してくれたのは彼だ。
彼の判断基準は、自分に優しいか優しくないかだけ。
だから扱いやす……げふん、私でも好きになってもらいやすかった。
普通の姫であれば、知恵遅れでふくよかな彼との結婚など嫌がっただろう。
私も趣味ではないし、結婚後を考えると憂鬱なところも正直ある。
だが、私には味方が少なかった。
彼であっても使わざるを得なかった。
千里の道も一歩から!と地道にいったのだ。
だから私は、スタンスラスに優しい。
そしてスタンスラスは、そんな私を喜んで迎えてくれる。
コンコン
扉を叩く。
中が騒がしいのはニネットがいるからだろう。
ニネットがこの時間に来ることは知っている。協力者が調整してくれたのだ。
「どうぞー」
スタンスラスの間延びした声が聞こえる。
彼は昔から変わらない。のんびりのほほんとした声を聞くと、無意識に焦っていた心が静まる気がする。
私が彼の中で好きな部分だ。
中に入ればニネットに睨まれる。
想定内だ。
ブラコンのニネットにとって私は敵でしかないのだから。
本当はこのまま殺したいくらいだろう。
スタンスラスがいるから行動出来ないだけだ。
だから私は、彼女と話したい時はスタンスラスのところに行く。
今日も、用があるのはニネットだった。
「ごきげんよう、スタンスラスさん。あら、ニネットさんも。ごきげんよう」
我ながら白々しい。
最近はニネットですら、私がわざとニネットのいる時間に来ているのではと疑っている様子だ。
だからと言って何か出来る人ではないので、私は堂々と彼女と訪問を合わせている。
彼女が私を排除したいのは、私が人間の血を引く、地位の低い者だからだ。
だがそれも、今日まで。
「王太子に正式に決まりました」
どや顔でのたまった。
ニネットは沈黙する。
ふふん、どうだ!
これで反対する理由はないだろう!
スタンスラスはそれがどういう意味か分かっていないようで、王太子というものになるんだ、とだけ理解したようだ。
私としては、それで十分。
申し訳ないが、スタンスラス自身には全く期待をしていない。
だからこそ優しく出来るとも言うが。
私の本命は、ニネットとスタンスラスの母親・ヴァロンティンヌだった。
彼女自身、侯爵と王女の娘という由緒ある血筋だが、当代王つまりお父様の兄に嫁いでからの辣腕はすごい。
くすぶっていた旦那の尻を叩き、そこそこの仕事が出来るように育て上げると、自分も政治を語り始めた。
女の政務官は少ないが、王族であればいないことはない。
彼女はそこに目をつけ、不断の努力で参入したのだ。
現在は財務大臣として大活躍をしている。夫は農務副大臣。どちらも重要なポストだ。
彼女はとかく現実主義だった。
金翼を持つ私が王になる可能性の高さをきちんと理解していた。
他の者は、人間の血を引くというだけで門前払いだったなかで。
私に選択権はなかったとは言え、彼女が自分の息子と私の婚約を進めたことは、私にとってとても大きな一助となった。
息子と婚約ということは、王になった際に相互協力を結べることを意味する。
もしもの時は息子ごと切られるだろうが、上手く進めさえすれば大きな味方を得ることになるのだ。
だが、婚約関係を続けるのは意外な程厳しかった。
理由がニネットだ。
ここまでスタンスラスに執着しているとは思っていなかった。
何度も何度も暗殺者を送られるとは。
そこでまず、母親よりもニネットの攻略に力を注いだ。
ニネットの弱点はスタンスラスだ。
スタンスラスの大切なものを、余程の理由がなければ彼女は奪えない。
ではスタンスラスの大切なものになってしまえ、というわけだ。
だがそれでもニネットは認めてはくれなかった。
ただし、暗殺者が送り込まれることは減っていた。
他から送り込まれることが増えたので、あまり恩恵に預かれなかったのが残念だ。
あと一押しは、私自身の地位向上しかなかった。
そして私は、王太子の地位を得た。
彼女は逡巡していたが、やがて言った。
「……2人の結婚を、後押しするわ」
よし!
全身で喜ぶスタンスラスの横で、私は微笑した。
次に向かったのは、本丸だ。ニネットとスタンスラスの、母親。
手にはニネットからの一筆がある。
彼女は後々、言った言っていないで大騒ぎしそうだから。
ヴァロンティンヌに証拠として見せることも想定している。
彼女は、ニネットが私を認めていなかったことを把握しているはずだ。
そのニネットに認めさせたことは、大きな功績だろう。
「アンヌです。ヴァロンティンヌ殿に面会を」
部屋前の護衛に伝えると、話は通っていたらしく扉を開けてくれた。
殺風景なスタンスラスの部屋と違い、豪華絢爛な装飾が目に入る。
……どれだけお金を掛けたのか。
その中で、1人の女性が佇んでいた。
細身で整った顔は、一見全く似ていないものの、パーツを見ればスタンスラスとそっくりだ。
目元の険しさはニネットと同じ。
だが纏う雰囲気は彼らとは全く違う。
初めて宰相と会った時と同じだ。緊張させられる。
私はにこやかに近付いた。
「本日はお時間いただき、ありがとうございます」
「ご用件は何でしょう」
せっかちなことだ。
そういうところはニネットと同じか。
私は彼女の能面を真っ直ぐ見つめた。
「ご連絡に。立太子の承認が下りました。直に立太子式の案内が来るでしょう」
「さようでございますか。それはおめでとうございます」
「ありがとうございます」
動揺は見て取れない。
上手く隠しているだけにも思えるが、おそらく知っていたのだろう。
通例として、立太子式の案内は、本人への連絡の3日後に行われる。
だからそれまでに、主要な人物には伝えておかなければならなかった。
本日は2日後。ギリギリだ。
そもそも王城にいなければ手紙だけで済ませられたのに、と心の中で愚痴る。
「そして、ニネットさんからこちらをいただきました」
会話が終わってしまって気まずかったため、私はニネットの一筆を見せる。
渡すのを一瞬ためらい、信じますと言うように差し出した。
ヴァロンティンヌはそれを受け取ると少し眉を上げた。
初めての表情変化に、お、と眺める。
短い文章を読み終えると私に返してくれた。
破られたり返してくれなかったらどうしようかと思った。
今の利害関係ではそんなことはしないと分かっていても。
「……もう15歳になられたのでしたか」
「はい」
「あなたと言えど、縁談は来るでしょう。第一夫人はスタンスラスでなければなりません。陛下には奏上しておきましょう」
「お願いいたします」
自分から彼との結婚を急かすのは、とても複雑ではあるのだが、政局のためだ。
仕方ない。
と、ヴァロンティンヌが目を細めた。
それが優しげで、少し驚く。
「あなたは、自分の結婚も道具と受け入れられる側の人ですね」
事務的な話以外をされるとは思わず、面食らった。
顔に出さず、微笑で肯定する。
そう。道具だ。私が平和に生きるための礎となる、道具の1つ。
「ヴァロンティンヌさんは、どちら側でしょうか?」
彼女も政略結婚のはずだ。
彼女の夫は、前王の長男ながら白翼で怠け者。
どうにか更正させようと、聡明と評判だったヴァロンティンヌに白羽の矢が立ったと聞いている。
「……受け入れられているつもり側、でしょうか」
ああ、それは分かる。
納得はしているが、どこか心にしこりが残る。
好きな人と、結婚したかったな、と。
だがこの空気、どうしよう?ぶった切るか。
「そうでしたか。さて、お忙しいところお邪魔しましたので、本日はお暇させていただきますわね」
「ええ。何かあればいらしてくださいませ」
私は驚いた。
これは、全面的に味方になってくれるということか。
女優の気分で、喜色満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
大きな指示基盤を、確保した。




