24.周りが変化していきます。
「先日、南方でハリケーンが発生しましたが、どのような影響が考えられますか?」
「牧畜の盛んな地域ですので、肉や乳製品の供給量が減り、価格が上がるかと思います」
「そうですね。南方特産の野菜や果物も値上がりするでしょう。他には?」
「南方の民の困窮が懸念されます」
「そうですね」
今日は政治の授業だ。
いや、最近は時事政治経済の授業といったところか。
議会の前に私のところで自分の考えをまとめているような気もするこの頃である。
ほら、なんかメモしてるし!
宰相も、6年の月日で少し少年ぽさが消えた気がする。
元々大人びた人ではあったが、ダンディーになってきた。
私は背が伸びた分なのか、ほぼ大人扱いされるようになった。
中身が大人だったので、子供らしくはなかったと思うが、それでも可愛らしい服が似合っていた幼少期。
今はシンプルな綺麗め服ばかりだ。15歳って渋谷の10○が似合う年頃じゃなかったっけ?
「そういえば、承認されましたよ」
授業も終わり、お見送りのために立ち上がったところで、宰相がニヤリと笑った。
首を傾げる。何かお願いしていたことがあっただろうか?
「何がでしょうか?」
宰相のいたずらっ子の目が光る。
「あなたの立太子が」
思わず固まってしまった。
りったいし……縦×横×高さ?それは立体だ。
て、立太子!
すなわち、念願の王太子!
じんわりと嬉しさが広がる。
やっとだ。
私の第一目標達成だ。
王太子になれば、ほぼ間違いなく王になる。
妨害や暗殺も、バレればただの王族に対するものより罰が重い。
これで少しは平和に生きられるようになるだろうか。
「正式な知らせは今日か明日には届くでしょう。おめでとうございます」
「わかりました。ありがとうございます」
心から礼を言った。
私が王太子になれるのは、明らかに宰相の助力のおかげだ。
今や、私を狙うのは、一番上の弟アドンの母の一族・ベルナールド侯爵家と三番目の弟ジュールの母の一族・マフタン公爵家だけだ。
アドンの母もジュールの母も、お父様と寄りを戻そうと躍起になっている。
だが私に甘いお父様は、その2人の元にだけは通わなかった。
他の3人の嫁の元にはしぶしぶながら時折通っているらしく、マノンの下に弟が1人と妹が1人産まれている。2人も白翼だ。
すなわち未だに、金翼はお父様と私だけである。
とは言え、お父様と宰相が味方でなければ、王太子になるどころか、生きているかも分からなかった。
嬉しさに、思わず翼がふるふる動いてしまう。
宰相が、つと目を細めた。優しい顔だ。
そんな表情を初めて見たので凝視してしまう。
ゆっくりと、宰相の手が近付いた。
え、と思った次の瞬間。
「……っ」
宰相の手が、翼に触れた。
思わず硬直する。
よほど親しくないと翼に触ることはない。頭を撫でるのと同じと言えば伝わるだろうか。
さわさわと、優しく私の羽根を撫でる。くすぐったいような、じれったいような、感覚。
びくりと体が震えてしまう。
私の様子に気付いたのか、宰相は手を戻した。表情もいつもの無表情になる。
ほっと詰めていた息が漏れた。
緊張が緩む。
「……黄金の翼は、王の証ですから。自信をお持ちください」
言い訳のように呟いて、宰相は扉を開けた。
風のように、こちらを振り返らず外に出る。
パタン
静かな部屋に音が響いた。
私は呆然と、閉まった扉を見つめる。
思考が追い付かなかった。
「……な、なんですかあれ」
今日の室内護衛であるウィロウが振り絞った声を出す。
私はノロノロと振り返った。
そう言われても分からない。
むしろ、宰相自身も分かっていないのではないか。
「宰相のくせに幼な趣味……」
「ウィロウ」
私はかぶりを振った。
「言いたいことは分かりますが、他言無用です」
「……はい」
今をときめく宰相殿だ。
私室とは言え、悪口は慎んだ方が良い。
ウィロウに言われて気付いたが、私と宰相は18歳差だ。
前世で33歳が15歳に手を出したら、普通に犯罪よね……。
ウィロウの言いたいことが分かってしまう。
前世風に言えば、ロリコンだ。
自分の精神年齢が宰相よりも高いため、自覚はないが。
この世界では男女とも15歳から結婚が出来る。
私も王太子となるからには、結婚を急かされるだろう。金翼を残さなければならないのだから。
というより、金翼の子供が出来て初めて、金翼の血統と認められる。
私は自分の身を守るためにも、金翼の子供を産まなければならないのだ。
……少し憂鬱になる。
婚約者であるスタンスラスとは、すぐにでも結婚の準備が進められるだろう。
そして王太子に正式になれば、他に縁談も多数来る。
金翼のみ一夫多妻、一妻多夫が認められるのだ。
人間の血を引く私と言えども、未婚の王族・貴族の次男三男が押し付けられるに違いない。
……そう言えば宰相も貴族の未婚の次男である。いやいやいや。
「……アンヌ様も、そろそろ結婚してしまわれるのですね」
同じことを考えていたのだろうか。ウィロウが暗い笑顔で言う。
「そうね。王太子になれば」
ウィロウは私をじっと見つめる。寂しいのかしら。
「王太子になっても、あなた達を解雇したりしないわよ?」
「……はい」
浮かない顔は変わらない。悲しい笑顔だ。
そして彼は、一歩近付いた。
私との距離が、手を伸ばせば触れる程近くになる。
緊張する距離だ。
「……私も、触れても良いですか」
ウィロウの顔を見上げる。真剣な目だ。
これは、そういうことなのか。
前世では経験が少なかったため、勘違いをしないようにと思って来たが、ここまで来たらさすがに気付く。彼が私に向ける好意に。
彼のことは好ましく思っているし、死んでほしくない、大切な人だ。
だがソラルとマノンに対するものと違う感情かと聞かれると、自信がない。
なにせ小さな頃から見ているのだ。精神年齢にも差がありすぎる。
息子、良くて弟なのだ。
それに、と思う。
残念ながら、人間の彼と結婚することは、ありえない。
私の結婚は金翼を産むためだけにあるのだから。
ウィロウも王族の血を引くとは言え、人間の血を濃くして金翼が産まれるかと問われれば、ほとんどの人が否と答えるだろう。
王とは、あまり感情を持ってはいけないものなのではないか。
数年間は愛に生きていたお父様でも、周りの圧力に抗えなかった。
精神年齢がおかしい私は、より一層、恋愛なんてほど遠い。
王位より、命より、優先することなど、出来ない。
私はウィロウに、場違いな明るい笑みを向けた。
「ねぇ、今日の夕ごはんは何かしら。お腹が空いてしまったわ」
「……キッチンへ行きましょうか」
私は残酷に話を変えた。
ごめんなさい、と心の中で謝りながら。




