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21.智略


ヴィクトーは二度目の授業に向かう。

離れて準備をしようとした影に、ああ、と声を掛けた。


「今日から人払いは結構」


一拍置いて、声が届く。


「護衛のみで?」


ヴィクトーは頷いた。


「彼女に対しても」


動揺が少し伝わってきた。


「……ご主人様が私室エリアにいる間のみで?」

「それで良い」


反論せず、淡々と返す様は見事だ。


「御意」


そうして、近くにあった気配は離れていった。




コンコン


「どうぞ」


声が聞こえてからドアを開ける。

子供とは言え女性の部屋だ。

そこはヴィクトーも気を付ける。


静かに部屋に入ると、アンヌ王女が微笑んで立ち上がった。

その姿には9歳と思えない気品がある。

王女らしいと評せるだろう。

もっとも、彼女を認めない者達からは、気取っていると言われているらしいが。


「お待ちしておりました。ヴィクトー先生」


だが、上品な振る舞いとは対照的に、目は爛々と輝いている。

「やってやる!」と聞こえるようだ。


「こんにちは。宿題は出来ましたか」

「はい」


ヴィクトーの目もキランと光った。

言質は取った。お手並み拝見といこう。


「では、さっそく聞きますよ。軍の中の指示系統ですが……」




メモを取る彼女を見ながら、ヴィクトーは息を吐いた。


「本日はこれまでにしましょうか」


一時間休みなしに進めた授業を、キリが良かったため終わらせる。

今回はヴィクトーも少々疲れている。

余裕が出てきたのか、王女からも質問が出てきたのだ。

鋭い質問は、形成を逆転されかねないものも含まれていた。

年上の意地で回答したが、頭を使わされた。


末恐ろしい娘だ。

改めて感心する。

だが、それでこそ育て甲斐があるというもの。


ヴィクトーは立ち上がり、座っていた椅子の上にあるクッションを触った。


「このクッションは落ち着いた色味でセンスが良いですね。侍女に作らせたのですか?」


それは、緑地に葉っぱの刺繍が施されたクッションだった。

男性のヴィクトーが使いやすいよう考えてくれたのだろう。

他の調度品は白やピンクが多いなか、少し目立つ。

だが、シンプルながら可愛らしいデザインで、浮いてはいない。

むしろ良いアクセントだ。


アンヌ王女の反応を見る。

ヴィクトーは、このクッションが彼女の手製だと、知っていた。


探りあいの王宮でどれだけ出来るのか。

反応から能力を知りたかったのだ。


慌てるのは論外だ。

王には行うと言った王太子推薦を撤回する。


侍女が作ったと動揺を見せずに嘘を付ければ及第点。

だが、なぜ知られているのかを教えてやる必要がある。


ヴィクトーには、初回の授業後、彼女の手先が器用であるという情報が伝わって来た。

知られたくない情報は、死んでも漏らしてはいけない。

それが出来ないならば、大臣にもなれない。

だが教育でどうにかなる部分でもある。

アンヌ王女の聡明さを思い出し、狡猾さを教えることにしたのだ。


だが、ヴィクトーの予想は裏切られた。


「ありがとうございます。それは私が作ったものです」


ニコリと普通に笑顔で言ったのだ。


ヴィクトーは動揺をどうにか抑えた。

ただのバカ正直にも見えるが、彼女は以前、器用であることを口止めしている。

どういうことだ?


「あなたが?」

「ええ。乳母のニナが椅子に座る時にお尻が痛そうだったので作ったついでに」

「わざわざ乳母のためにですか」

「私達のために働いてくれるのですから。ご存知でしょう?」


目が、語った。

乳母のニナから情報を得ているのでしょう?と。


今度こそヴィクトーは驚愕した。


彼女は、気付いていたのか?

乳母のニナが、ヴィクトーの間者であることに。

それなら何故、ニナに秘密にしろと言ったのか。


「有翼族で器用なのは珍しいですし、あまり吹聴するものではないと思いますが、どうしても知られたくないことではありませんので」


心の声に返答され、ヴィクトーは思わず唾を飲んだ。

そして固まっていた脳内をフル回転させる。


そうか。

間者のニナは、情報を仕入れられなければ咎められる。

そのために少しの機密情報を、わざと教えたのか。彼女を守るために。

秘密にするよう言いながら、言っても良いと思っていたのだ。


やられた、と思ったのは久しぶりだ。


「秘密にしてくださいね」


彼女は笑みを深くさせた。

ヴィクトーが受けている報告と、同じセリフだ。


ふー、と息を吐き出す。

彼の思考まで全て、彼女には分かっているようだった。


「わかりました」


近くに立つ彼女の護衛も動揺していない。

分かっていないから動かないわけではなく、全て分かっているから動かないようだった。


本当に、恐ろしい娘である。



彼は決断した。


「では、これで」

「ありがとうございました」


足早に部屋を出る。

やることがたくさんだ。


ヴィクトーは、彼女を王太子に推薦するところまでは行うつもりだった。

軽く援護もしてやろうと思い、宰相の自分が面倒を見ているということを隠すのを止めた。


だが今は、違う。

彼女を王にしたいと思った。

ここまで出来る者が上に立ったらどんな世界になるのだろうか。

ワクワクが止まらない。


「反対派をリサーチし、リスト化してください。伯爵以上で」

「御意」


影に伝えると、ヴィクトーは楽しげに執務室へ戻って行った。

鼻歌が出てしまうのも気にならない。



しばらくの間、宰相の気が触れたと噂がまわった。



時系列ミスを修正(2019/04/28)

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