15.幸せを呟きました。
お母様と面会した後、ソラルは私の部屋まで付いて来た。
どうしたのです?と笑い掛けようとして、失敗した。
彼の不安が私に伝わってきてしまったのだ。
今日だけね、と約束して、私はソラルを自分のベッドにいざなった。
ぎゅっとしがみついてくる温もりを、冷えないように包み込む。
何と声を掛けようか、何の絵本を読もうか、なんて考えたけれど、何も口に出せないまま抱き締めていた。
ソラルが眠りについたのを見て、ホッとする。
「ハンスはいる?」
小さく後ろに声を掛けると、気配が近付いた。
「何用でしょう」
「医務室の報告を」
「はっ」
私は数少ない諜報部隊を割いて、医務室の護衛と情報収集を行わせている。
お母様を、少しでも守りたかった。
「こちらです」
しばらくして渡された紙を受け取る。
特記事項なし、の文字に安心した。
お母様はソラルを産んだ後、3回も流産している。
それらは自然なものとは思えなかった。
お父様の寵愛を受けるお母様。
人間なのに金翼を産んだお母様。
二人目こそは人間だと思ったのに有翼族を産んだお母様。
何度も妊娠するお母様。
目を付けられない方がおかしい。
だが、私は彼女を好きだった。
前世の私より年下なのに、彼女はとてもかっこよかった。
辛いことに歯を食いしばって耐え、他人には穏やかな笑顔を向ける。
その姿にどれほど勇気づけられたか。
この世界に産まれたあの時から、彼女は私の心の支えだった。
彼女は私にたくさんの愛もくれた。
不安だった心は、愛されることで落ち着いていった。
普通の子供らしくない私だったが、それでも目一杯の愛と幸せをくれた。
だから、ずっと一緒にいたかった。
私の大切な人の一人だった。
大切な資料に水滴が落ち、滲んでしまった。
もうダメだ、と資料を手放す。
「ハンス……片付けて。おやすみ」
「……おやすみなさいませ」
今日のお母様は、とてもほっそりとしていた。
消えてなくなりそうだった。
お腹だけが、生命力を感じさせていた。
お母様は、お腹の子を優先させるだろう。
そういう人だ。でも私はどちらにも生きていてほしかった。
「……ふっ、う、うええ」
腕の中から泣き声が聞こえた。
私の感情が伝わってしまっただろうか。
「大丈夫よ……大丈夫」
ソラルにも、自分にも言い聞かせるように私は何度も呟いた。
トン、トン、と背中をたたく。
「大丈夫……大丈夫」
ソラルが笑顔でいられますように。
産まれてくる子が幸せでありますように。
「大丈夫。幸せな家族のままよ」
言霊になりますように。