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5.少年の過去

 葵が裕美達を捜していたところに、朝比奈刑事が裕美達を連れて戻ってきた。

 葵は女刑事の姿を見て驚いた。

「母さん! 何でこんなところにいるの?」

「あら偶然。友達ってあんたのことだったの?」

 驚く葵をよそに、女刑事の朝比奈夏希は口にくわえたタバコを放すと呆れたような口調で言った。

「それはこっちの台詞。子供がこんなところへ来ていいとでも思ってるの?」

 そう言われると葵は言葉を出せなくなってしまった。

「それはそうとして。例の不良どもはどこにいるのかしら?」

「えっと、……こっち」

 葵に案内されて夏希は暴行の現場である倉庫に入った。

 そこにはロープで身体を縛られた不良達が転がされていた。

「ふーん、これを全部アンタ一人でやったわけ?」

 夏希は連行してきた少年達に手錠を掛けると、感心した様子で辺りを見回した。

 連行された少年二人は信じられないという顔をしている。

「まあ、救急車の必要はないみたいね。沢村君、署に連絡してちょうだい。あたしはここでこの子達から事情を聞いておくから」

 夏希に指示され、沢村刑事はそのまま車に向かった。

「さてと。事情を説明してもらいましょうか?」

 夏希は葵たちに向き直った。


「大体事情は解ったわ」

 夏希は携帯している手帳に葵たちの証言を書き留め、手帳を閉じた。

「要は、そこにいる同級生の子が不良達に暴行を受けていた。それを発見して助けたというわけね」

 夏希の質問に葵達は首を縦に振った。

 そうこうしているうちに、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。

「あら、割と早く来たのね」

 近づくサイレンの音に、沢渡は目を覚ました。そして、自分が何故拘束されているのか理解できずにジタバタと身体をもがいている。

「ようやくお目覚めみたいね。お迎えが来たわよ」

「ふざけんな! これはどういう事か説明しやがれ。あのクソ女はどこに行った! 何とか言えよ」

 悪態を突く沢渡の腹のあたりに夏希は鉄板入りの安全靴の足先を押しつけるように蹴りをお見舞いした。

 不意打ちを喰らい、沢渡は呻き声を上げる。

「甘ったれたガキが粋がるんじゃないわよ。自分が散々やってきたことの落とし前ぐらいキッチリとつけなさい」

 咳き込む沢渡のもとに応援に駆けつけた警察官が近づく。他の少年達もそのまま警察官に連行されていった。

「それじゃあ、後は任せるわね」

 夏希は駆けつけた警察官にそう言うと、現場を離れた。


 現場である倉庫から少し離れた場所で、葵たちは事情聴取を受けていた。

 夏希の時よりもはるかに詳しくあれやこれや質問されるため、精神的に参ってしまう。

「ええ! やっぱり学校に連絡はいくんですか?」

 裕美は素っ頓狂な声をあげた。

「当たり前だよ」

「あの、どうにかならないんですか?」

 裕美は懇願するように警官を見た。

「駄目! 何ともならないから諦めなさい!」

「そんなあー」と、裕美は大袈裟にガックリと肩を落としてしょげてしまった。

 聴取が終わり、その場を離れると、すでに聴取が終わった水原と和彦の所に力無く向かった。

 裕美は今にも泣き出しそうな顔で和彦を見つめた。

「まあまあ、これは仕方ないと思うよ。実際かなり無茶をしたしね。それに首をつっこんだのは上田さんでしょ?」

 見兼ねた和彦が裕美をなだめる。しかし、裕美は瞳を潤ませて和彦にすがるような視線を送り続けている。和彦はただただ困ったような笑顔を作るしかなかった。

 そこへ、葵が戻ってきた。裕美は、今度は葵に同じような視線を送った。

「葵ぃ。あたし達どうなっちゃうの?」

「大丈夫だって。……多分」

 葵の曖昧な返事は、余計に裕美を心配させただけであった。

「……助けてもらっておいて言うのも何だけどよ、どうして俺を助けたりしたんだ? そんなことをしなけりゃ、こんな面倒なことにならないで済んだのによ」

 水原が呟くように言った。その言葉に葵は食ってかかった。

「あんたねえ! 自分がどういう目に遭っていたか覚えてるの? 沢渡、本気であんたを殺そうとしていたのよ。それを助けてあげたんじゃない」

 葵は凄まじいほどの剣幕で水原を問いつめたが、水原は投げやりに答えるばかりであった。

「いいじゃねえか、どうでも。いっそのこと死んじまえば良かったんだよ」

 水原のもの言いに葵は完全にアタマに来た。水原の襟首を掴み、引き寄せる。

「いい加減にしなさいよ! 死にゃあ良かった? 自分が何言ってるか解ってるの」

 何度も揺さぶり、これでもかと言うほどに捲し立てる。さすがに水原も腹を立てて、売り言葉に買い言葉の口喧嘩になった。

「うるせえ! てめえに何が分かるんだよ! てめえは俺の親か? 勝手に来て、勝手なこと言ってるんじゃねえぞ!」

「ええ! 全然分からないわよ。自分の命を粗末にするようなヤツの気持ちなんて分かるわけないでしょ」

 二人の口論は次第にエスカレートしていった。さすがにまずいと思ったのか、和彦と裕美は二人の喧嘩を止めようとした。

「止めないで! この分からず屋に言ってやりたい事がまだあるんだから」

「二人共いい加減にして!」

 美穂の一喝で、一瞬、時が止まったようになった。葵は思わず水原を捕まえていた右手を放した。葵から解放された水原も「けっ」と悪態を突きながらそっぽを向く。

「せっかく彼を助けたのに、朝比奈さんが喧嘩を売るようなまねしてどうするの」

 葵はうつむいたまま、何も言えなくなってしまった。美穂の不満は水原にも向けられた。

「水原君も、何であいつらに暴行を受けていたのか教えてくれてもいいじゃない。どうしてあの人達に暴力をふるわれていたの?」

 美穂の問いに水原は素っ気なく答えた。

「そんなことお前らには関係ねえことだろ? 良いから俺に関わるな。大体、クラスも違うだろ。そんな奴らに心配されても迷惑なんだよ」

 水原はそう言い放つと、ふて腐れたように地面を見た。そんな水原に葵はもう一度静かに尋ねた。

「あんたが沢渡とか言ってた奴、あいつとはどういう関係なの? それだけでも教えてくれないかしら」

 しばらく沈黙を続けた後、水原は「話せば良いんだろ」と悪態をつきつつも、ようやく語り出した。

「あいつ――沢渡は、俺の中学時代の同級生だったんだよ。とにかく俺と沢渡は一緒だった時期があったんだよ」

 どこか自嘲気味に水原は続けた。

 彼の証言から、中学時代は水泳部に所属していて両親や周囲からも期待される選手だったということ、しかし、中学三年生の夏、車にはねられそうになった男の子を助けて事故にあったこと、その時の怪我のせいで大会出場を断念せざるを得なかったこと、沢渡とはその後知り合ったということが明かとなった。

「本当なら関わり合いにならないまま行ってしまうような、お互い違う世界に住んでる人間だと思ってたさ。何でだろうな、気が付いたらあいつの悪事に荷担させられるようになっちまったんだ」

 言葉の後、しばしの沈黙が訪れる。

「結局、沢渡は中学を出た後、どうなったかはしばらく判らなかった。俺は高校に行ったから、もしかしたらあいつと縁が切れるかも知れない。普通の生活ができるかもしれない、そう思った。だけど、入学してから一週間ぐらいになる頃かな、沢渡が俺の前にひょっこり現れたんだ。また、あいつに振り回されるんじゃねえかと思ってな。それからどうしてか、学校の周りでもちょくちょく姿を見るようになって、もうそれから逃げてばっかりだったよ。まあ、身から出た錆でもあるんだけどな」

 水原の話を聞いた葵たちは言葉を発することができなかった。

 夏希が葵達の待機している場所にやってきた。

「そう言えば君、たしか水原亮輔君ね。確認したら三日前にあなたの両親から捜索願が出てたみたいね。君なりに考えてやったことなんだろうけど、親に心配かけるようなことはしないことね。特にそれであなたの身に何かあったらそれこそ親はやりきれないわよ」

 水原は黙ったままだ。

「とりあえず、家に帰って生きてる姿を親御さんに見せることね。心配をかけたんだから、それ位はしなさい」

「今更帰れるわけねえだろ? それに俺みたいな馬鹿野郎を本当に心配してたのかよ?」

 夏希は放言した水原の顔を思い切り張った。

「この機会に覚えておきなさい。大抵の親ってのはね、子供がどんな馬鹿でも、どうしようもない奴でも心のどこかでは無事でいて欲しい、生きていて欲しいと願うものなのよ。生きてればいつかはきっと立ち直ってくれる、歩き出してくれると思ってるの。そういう最後の思いまで踏みにじったら駄目よ」

「……はい」

 ほとんど聞こえないような声で水原は言葉を発した。その目には微かにではあるが涙がにじんでいた。

「さてと、もう遅いから皆帰りなさい。この刑事さんが責任を持って送ってくれるから」

 夏希は自分のすぐ後ろに立っている沢村刑事の肩をポンポンと叩いた。

「葵、あんたはあたしが送っていくわよ」

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