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2.異形の者

 洞窟をひたすら奥に突き進んでいった葵はその先の光景に驚愕した。

 洞窟の奥には、信じられないほど広い空間が存在していたのである。およそ、天然の物とは思えないドーム状の大空洞。その周りを火の灯された無数の松明が照らしている。

 その空洞の中央付近に三人の人影があった。

 黙ってその人影に走り寄ると、三人の姿が肉眼で確認される。

 地面にうつぶせに倒れている和彦、そのすぐそばに立つ黒崎、黒崎と葵の間を遮るようにして立つ大男が立っていた。前に遭った時とは違い、左手には、西洋式のわずかに反りのある長刀が携えられていた。

「お早い目覚めですね……」

 息を切らせている葵に対して、黒崎は涼しげな顔で言った。

「相原君を、……返して下さい」

「そうはいきません。まだ答えを聞いていませんから」

 黒崎は葵と向き直った。

「どうです? 私と共に来る気になってくれましたか」

「……」

 葵は押し黙ったままであった。

「貴女は痛みを知っている。慈しむ心を知っている。人の罪深さを知っている。にも関わらずなお更なる力を貪欲に求めている。憐れみと怒り、相反するものが貴女の心に存在する。だから、私は貴女を必要としているのです。両極の狭間に立つ貴女のような方にしか、世の思い煩いに苦しむ人々を理解することはできないからです」

 黒崎の言葉が葵の心に、語りかけるように届いてくる。彼の言葉には、確かに自分と過ごした時間があっただけに重いものがあった。しかし、それ故に葵は黒崎の呼びかけに応じるわけにはいかなかった。

 もう、迷うわけにはいかなかった。

「私には難しいことはよくわかりません。けれど……」

 刀を握っている右手に力をこめた。

「私は黒崎さんを止めたい。手を汚して欲しくない、そう思っています。……けれども、最悪こうなってしまうんじゃないか、っていう気持ちもあります」

 鯉口を切る。鞘から研ぎ澄まされた刃が姿を現す。しかし、それ以上葵が刃を引き抜くことはなかった。

「お願いです……。もうこんな事は終わりにしてください」

 顔は地を見て、鞘を握る腕は哀しみに震えていた。

「そうですか、とても残念です。貴女はこの期になっても、まだ迷っている。決断をしないでいる。貴女の母君からも言われているはず。決断しなければ、何かを捨てる覚悟がなければ、すべてを失うことになると」

 黒崎が言い終わるか、終わらないか。大男が葵の前に立ちはだかった。

 気配を察し、ハッと顔を上げる。

 男は葵をじっと睨む。その眼光たるや、およそ人のものとは思えぬ光を持っていた。葵を遥かに上回る長身、金色に輝く怪しい光をたたえた眼、何よりその身から発する異様な殺気に彼女は身のすくむような気持ちに駆られていた。心が、本能が身体に訴えていた。あれはこの世のものではないと。

「彼が恐ろしいですか? いかにも、彼は人間ではありません。この世界では悪魔と呼ばれている、神への反逆者達です。私が彼らの真の名を告げることによってこの世界に呼び込んだのですよ。そういうことも、この賢者の石の力をもってすれば雑作もないことです」

 黒崎は、葵に見えるように法衣の右袖をまくり上げた。彼の前腕にかなり大きな賢者の石が埋め込まれている。

「そ、そんな……。何で、そこまでして……」

「……もう、私は引き返すことは出来ないのですよ。その道を私は選ばなかったのですから。これが、私の犯した大罪が主にとって、そして人類にとって如何なる意味を持つのか、私は何故、この地に生を受けたのか。それを私は知りたいのです」

 葵には、黒崎の語ることに耳をかたむける余裕など無かった。感じたことのない恐怖に膝が震えて、まっすぐ立てない。かろうじて目の前のありえない現実を見てるに過ぎなかった。

 恐怖にうち震える葵に、黒崎に調伏された悪魔は表情一つ変えずにゆっくりと歩み寄っていく。

 右脚が振り上げられ、葵の身体をなぎ払った。彼女の体はサッカーボールのようにいとも簡単にはじき飛ばされ岩壁に打ち付けられた。

 かろうじて顎を引いたため頭部の強打は免れたものの、全身を強く打ち身動きをすることが適わない。

 男は、携えている剣を抜かず、ぐったりとしている葵の腹部に鞘を突き入れると、彼女の頭をわし掴みにして無理矢理引きずり回し、反対側の岩壁に向けて放り投げた。

 再び、岩壁に強く叩きつけられた。しかし、今度は壁が薄かったのか、突き破って壁の向こう側まで突き抜けてしまった。

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