1.逃避行〈Ⅰ〉
「……にしても、この建物は一体どうなってやがるんだ? いくら極秘の研究か何だか知らねえけどよ。いくら何でもややこしすぎだぜ。ライフルを馬鹿みたいにアメリカ中に売りさばいた社長の邸宅かよ!」
誠は心底うんざりした様子で言った。
「あの、私ここに見覚えがあります」
八重樫遥香が突如口を開いたかと思うと、そのまま走り出した。
「こっちです!」
「おいおい! どうしたんだよ?」
遥香の後に付いていく。長い廊下を行き、突き当たりの階段を駆け下りる。三階分ほど降りると非常用の扉が目の前に現れた。
扉を開き、まっすぐ伸びる通路をひたすら突き進むと、トンネルの出口のようなものが見えて、抜けた先には岩肌の露出した崖の一本道とその向こう側に広がる海が見えた。
「ここは?」
「思ってたとおりです。私はこの道を通ってあなた達にあったんです。この一本道を通ればおそらく島の向こう側に回れるはずです」
「遊歩道まで行けば、抜けた所にすぐ橋があるからな。朝比奈の言うことが本当なら、あとはそこから島の反対側にたどり着ければ船を使える。ところで、あんたの他に一体何人くらいの人が捕まっているんだ?」
亮輔は、遥香に尋ねた。
「ごめんなさい。そこまでは分からないんです。それにどこに捕まっているかも……」
「てことは、やっぱり捜すしかねえのか」
誠は、「正直大変だな」と言わんばかりに言い放った。
「地下に行ってみるだと?」
それから何度か今後の捜索方法を議論していた。
その時に飛び出した発言に亮輔は呆れて、つい誠に聞き返してしまった。
「そういうこと。いやあ、ただのカンだけどアジトの本丸みたいなのは一番高いところ、捕まえた人を閉じこめておくのは地下深くへ、って色々な話ではなってるじゃあねえか。そんなに悠長に捜してる暇はないわけだし、思い切って地下に通じる道を探そうぜ」
「馬鹿か? そんな上手い話があるわけねえだろ」
「うるせえな! 行ってみなきゃ分からねえだろ。大体、朝比奈も地下からきたんだ。何かあると思うぜ」
「まあ、誠の自信の根拠は分からないけど、行ってみる価値はあるんじゃないかな?」
慎二が言い合いをする二人をなだめるように言うと、「仕方ねえな」と不満そうに亮輔はぼやいた。
もと来た道を引き返し、ちょうど葵と再会した場所までたどり着く。
「朝比奈は、たしかここから上がってきたんだよな?」
誠が言うと、他の三人も揃って首を縦に振った。
「多分、この下に捕まった人たちが居るんじゃないでしょうか? ここ以外は建物が壊れていて、下に行くところが無いようですし」
四人は、扉の向こうへと進んでいった。
「朝比奈の奴はここで随分と迷ったって言ってたな?」
あちらこちらに開け放された扉があった。彼女が開けていったのであろう。
ふと床を見ると、血が流れ落ちた跡が残っていた。その血もまだ完全には凝固しておらず、わずかに粘り気を帯びていた。まだ流れ落ちてそう時間が経っていないのだろう。
「ねえ、これって朝比奈さんのかな?」
「ば、馬鹿野郎! そんなこと思っても言うんじゃねえよ。とにかく、俺らは他の捕まった人を助けねえと」
血痕の通り道を頼りに、地下へと向かっていった。
階段を抜けた先には、実験室があった。血はそのまま隣接する扉に続いている。
「確かこの隣のドアが、地下に通じてるんだよな」
慎重にドアを開く。ドアの先には、説明通りに地下へと通じる階段があった。
底を降りて、薄暗い地下の坑道を誠達は突き進んでいく。血の痕はだんだんと大きな物になっていく、それを辿っていくと左右の分かれ道に出た。血痕は誠達から見て左手の方に向かって延びていた。
「よし、俺たちは右に行くぞ」
迷わず右側の道を選び、洞窟の奥へと進んでいく。
その一画に、四人の少年少女が閉じこめられていた。歳は上でも十七、一番下は十三ぐらいの者もいた。彼らの目の前には頑丈な格子戸が設けてあり、脱出するすべが完全に奪われている。囚われの少年少女達を、不自然に痩せた小男が無言でじっと監視している。まるで、大聖堂の屋根から街を見下ろす像のように、微動だにせず、また無表情であった。
片時も目を離すことのないこの男に、少女達は心の底から恐怖を覚えていた。
「おらあ!」
掛け声と共に、誠が男に組みつき、同体となって後方に倒れ込む、いわゆる河津掛けをみまった。小男は頭から地面に叩きつけられる。それに追い打ちを掛けるように遥香は堅い木の棒で頭部を打ち据えた。
男はぴくりとも動かない。
「おい、ちょっとやりすぎじゃねえのか?」
「念には念を、です」
しれっと、過激なことを言う遥香に誠は面食らったが、気を取り直して囚われの少女達に向き直った。
「あんた達、大丈夫だったか?」
誠は男から格子戸の鍵を奪い、少女達を解放した。
「あなた達は?」
十七くらいの少女は尋ねた。
「ん? 俺たちはこの島にお宝探しに来たんだよ。そうしたらよ、訳が分からないうちにここに連れてこられちまったってわけ」
誠は答えながらも気絶している男から目を離さない。
全員を解放し終わり、彼らは研究所の外へと脱出するために走り出した。
殿をつとめることになった誠は、隣にいる慎二に声を掛ける。
「なあ、随分とあっけないような気がしねえか? あのおっさん」
「そうだね。でも、いいんじゃない?」
「それもそうか」
何事もなかったかのように二人は駆けだした。




