3.再会
どれだけ暗い闇に包まれた洞窟の中を歩いていたか。葵はようやく、道らしき道にたどり着くことが出来た。薄い灯りでも、暗闇を進んできた者には太陽のようにまぶしい。
進んだ先には規則正しく掘られた炭坑のような道が広がっていた。坑道をそのまま進んでいくと今度は突き当たりに階段があり、その先には頑丈そうな鉄の扉が行く手を阻むように立っている。
階段を上り、鉄扉に手を掛け、手前に引く。重い手応えはあるものの、特に鍵が掛けられている様子は無くゆっくりと開いていく。
扉を開くと、どこかの建物の中に辿り着いた。無機質な長い廊下が一直線に伸びていて、壁面の塗装は所々剥げ落ち、コンクリートの地が浮き出していた。所々には大きな蜘蛛の巣が張られていて、長い間、人が立ち入っていないことを思わせる。
廊下の突き当たりに、再び扉が待ちかまえていた。慎重に扉を開けて扉の向こう側の区画に移動する。
「何なの? ここは」
扉の向こう側で、葵を待ち受けていたのは様々な設備が装備された空間だった。彼女の立っている廊下の向かい側にガラス張りの部屋があり、その中には破損したビーカー、試験管が実験台の上に置かれていて、部屋の中央には何かを解析するために置かれていたであろう機械が鎮座している。
「ん? あれは?」
実験室のような場所に見たことのある荷物が転がっていた。遠目ではあるが、慎二の持ってきた荷物のように思われた。葵が荷物に気を取られていたその時、葵が入ってきた扉のすぐ隣にあった扉が開いて、中背の作業着姿の男が現れた。
「てめえ、誰だ!? どこから入ってきやがった!」
葵の姿を見るなり、突然ドスを効かせた声で威嚇し彼女を捕まえようと手を伸ばした。
声に反応した葵は左手で振り向きざまに、男が伸ばしてきた右の手首を掴み、自身の右腕を男の首に巻き付け、そのまま腰を払って前方に投げ飛ばした。男は背中から床に叩きつけられて何が起きたのか知ることも出来ずに昏倒した。
気を失った男の体を服ごしに触り、念入りに調べた。そうすると、男のズボンのポケットからジャック・ナイフが見つかった。
「……もしかしてこの人、黒崎さんが連れてきた人なの?」
ジャックナイフを取り上げると一瞬過去の記憶が頭をよぎり、悪寒が走ってしまう。それを何とか堪え、ナイフを左ポケットにしまう。
そのあと、実験室の中に入り荷物を確認すると、それが慎二達の持ち物であることが分かった。
二人分の荷物を抱えると、気絶した男をそのままに、葵は男が入ってきたドアを開け、施設のさらに奥へと進んだ。
施設の内部は小さな部屋がいくつも設けられているようだった。まるで、城塞の秘密の抜け道のように複雑に入り組んでいる。元来た場所に逆戻りしてしまうこともあった。今、自分がどこにいるのかも把握することが困難になるほどである。
もう何度同じ場所にたどり着いたのか、闇雲に進むのをやめ、自分の進んだ道を把握できるようになり、やっとのことで出口を見つけた葵は、慎重にドアノブを掴み、蹴破るように一気に開いた。
扉が勢いよく開いたと同時に「ぐわ!」という悲鳴が聞こえた。声に驚きよく見ると、近藤誠が顔を手で押さえて悶絶している。
「近藤君!? それに櫻井君もどうしたの? どうして、ここにいるの? それにその子は一体誰なの?」
突然の再会に葵は当惑し、状況が飲み込めずに次から次に質問を投げかけるばかりだ。
顔を押さえて痛がっている誠をよそに、慎二は葵に状況を説明する。
「いやー、それが変な奴らに捕まっちゃって。で、この子は八重樫遥香さん。僕等と一緒に捕まっちゃってた人。朝比奈さんこそ、ここで何を? 和彦は?」
慎二の一言に、葵は若干冷静さを取り戻した。
「大変なの! 相原君が連れて行かれた」
葵の一言に、誠は痛みを忘れ、すっくと立ち上がる。
「それって、黒崎とかいう変なおっさんか?」
「黒崎さんは変な人なんかじゃない! ……ごめん、近藤君の言った通り、その黒崎さんが」
葵はそれ以上は答えることが出来ず、無言で首を縦に振った。
葵と誠たちは、お互いがどのような状況でここにいるのかを話した。その中で、葵は黒崎という男がある人物の復活を目論んでいるということ、連続失踪事件の黒幕は黒崎だったということ、攫われた人たちはまだ生きている可能性があることなどを知ることになった。
「なあ朝比奈、お前は黒崎のおっさんとどういう関係なんだ?」
亮輔は問いつめるような口調で葵に尋ねる。亮輔の言葉に、彼の連れてきたと思われる男に怪我を負わされた誠も同調するように相づちを打つ。
「……ごめん、今は言えない。でも、きっと話すから。全部終わったら」
「まあ、それで良いさ。で、これからどうするんだ?」
「黒崎さんを捜す。そして相原君を連れ戻しに行く。近藤君たちは他の捕まった人を見つけて助けてちょうだい」
「おい、一人で大丈夫かよ?」
誠が心配そうに聞く。しかし、葵はそこから先の言葉を遮るように右手を大きく開いて彼の顔にかざした。
「気持ちは嬉しいよ。……でも、これはあたしが行かなきゃ。大丈夫よ、絶対に相原君を連れ帰ってくるから」
精一杯の笑顔を見せると、そのまま誠たちに背を向けて走り出す。その背中に「待てよ!」という亮輔の声が聞こえた。
振り向くと、亮輔は先ほどの衝突で誠が手放した木刀を拾い上げると、葵に渡した。
「剣士さんが、大切なモンを忘れちゃあいけないだろ? あの手合いは洒落の通じない奴らだぜ、どう考えたって」
「ありがと」と礼を言うと、葵は再び走り出す。
「大丈夫でしょうか?」
「ああ言ってるんだから問題ないだろ? さあ、俺たちも早く捕まってる人たちを見つけないとな!」
葵の姿を見送ると、四人は決意を新たにした。




