3.逃げ出した少女
「しっかし、ついてねえな。雨に降られちまうなんてよ」
大雨に降られた慎二、誠、水原の三人は島の探索中に大雨に見舞われた。幸い、すぐ近くに大きな木があって、そこで雨止みを待つことになった。
「それにしてもこの雨、いつまで続くのかねえ?」
微かにぬれた髪の毛を気にしながら誠が呟く。
「どうせ通り雨だからすぐに止むだろ」
水原が素っ気なく言う。
巨木のおかげで三人は雨にずぶ濡れにはならず済んでいるわけだが、一向に雨が止む気配はない。
「なあ、水原とか言ったよな。朝比奈とは知り合いなのか?」
誠は水原に尋ねた。
「ちょっとした理由で知り合っただけだ。知り合いと言えるような間柄じゃねえよ。そういうお前らこそ、アイツとはどういう関係なんだよ」
「まあ、同じクラスだし、和彦と仲良いし」
「俺は、町はずれの工業跡地でリンチされてて、それでアイツが割って入ってきて、言ってみれば助けられたってことだ」
少年の言葉を聞き、誠は彼の感情のこもらぬ横顔を一瞥しただけで、それ以上のことを聞くという気にはなれなかった。
持て余した三人は一斉に上を見た。木の枝に茂った葉から雨水が滴り落ちてくる。その光景を誠達は言葉を交わすことなくじっと見ていた。
雨が上がり、三人は遊歩道に戻り探索を再開した。といってもあまりの荒れようにどこが道なのかもまるで分からない。
しばらく歩いていると、三人の進んでいる方角から誰かが駆け寄ってくる。
「誰だろ?」
三人は走ってくる人物に駆け寄っていく。姿がはっきりと確認できるところまで近づくと、そこには、誠たちと同い年くらいの少女の姿があった。少女が身に着けていたのは、学校の制服であった。随分と長い間着続けていた様子で、修道服を思わせるようなダークブルーで統一されたワンピースの制服も完全にくたびれていた。
少女は肩で息しながら、三人に言った。
「お願いです! 助けてください!」
少女はひどく狼狽していた。誠のシャツを握ると長い髪を振り乱して誠にしがみつく。
誠はいまいち状況を把握できずにいて、自分にすがる少女と、すぐ隣に立っている慎二とを見てその場に固まってしまった。
誠にしがみつく少女の出で立ちに何か思うところあるらしく、慎二は少女の身にまとっている制服を見た。
「その制服……、君って、もしかして聖家族学院の生徒じゃない?」
少女は、首を縦に振った。
「えっ? じゃあ、あんたがあの行方不明の女の子か? 何でこんな場所に居んだよ?」
少女は今度は首を左右に振って、絞り出すように言った。
「私にも分からないんです。何でこんな場所にいるのか、全然記憶が無いんです! 気がついたらここにいて、周りに知らない男の方がいて、もう、何が何だか分からなくて……!」
少女はさらに強く誠のシャツを引っ張った。
「落ち着けよ。そんなに引っ張ったら服が伸びちゃうだろ」
「君、名前は?」
「……八重樫遥香です」
「その、何で制服のままなの?」
「それすらも覚えてないんです。私、学校が終わって寮に向かう途中だったんです。そこで記憶がとぎれて……」
少女の表情が固まる。三人は少女が駆けてきた方を見やると、男が数人、こちらに近づいてくる。まだこちらには気づいてないようだ。
「僕が行って時間を稼いでくるよ。大丈夫、煙に巻くのは得意だからその間に女の子を連れて逃げなよ」
慎二は親指を立てて、向かってくる男達に走り寄っていった。
「いやあ、こんにちは。皆さんもハイキングですか?」
「これがハイキングやピクニックに来ている奴のする格好に見えるか?」
男の指摘はごもっともだ。よれてシワが目立つ飾り気のない作業着を男達は共通して身につけている。かと言って、とても建築関係の労働者の作業着には見えない。それどころか、その眼にはまだ世間を知らぬ子供でも理解できるほど、異常な光が宿っていた。決して関わってはいけない、触れてはいけない人間のする眼であった。
「いやー、ちょっと見えないですねー」
男達は慎二を無視して先に進もうとした。
「いやー、僕はこの島のお宝を拝見しようと思って来たんですけど、雨に降られて大変だったんですよ」
すかさず、慎二は男達の進路を阻む。もとより恐怖の方が先行していたが、ここで彼らを通してしまえば、遥香という名の少女がきっと大変な目に遭うのは確実であった。
「どけガキ。この島が立入禁止だって知ってるのか? 大体、どうやって来たんだよ」
乱暴な言葉遣いで慎二を威圧する。声が既に人のものであるかも怪しい。出来ることならこの場から逃げ出したい。そうした気持ちを何とか押し殺して、しらばっくれるのを続けようとした。
「どうやって、ですか? いやー僕も判らないです。橋を渡ってきたもので」
「橋、だと?」
もちろん、真っ赤な嘘、デタラメである。
明らかに男達は苛立っていた。もっとも、そんなことは百も承知である。だが、いつ彼らが手を出してくるかも分からない。
「えーと、そうですか。じゃあ、僕は退散するとしますか」
踵を返し、足早に退散しようとした慎二を、男の一人が呼び止めた。
「この遊歩道を歩いてるときに制服を着た女を見かけなかったか? ちょうどお前と同じくらいの歳だと思うが」
慎二は足を止めてもう一度男達の方を振り返る。
「えーと? た、多分。いえ見てませんね」
「本当だな? その答えで良いんだな?」
男は慎二を鋭い眼光で睨めつける。
しばしの間、あたりに沈黙が訪れる。突然男達はほくそ笑んだ。彼らの突然の不敵な笑みに首を傾げると、無造作に男は「向こうを見てみろよ」と顎をしゃくって後ろを指した。
慎二が後ろを向くと、突然こめかみを強い衝撃が走った。慎二は状況を理解する時間も与えられること無くその場に倒れ込んだ。




