第6話 異世界で吸うタバコは格別だ(2本目)
イケメンの白魚のように細く美しい指が、俺の胸辺りをモゾモゾと刺激する。
こいつはなにをしたいんだ。
なんでそんなに俺の胸を弄るんだ。
全くそんな気は俺にねぇーぞ。
おい、イケメン。
俺のブレザーの内側に入って奇妙な動きをしていたイケメンの手が、ある所で止まる。
そして、摘まむようにしてそれを引っ張る。
えっ、まってちょっとそれは……
イケメンが、それを俺の内ポケットから取り出し、その場にいた全員に見せびらかせるように掲げる。
「覇王様、この勇者にも確かに神の加護は与えられています。しかしもっと大きな加護が与えられている物があります。それがこれです」
そうそのイケメンが掲げたものは、俺が向こうの世界から唯一持ってきた、封を切っていないタバコ
「LUCKY STRIKE」のソフトケースだった。
そこからはあっという間だった。
俺の「LUCKY STRIKE」に神の加護が掛かっているのは、その場にいたイケメンこと神官と、あのロリ聖女のセリリリスが保証してくれた。
そのおかげでやっと俺は勇者だと正式に認められ、縛られていた手は解放され、閉じ込められていた牢屋から出されたのであった。
「ゴホン……さあ、勇者申し訳ないことをしたな。お前はれっきとした神の加護を受けた勇者だ。改めてお前に2つ問おう。お前は勇者としての強さを持っているのか。もう一つその小さな箱の中にはなにが入っているのだ。過去にも物体が神から加護を貰い受け、神級武器として語り継がれていることもある。もしかしたら、この箱には不思議な力が宿っているのではないか」
目の前に立つ大男は、タバコの箱を不思議そうに弄りながら俺に話しかける。
「ほんとなんで、俺があんなところに閉じ込められて手を縛られて、あいつに胸弄繰り回されないといけないんだよ。後その質問に答える前に一ついいか、まず自己紹介してもらえないか」
「おい、無礼だぞ」
またその繰り返しか、俺は久しぶりに気怠げに三又の槍を構えたおっさんを見つめる。
今度は目の前に槍を突きつけられることもなかったが、おっさんは腸が煮えくり返っているのか、殺意が丸出しで俺を睨みつけている。
いやでも、ここは俺は悪くないはずだ。
神の加護のついたタバコっていうアドバンテージが俺にはあるのだ。
今は俺のターンだ。
向こうの方に負い目が多いだろうし、その「LUCKY STRIKE」に掛けられている神の加護のおかげで少し周りの様子も変わってきた。
俺は床にぶつかって怪我をして気絶するレベルで呆れられているようだが、タバコの箱を見つめる奴らの目は違う。
それほど神級武器と言うのはレアなもので、なにかスゴイ強さがあるのだろう。
タバコに一体どんな強さが備わっているのかは謎だが、これを使わない手はない。
今は目の前にいる、雄弁で威圧感のあるこの大男が持っているが、このタバコの使い方を分かるのは異世界では俺ぐらいだろう。
なんとしてもこれを武器にして、この場は穏便に済ましてもらおう。
こんなところでまだ死にたくない。
ちなみに牢屋から出た俺の横には、聖女セリリリスが寄り添うように立っている。
セリリリスは牢屋から出た俺に申し訳なさそうに頭を下げた後、ぴったりと俺のそばにいてくれる。
それだけ、まだ頑張れる。
男とは単純な生き物である。
「よいんだ、騎士団長。今回はこちらにも非がある。そうだな、まだ我のことを話していなかったな、異世界の若造勇者。我はこのシンロード王国第55代目、そして人界の王『覇王ゼロ』である。紹介が遅れてすまなかった」
その大男はそういってすまなそうに頭を下げる。
辺りは突然頭を下げた王に、驚き慌てている。
しかし、その慌てっぷりも王が起こした顔を見て止まった。
王はとても楽しそうに笑っていたのである。
子供が悪戯を成功させ、腹を抱えて笑っている姿にそっくりなその屈託のない笑顔で俺を見つめている。
俺はこの威厳のある王の顔を見つめ今まで俺が会ったことのある、どの大人とも違う王の姿を見て、正直初めて他人に対して
カッコいい。こんな大人になりたい。
そんな感想を持ったのだった。
辺りの時間が数秒止まる。
覇王の笑い声だけが、響き渡る。
その笑いを止めたのは一人の女性であった。
覇王の隣までツカツカと歩いてきて、その雄弁に笑う男の頭を引っぱたいたのである。
ペチン
そんな心地良い音が辺りに鳴る。
覇王は笑いを止め、その女性を見つめ
「すまなかった。少しはしゃぎ過ぎてしまったようだ」
そういってまた頭をその女性に向けて下げる。
その姿を見て周りの空気を動き始める。
辺りには、またいつものことか、やっぱあの王様は女王様には頭が上がんねぇーな。
そんな言葉も流れ始める。
女王様と呼ばれた女性が笑顔でこう続ける。
「勇者さま、少々手荒な真似を私の夫がしたようで、申し訳ありませんでした。あなたの怒りは最もです。ですが、ここは一つ私の顔に免じてお話を続けさせてもらえませんでしょうか。私は今姓は捨て、名しか残っていませんが、どうかルリ女王の名を持って……」
彼女、ルリ女王は腰を折る美しいお辞儀をする。
俺の隣でセリリリスが感嘆の声をあげる。
俺もそのお辞儀の美しさに目を奪われてしまった。
「どうだ、勇者。良い妻だろう」
覇王がその女王をぐっと抱きかかえようとして、今度は手を叩かれる。
覇王はハハハと乾いた笑いを一つ入れ
「さてこちらの自己紹介はした。お前の名前も聞かせてもらうとするか」
「ああ。俺は中澤智だ。日本と言う国に生まれ今この場に立っている。お前たち曰く俺は勇者と言うそうだが……」
「サトシ=ナカザワか。そうだ勇者サトシ。俺はお前をこの世界ではない別の世界から召喚させてもらった。その理由は今お前の横にいる、現聖女から聞いているだろう。頼みがある、魔王サタンを我と一緒に倒してはくれんか」
「その答えはさっき、セリリリスから問われて、答えた。
答えは、やってやるよ。
俺が助けてやる」
俺がそういうとまた覇王はさっきのような屈託のない顔で笑った。
先と違うのは、今度は女王も目を丸くして、そのまま覇王と一緒に笑っていたことだ。
「よし。その答えが聞けてまず我は満足だ。一緒にあの魔王を倒そうぞ。では改めて聞く、お前に力はあるのか。勇者としての力が」
さあここだ。
俺の考えが正しければ、答えはあのタバコにあるはずだ。
あのタバコが俺が唯一異世界に来たとき持っていた物だし、セリリリスや俺の胸を弄繰り回した神官と呼ばれる男はあれにも、神の加護があると話していた。
そして、この世界に来て食らったとてつもない衝撃波で俺が無傷だった時の差と、あの穴から吹き飛ばされ顔をぶつけた時の明確な差を考えれば分かるはずだ。
そうあの衝撃波を食らったときに俺はタバコを吸っていたのだ。
異世界転移してきた時に吸っていたタバコも一緒にこの世界に飛ばされていた。
俺はそのタバコを吸いながらあの衝撃波を食らったんだ。
そして無傷だった。
ってことは答えは一つだろう。
俺は覇王に向かって
「その手に持っている箱を返してくれ。それさえ返してくれれば俺の力は見せれるはずだ。もう一度先ほど俺に放った衝撃波をやってみてくれ。それで分かるはずだ」
一か八かだ。
もしこのタバコが関係なかったら、あの衝撃波を食らったらお陀仏かもしれない。
一度拾った命だ。
このタバコに俺の命かけてやろう。
「なるほど。その箱の使い方を見せてくれるのか。いいだろう。もう一度我の『覇壊』を受けて、無傷なら認めよう。お前の強さを」
俺は覇王から、相棒である「LUCKY STRIKE」を渡される。
いつものパッケージである。
異世界に来て、周りの人間が変わってもこいつは変わらない。
俺はラキストのソフトケースの封を切る。
上の銀紙をパッケージに沿うように丁寧にはがす。
覗き込むと茶色いフィルターが見える。
トントンと2回ケースの尻を叩くと、ピョンとタバコが一本飛び出してくる。
覇王は、いやその場にいた全ての人間が俺の一挙手一投足に目を向けているのが分かる。
こそこそとタバコを吸っていたのが当たり前の俺は少し緊張してくるが、やることは変わらない。
その飛び出したタバコを右手の親指と人差し指で摘まんで、取り出す。
箱はもう俺が持っていていいだろう。
そう思いブレザーの内ポケットに、スッと忍び込ませる。
これもいつもの通りだ。
「LUCKY STRIKE」を口に咥える。
辺りには怪訝な空気が流れる。
何をしているんだろう。ってところか。それはそうだろう。武器のような使い方は全くしていないからな。
ライターを取り出そうとするが、いつもの内ポケットに入っていない。
ああそうかライター、代わりになるものあるかな。
でも魔法があるんだから、魔法で火つけるのカッコいいな。
指の先から火を出してタバコに、火をつける。
漫画のような光景を出来るかもしれないと俺は心を震わせた。
癖になっているのか、ズボンの両側をパタパタと叩く。
手に固い感触が伝わる。
もしかして……
あった、これも愛用の100円ライターだ。
もうオイルも半分以上無くなっている。
この2つの物体と今俺の着ているブレザーがこの世界と俺の世界を繋ぐ数少ないものだ。
大切に使っていきたい。
ズボンのポケットから取り出したライターで口に咥えているタバコに火をつけようとした寸前で俺は覇王を一瞥する。
「今からちょっと不思議なことが起こるが、気にしないでくれ。俺が撃ってくれと言ったら、さっきの衝撃波を撃ってもらっていいから。それで俺が無傷だったら、しっかり認めてくれよな」
「分かったぞ。男に二言はない。お前の言う通りにしよう」
よし。
一つ気合を入れ、横のセリリリスを見る。
セリリリスは心配したように俺を見上げている。
俺は右手でセリリリスの頭を撫でながら、
「心配しないでくれ。絶対大丈夫だからさ」
女の子の頭など撫でたことがなかったので、力の加減が分からなかったが、セリリリスは気持ちよさそうな顔をし、俺のその言葉に頷いた。
ライターをシュッと鳴らし火をつける。
俺が火を操ったことに驚いたのか、辺りの空気が変わる。
火をタバコにつける。
ゆっくりと息を吸い込む。
タバコに火がつく。
俺の肺を白い煙が包み込む。
俺はゆっくりとその煙を吐き出す。
煙は異世界の天井目掛けて昇っていき、いつの間にか消えていった。
「よし。覇王こい。俺は勇者だ。多分世界初の喫煙高校生勇者だ。こい。
お前の攻撃を受けて、俺が勇者だって証明してやる」
振るえそうな足を抑え、怖さと煙で咽そうな喉を押さえつける。
覇王はそんな俺の姿を見て、背中に差していた大きな剣を構える。
「覇壊」
俺の体をとてつもない衝撃が襲う。
台風の中立っているリポーターの何倍、何十倍、何百倍、何千倍、何億倍の衝撃だろうか。
目を開けているのも一苦労だ。
でも俺の足は地をしっかりつかみ、口にはタバコを当てている。
俺の体を衝撃が駆け抜ける……
俺は煙を肺に入れ、ゆっくりとため息と、この言葉と共に吐き出す。
「俺が勇者だ」
白い煙が漂い、流れ消えていく。
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