第5話 勇者は悲鳴をあげた
本日3度目の気絶からの覚醒は、この世界に来てから最も、最悪で最低な目覚めだった。
背に手を差し伸べてくれる、異世界ロリ聖女もいない。ひんやりとしているが素材は良いものを使っており雑に横になっても体が痛くならないあの床とは違う、もっとゴツゴツとした寝にくさマックスの床で目を覚ました。口の中は血の味でいっぱいだ。
体を起こそうとしても起こすことは出来ないし、俺の目の前には無慈悲な黒い棒がいくつも立っている。 その棒を目で追うと、頭の上で反対側から生えている黒い棒と交差している。
そうこれはROUYAだ。
俺は牢屋の中に閉じ込められている。
しかもだ……
ここで、突然だが両手を後ろで縛り上げられ、寝っ転がっている人間の姿を見たことがある奴はどのくらいいるんだろうか。ふと疑問に思ったのだが…
少なくとも俺が日本にいた時は、生でそういう姿は見たことがないし、特殊なプレイのビデオでも借りないと、そんな姿をお目にかかる機会はないだろう。
もしその特殊なプレイが自分の身に降りかかったら、俺はなにを思えばいいのか、抜ける方法はあるのか
誰か教えてください。ほんと頼みます
そう牢屋に入れられているだけでも驚くべきことなのに、俺は両の手を背中に回され、きつく縛られている状態で牢屋の冷たい床の上で横たわっていた。
これが勇者と呼ばれる人間にする待遇か。
あんだけ勇者様、勇者様と崇めていた聖女さんはどこに行った。
と、ようやく頭にも血が回り始めやっと己の身になにが起こったのか見えてきた。
俺は牢屋の中に閉じ込められ、後ろ手で縛られているが、場所が移動している訳でなかった。
そうここは、さっきまで俺がいた大広間なのである。
見覚えのある天井が見えるし、辺りの絵や甲冑も知っている。
先ほどと違うのは、ドンと広間の真ん中にこの牢屋があるのと、ザワザワした声が五月蠅く聞こえることである。
でも先までには、この大広間にこのような牢屋なんてなかったはず。
もしかしたら、なにもないところに牢屋を作る魔法があるのかもしれない。
なにか良からぬことに使えそうな魔法もあるもんだ。
そういえば、さっき俺も穴の中から見えない力で引っ張られて、穴からはじき出された。
そうだ、急に穴からぶっ飛ばされて床に激突したんだ。
で、その激突で俺は意識を失ったんだ。
血も結構出てたはずだ。
そのことを思い出した瞬間に、急激に床にぶつけた鼻頭から熱を感じ、痛みが体中を駆け巡った。
痛みを少しでも和らげようと鼻を摩ろうとするが、手はキツく縛られ全く動かない。
とりあえず声をあげ助けを呼ぼうとするのだが、鼻血が喉で固まっており、思ったように声が出ない。
俺はゼハゼハと声にならない音を出し、辺りに意識が戻ったことをアピールする。
辺りからは途切れることなく、大きな声がザワザワと聞こえる。
あの場にいた大勢の魔術師たちが話してでもいるのだろう。
俺が今一目見たくてしかたない、あの聖女もきっと、どこかにいるはずである。
なんで勇者である自分が、縛られ牢屋に入れられているのか聞きたいし、俺が吹き飛ばされたあの衝撃波についても聞きたい、穴から無理矢理出された原理も聞きたい。
聞きたいことが多すぎるが、とりあえずは傷の治療をして欲しい。
鼻が痛くて、仕方がないのだ。
……そういえば、なんで攻撃無効化のチート能力を持っているはずの俺が鼻を怪我して、痛みに悶えているのだろうか……
俺の勇者としてのチート能力とは一体なんなんだろう……
顔をあげて牢屋の棒の先を見つめながら、声にならない音を張り上げる。
ガタガタと体を動かして俺が起きたことをしっかりとアピールしている俺はかなり滑稽なものだっただろう。顔は血塗られ、手は縛られ、ちょっと前まで勇者アピールしていたことが恥ずかしくなるぐらい、見るも無残な姿だ。
そんな俺にやっと気づいたのだろう。
広間に響き渡っていた声が消える。
その場にいる者の視線が全て俺に注がれるのが分かる。
と、一人の大柄の男がその場全ての人間の意見を代表するように俺へ
「お前は本当にあの伝説の勇者なのか。我の攻撃を受け傷一つ負わない体の強さは、勇者と言っても納得できよう。しかし、なぜお前は床に顔をぶつけたぐらいで気絶し、大量の血を吹いたのか。我にはなに一つ理解出来ん。今一つお前に問おう。お前は勇者か、否か」
威厳と言う言葉をきっと目の前にいる人間のためにあるのだろう。
日本でぬくぬくして生活していた俺はその男を見た瞬間から、震えが止まることはなかった。
その震えをどうにかして、押さえつける。
無理矢理無理矢理、心を押さえつけて俺は言葉を放つ。
「フガ。フガフ。フガ」
血が喉で固まっていたのを忘れていた……
目の間にいるその男は俺のその姿に憐みの目を一つやり、後ろを向き一つ叫ぶ。
「おい、賢者。こいつに治療魔法をかけてやれ。このままだと話にならん」
「了解。覇王様。でも、いいの? 偽物だったら、さっさと殺した方が良くない?」
「ああ、いい。我に任せろ」
「それで失敗したことも沢山あるのになー」
「うるさいぞ、魔導士。とりあえずこのままだと話にならん。頼んだぞ賢者」
なかなか、楽しそうな掛け合いをしているが、ぶっ殺すとかぶっ殺さないといったかなり物騒な会話だ。この場で本当になにがなんだか分からないまま殺されるのは流石に避けたい。
こちらとは勇者だし、なにか間違えがあるはずだ。
とりあえず、治療はしてもらえることが確定して胸をなでおろす。
撫でる手はずっと縛られたままなのだが…
こちらに賢者と呼ばれた者が歩いてくる。
……親近感の湧く、物凄い美人がそこにいた。
日本人がたまにやっているブリーチを使ったダサいくすんだ金髪ではない、純粋な美しいインゴットのような金髪が腰の高さまで伸びている。また街を歩いててすれ違えば、二度見三度見はするだろうなと思ってしまうほど、大きな果実を胸につけている。
「……覇王様、やっぱあいつは私が殺します」
「どうした魔導士。まあ気にするなよ小さいことをな」
「勇者さまはやっぱり、胸が大きい方が……」
なぜか俺の勇者としての評価は地に近いかもしれない。
でもやはり俺だって、17歳の男子高校生だ。
そういう欲望もまあ……
そして、一番俺がその物凄く親近感の沸いた部分は、その「眼」である。勿論顔の美しさに親近感が湧いたのではない。俺も自分の顔を不細工だとは思わないが、彼女の顔の美しさは別格だった。青白い顔は一歩間違えれば、病的に見られてしまうギリギリのラインで、鼻筋はスッと通っており、唯一赤みのさしている唇はプルッと光り輝いている。こんな顔をした人間を俺は見たことがなかった。
でもその彼女の「眼」は、俺が毎朝、365日見ていた鏡に映っていた俺の「眼」と全く同じだった。
いつも眠そうで、なにを考えているのか分からないとよく言われるし、生意気な「眼」とよく言われたその「眼」。
彼女も俺と同じで、気怠そうな目をした人種だった。
賢者はその眠そうな、気怠そうな目をしながら、後ろ手をがっつり縛られている俺に躊躇なく近づいてきた。
この物凄い美人が今の俺に近づいてくるのは、それは寧ろちょっとしたプレーのような雰囲気も醸し出しているが、彼女は俺に全く興味がないのか、その気怠そうな眼をまるで虫けらでも見るかのように俺を見る。
牢屋の檻まで歩いてくると、彼女は俺に両手を広げ、一つ
癒風
とつぶやく。
ぼけっと彼女を見ていた俺を心地良い風が包む。
おっと思ったのは束の間、俺の鼻の痛みはなくなり。喉に詰まっていた血もそぎ落ちていった。
「終わりました。これで痛みはなくなったはずです。覇王様が待っています。質問に答えてください」
つんけんした、冷たい声が俺に届く。先ほどの心地良い風がむしろ皮肉だったような感覚すら覚えるほど、彼女の声は冷たかった。
「覇王様」
「ああそうだな。ではもう一度問おう。お前は勇者なのか、否か」
覇気のある、威圧感のある声が俺を襲う。
事実はどうあれ、これにはこう答えるしかないだろう。
そうしないと確実にここで殺す。
そうそいつの声は語っていた。
俺は
「そうだよ。俺が勇者だ。俺を勇者として召喚したのは、お前たちだろ。俺が勇者なんだ。だからこの手を自由にして、檻から出してくれ」
震えながら、しかし強気でそう答えるのが精一杯だった。
その大男は、俺の答えを予想していたのだろう。
続けて
「お前が我の『覇壊』を受けて無傷だったのは、それこそ勇者の素質だろう。だが、それならなぜお前は、たかが床にぶつかったぐらいで気絶し、血を流したのだ。我の『覇壊』に比べればあのぐらいの衝撃、わけのないはずだ」
「俺だって、なんで怪我したのか分からないんだよ。攻撃は受けないはずなのにさ。てかさ、お前は誰なんだよ。まず名を名乗ってく
「おい。無礼だぞ」
何者かが、寝転がっている俺の目数センチ前に三又の槍の先が突き立てる。
数コンマ何秒の出来事である。
ほんの少しでも動きでもしたら、その槍の先が俺の目を貫くだろう。
良くて失明、最悪死、そんな二択が目の前に叩きつけられる。又は3つだが、選択「肢」は2つだ。そんなつまらないことが頭に過るが
俺の恐怖のたまるコップはあと少しでいっぱいになりそうなぐらいになっている。
でも、正直分からないんだから、仕方ない。
きっとこの大男は偉いんだろう。
周りの人間もこいつのことを様づけしている。
でも、ここで引いたら駄目だ。ここで上下関係をしっかりつけられたら、使われる勇者になっちまう。それはなんか嫌だ。
使われる勇者じゃ、前の世界とあまり変わらない。
俺は異世界ならではの自由が欲しいんだ。
後もう一つ異世界転移のお約束だろ。
王様に下品な態度をとって、周りを怒らせるってさ。
こいつは大物なのか、小物なのか全く分からない小僧だ。
いや多分だが大物なのだろう。
言い分を聞かないで、牢屋に閉じ込めたのは悪かったのかもしれない。
我をどんな身分の人間であるか、理解していてあえて挑発でもしたのだろう。
だが、強気を見せていても心の中では恐怖が暴れ回っているだろうし、急にこんな世界に連れてこられて、困っている部分もあるだろう。
これはこっちがある程度、大人の対応をするべきかもしれない。
しかし、この勇者に力がないと分かったらもう見捨てるしかないだろう。
今この国は力がいる。
何者より強い力が。
全てを守り切るだけの力が。
「おい騎士団長。槍を下げろ」
「ですが覇王様、こいつは覇王様のことを……」
「まあそのことも、おいおいなんとかする。今は引け」
「はい」
騎士団長が仮勇者に向けている槍を渋々ながら収める。
「おい、神官、聖女。こいつは本当にこの世界の神の加護を受けているのか。神の加護など我の一族以外いるはずもない。今勇者かどうか判断出来るのは、お前らしかいない」
「覇王様、私が結界の中で見たところ勇者さまは、神の加護を受けております。これほど神の寵愛を受けているのは、覇王様と勇者さまだけです」
「分かった。ありがとう聖女。おい、神官お前はどうだ」
「私も彼が神の寵愛を受けているのは見れば分かります。ですが、聖女はまだ経験値が足りないため、真実が見えていないな。少々私にお時間を下さりませんか」
「なにか考えがあるのだな。分かった今は神官お前に任せよう」
「は!」
話が終わったようだ。
俺的にはさっさと槍を下してくれて助かった。
もうちょっと突きつけられていたら、恐怖で発狂してしまうかもしれない。それほど、ギリギリの橋を渡っているのである。
大男であるなんとか様の横に、白いベールをつけ顔を隠し白いローブを身にまとっている少女、聖女を見つけたおかげでまだ発狂しないで済んでいる。
彼女があっち側にいるってことは、あのエライ人は俺の敵ではないのだろう。
ボタンの掛け違いに決まっている。
話せばなんとかなるはずだ。
ちなみに俺に槍を突きつけた、おっさんは今も俺に敵意丸出しで睨みつけている。
ふつーに怖いが、あの少女が近くにいれば大丈夫だ。心が落ち着いてくる。
さあ、次はなにが来る。
そろそろ、この手だけは解いて欲しいんだが、タバコも吸いたいしな。
前から一人の男が、指をグーパーにしながら檻に近づいてくる。指の体操が終わって、彼の目がきらっと光る。
俺は背筋にとてつもない悪寒を感じる。
ギイイイ
牢屋の格子がすれる音とともに開く。
ニヤニヤした顔で男が俺に迫ってくる。
これはヤバイ
なにがヤバイって言うと、俺の尻がヤバイ
目がイッちゃってる
逃げようとするが、後ろで手が縛られており逃げられない。
どんどんその男が近づいてくる。
近くで見ると、結構イケメンだな。
そんなことは、どうでもいい。
このままだと、童貞の前に処女とおさらばしなくてはいけないのか。
それは断固拒否したい。聖女もいるんだ。そしてあの胸の大きい金髪美女も
その男の指が俺のすぐそばまでくる
その白くて細長い指が、俺のブレザーをかき分け、胸に近づく
えっ
マジで
嘘だろ
流石に
えっ
己の叫び声が、悲鳴が耳をつんざく、
『俺は勇者なんだぞ』
と
感想お待ちしております!
今日は夜にもう一話あげる予定です。