第3話 覇王ゼロとの邂逅
これは中澤智がこの世界に召喚される、何千年、何万年前に起こった出来事である。
昔々、ある名もない村に、名もなき一人の『人間』が生まれた。
『人間』には、元来名を与える文化はない。
この世界において『名』を持つというのは、世界に認められるということであり、上位の生き物でしか、名を持つ者はいなかった。
この名もなき『人間』が将来、名を貰い受け、名を与える側に立つとは誰が想像してであろう。
はるか昔の時代、『人間』と言う種族は、獣族の中における最弱の種族であり、数百人ほどの小さな村を作り、細々と暮らしていた。『人間』は多くの同族と一緒に暮らすことで辛うじて毎日を生きながらえることが出来ていた。
それでも上位の獣族や、魔族の侵略により、数は日々減少しており『人間』が絶滅するのも時間の問題だった。その『人間』が絶滅することを疑問視する、獣族も魔族もいなかった。
この世界の理である、弱肉強食では当たり前のことなのである。
弱い種族は死んでいき、強い種族は生き残る。
このルールを変えること不可能であり、いちいち『人間』のことを考えている暇などなかった。また、『人間』ですらも己の種族が、この世界から誰もいなくなることを、認めており後は時間の問題だけであった。
そのため、この名もなき村に生まれた、名もなき『人間』のことなど、誰も気にはとめなかった。
それは、もしかしたら神の悪戯だったのかもしれない。それほど、他種族にとっては悪趣味であり、悪夢のような『人間』だった。
名もなき村に生まれた、名もなき『人間』はただひたすらに強かった。
それはそれは強かった。
『人間』として強いのでは、ない。
生き物として強かった。これほど、強い生き物は、これまでも、これからも現世に現れることはなかった。
彼こそ、史上最強の『生物』である。これは普遍的な事実だ。
最弱の『人間』から、全生物最強が生まれてしまったことにより、この世界は混沌に包まれた。
まず初めに『人間』をエサにしていた、獣族のある種族が彼たった一人に滅ぼされた。
しかしその時点では、獣の王もさほど大きな問題にはしなかった。
こういうことは稀にあったからである。
突然変異という個体が生まれ、天敵を滅ぼす。歴史上になかったことではない。最弱の『人間』から生まれたことは驚きだが、これが絶滅する前の最後の悪足掻きだろうと、浅く考えていたのであった。
その後、その『人間』の快進撃は凄まじかった。
『人間』は人をまとめ、小さな国を作り、辺りの領土を開拓し、広げていった。
その頃から、周りの『人間』たちの知能もなぜか上がり、今まで倒せなかった生物も最強の『人間』の力を借りることなく、倒せるようになってきていた。
その『人間』にはカリスマ性もあった。
今までこそこそ隠れていた『人間』たちを統一し、また、その『人間』に勝負を挑んで破れた獣族や、魔族を仲間にし、国を徐々に大きくしていった。その『人間』は、むやみやたらに力を振るうことはなかった。
なにかを守るため、なにかを助けるために力を使った。
悪に対する暴力を振るう『人間』に弱肉強食ルールに慣れた者たちが、憧れを持ち、王と崇めるようになるまでさほど時間はいらなかっただろう。
この間にも数多くの力自慢の、獣族、魔族が『人間』に負け、傘下に入っていった。
しかし、こういった状態を良く思わない者は無論多くいた。だだ、その『人間』は強かった。そう、それだけで意見や意思は意味のないものとなってしまう。
そしてその時は突然訪れた。
大きくなっていく『人間』の国を脅威に感じた、魔王サタンが魔族の軍団を率いて、『人間』の国へと総攻撃を仕掛けたのだ。魔王側の最終目的は最強の『人間』の殺害と『人間』という種族を根絶やしにすることだった。これが、第一回人魔対戦である。
数週間にも、渡る闘いの決着はあっけなかった。
魔王は、最強の『人間』手が出なかったのである。
しかし、『人間』は魔王を殺すことなく、同盟を組むことでこの戦いを収めた。
その後、獣族も白旗をあげ、『人間』という種族の獣族からの独立を認めた。
これにより、その名もなき『人間』が現世における覇者となったのだ。
結果この世界における王は、覇王(『人間』)、獣王、魔王になり、この三者を総じて、現世三界王と呼ぶことになったのだ。
少し、この世界の説明をしておこう。
この世界は、三段構成のピラミッド型の世界となっている。
1番上の階層は、神の世界『一神柱』
2階を、死の世界『黄泉二幽』
そして生の世界である最底辺の3階の現世を『現世二界』(獣界、魔界)と呼ぶ。
この現世二界が最強の『人間』の力で変化し、『現世三界』(人界、獣界、魔界)となった。
このような構成がこの世界である。
基本的に上から下に影響を与えることは出来るが、下から上へと、影響を与えることは不可能なはずであった。
しかし、覇王の誕生により、世界のバランスが崩れたのだ。
世界のバランスの崩れを元に戻すため名もなき『人間』、覇王は黄泉界からの攻撃を受けることになる。
だが、この『黄泉二幽』から行われた天使と悪魔の攻撃ですらも覇王は、防いだ。
もう彼の強さを言葉で表すことは出来ないだろう。
彼は、現世に生まれ以てして、死の世界における最強の者たちにすら勝ってしまったのだ。
『黄泉二幽』はもう覇王は、手に負えないとして、黄泉に残っている天使や悪魔が神に助けを求めた。
時同じくしに、倒し仲間にした、天使や悪魔の手を借り、覇王本人も神の世界『一神柱』に足を踏み入れた。
神は平等だった。
黄泉の意見を聞き、その後、覇王の意見にも耳を傾けた。
神は宣告した。
『人間』を滅ぼすと
覇王は生まれて初めて、焦った。
神には覇王の持つ強さでは、通用しなかった。
いや神の前では強さなど必要もなかった。
だからこそである。
強さで存在を示してきた彼にとって強さが通用しないというのは、考えてもいなかった。
彼は焦り、ひたすら神に懇願した。
どうか『人間』を滅ぼさないでくれ
なんでもするから、頼むから助けてくれと
神は彼に言った。
お前は確かに強い、確かに現世の王に神が認めてもいいだろう。
しかし、お前の子孫は強いのか。
お前が発展させたことで、『人間』は種としても強くなった。
しかし、獣族や魔族と肩を並べるほど、種族として強くない。
だから、私たちは『人間』を認めることは出来ない
彼はその言葉になにも言い返すことが出来なかった。
それは彼も心配していたことだった。
彼がいなくなったら、『人間』は、また最弱の種族に戻ってしまうかもしれない。
彼はそれでも神に頼み込んだ。
自分が間違っているとは、分かっている。
でも彼は同族を、最弱の種族を助けるために……
彼は頼みに頼んだ。
現世と時間の感覚が違う、神の世界において、ひたすら頼み続けた。
何時間、何日、何年、何十年、何百年、何千年、何万年、何億年
どれほど頼み込んだろうか。
彼はひたすら懇願した。
そんな彼をじっと、ずっと見続けていた「神」がいた。
彼がこの『一神柱』に足を踏み入れてから、「その神」はずっと彼を見つめていた。
もしかしたらもっと前から、それこそ彼が生まれた時から、名も何もなかったときから、「その神」は彼を見続けていたのかもしれない。
それほど、深く彼を見つめていた。
「その神」は、他の神の前で宣言した。
「私はこの、覇王と一緒に生きます。現世に降りて、彼との子を成します。神と史上最強の生物の子なら、未来の現世を任せることが出来ましょう。また、私が神の名を使って、全ての『人間』に名を与えます。それで、『人間』は神の加護を受けた唯一の種となります。これならば、問題ないでしょう」
「その神」の言葉に、『一神柱』は荒れに荒れた。
「その神」は、多くの神から非難を受けた。
しかし、全ての神は分かっていた。
この「神」は本気だと。
『一神柱』の神々は、戦うことは、しない。
争うことをしないのだ。
する必要がない。
神は絶対に正しいのだから。
だから、初めの神の宣告に反論した時点で、「この神」はもう落ちることは決まっていた。
神が「その神」の正統性のある意見認めた。
「その神」が現世に落ちることを、子を成すことを。
そして、名もなき人間の覇王を新たな現世の一王として認め、今『人間』たちや多くの種族が住む町を、人界として現世を三界に分けた。
覇王には神から『ゼロ』という名が与えられ、『人間』最初の神の加護を貰い受けた。
現世に戻った『ゼロ』は「その落ちた神、堕神」と子を9人設け、新たな国作りを始めた。
9人の子供たちには「堕神」から名を与えられた。また、神の直系を表す「プライム」を名前の後ろにつけることが決まった。
「堕神」も多くの人間に名を与え、その名を子孫に残していくという文化を人間に根付かせた。
覇王と「堕神」は9人の子に現世を任せ、死に場所を求め旅だっていった……
というのが、この世界に伝わる『人間』の王の成り立ちである。
初代覇王と「堕神」が現世における『人間』の父と母と呼ばれている。
9人の子供たちのお話もあるが、それは今は関係ないので、また別の機会にでも……
中澤智は、結界から出ると同時に今まで受けたことのない衝撃を感じ、吹き飛んだ。
セリリリスの小さい手の感触はなくなり、手からタバコが崩れ落ちるのが分かる。
体が宙高く飛ばされ、地面から30mはありそうな天井のすぐそばまで飛ばされる。そしてそこから、落下が始める。
体はきりもみ状態となり、加速しつつ、地面に激突する。
異世界の豪勢そうな絨毯に大きな大きなクレーターをあける。
サトシはその大きな穴の中で縮こまったようにして動かない。
まるで死人のように……
そのクレーターを上から見下ろすようにある男が立っている。
身長は2mを優に超え、顔には歴戦の強者を臭わせる目の下から顎にかけての大きな傷や、立派に生えそろえた口髭と顎髭を蓄えている。
その体からは、威厳に満ちた者しか出せない、特有のオーラを纏い見る者に畏怖の感情をもたらすだろう。
手には、身長より大きな幅広のこれまた歴戦の後を感じさせる使い込んだ剣を持ち、サトシの落ちた穴を、楽しくて仕方ないといった様子で覗いている。
そうこの男こそが、初代覇王と「堕神」の血を濃く引く、人界の王。
第55第、覇王『ゼロ』である。
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