第2話 異世界の少女に俺は恋をする
二度目の気絶からの覚醒は、時間にすると数秒もなかったはずだ。
なぜなら覚醒した時には、まだ俺の目の前に少女の顔があったし、俺が仰向けに倒れるのを防ぐために支えてくれる少女の小さな手の感覚が背中にあったからだ。
目の前にある少女の小さな口が目に入ると、先の光景が俺の脳裏に浮かぶ。
人生初めてのキスをこんなところで、全く知らない女の子で捨ててしまった。
……恥ずかしい。これはヤバイ、顔を見れない。
でもここはこっちが恥ずかしがる番じゃないだろ。
俺は勇者になったんだ、もうちょっと堂々としないと。堂々としてることも求められてるはずた。
そんなことを思っても俺の顔に血が大量に流れるのは止められないし、頬が赤く染まるのは見ないでも分かる。
いやいや、俺はロリコンじゃねーぞ。
人生での初キッスの相手なんだから、ちょっと、こんな緊張しているんだぞ。
誰に弁解するわけでもなく、一人心の中の俺にツッコミを入れる。
そんな俺の心を知っているのか分からないが、少女は飄々としている。
顔が赤くなっている訳でもない気がするが詳しくは分からない。
白いベールの下の顔がどうなっているのかは、最初からずっと隠れたまま伺い知ることは出来なかった。
少女は俺の意識が覚醒したのを確認すると、俺の背に回している手を外し、凝視ししながら
「これで、勇者さまへの契約と天使様の加護は完了いたしました。これからシンロード王国、しいては人界・獣界のことをどうぞよろしくお願いします」
と、ここで初耳の契約と天使の加護という謎塗れの言葉をぶち込んできた。
ああ、あっちの世界のみんなになんて言えばよいのか。でも、寂しいことにそんなことを言う友達もいなければ、家族とも仲は良くない。ってことは誰かに報告する必要もない気がするが、ここは勢いだ。
俺は、異世界で少女と契約しちまったよ。
天使から加護貰っちまったよ。
これで後戻りは出来ないな。
お願いされて、契約しちまったら、最後まで完遂しないと男じゃねーだろ。
「ああ、分かった。俺も全力を尽くして魔王を倒すよ。でも、さっきも言ったんだけど、聞きたいことがいっぱいあるんだ。この世界のこと、この国のこと、契約とか加護のこと、魔王のこととか、後は君のことも、色々教えてくれないか」
「はい!いくらでも。私が勇者さまと契約しましたので、これからの勇者さまの身の回りのことは全て私がお世話させていただきます。以後お見知りおきを」
そう言いながら、小さな頭をちょこんと下げた。
その姿を見て、俺はまず一つのことを心に誓った。
この少女を絶対に悲しませたりしない。この少女の住む世界を絶対に助けると。
冷静に考えるとこの時に俺はもう、この少女に庇護的な愛情があったのかもしれない。
いやそれ以上のものも……
やはり、異世界転移という喜劇が自分の身に起こったことで浮かれてても、心のどこかでは、辛いという感情や恐怖、今後の不安がどこかに身を潜めていたはずだ。
希望も多いが、不安や焦燥感があっただろう。
だからこそこの少女がそばにいてくれ、俺に身を捧げると言ってくれた。
俺に寄り添ってくれると言ってくれた。
世界が大変で、助けてくれと俺に言った。
そんなことは前の世界で生きていた17年間一度もなかったことだ。
その彼女の心意気に、愛情のような感じてしまうのは間違っていないはずだ……
この少女を絶対に助ける。それが俺の異世界での使命だ。
「そういえばまだ自己紹介とかしてなかったよね。俺の名前は、中澤智って言うんだ。サトシって言って呼んでくれて大丈夫だからさ。君の名前も教えてくれないかな」
僕はあえて下の名前を強調する。
向こうの世界では、僕のことを「サトシ」と気安く呼んでくれる友達がいなかった。下の名前で呼ばれることはほぼなく、名字の「中澤」を呼び捨てにされることが多かった。
だからせっかく新しい世界に来たんだ、それなら気安く「サトシ」と呼んでもらいたい。
そうやって距離を縮めていきたい。
俺の名前を呼んでほしい。それぐらいしか近づく方法が分からないのが空しいが
「アッ、申し訳ないです。私としたことが、自己紹介がまだでしたね。私の名前は、セリリリス=セラフィーです。この国では、聖女という称号をいただいております。セリリリスでも、セラフィーでも勇者さまがお決めになさってください。私は勇者さまを軽々しく名前で呼べる身分ではありません。『勇者さま』のままでは、駄目でしょうか」
……聖女!?
この少女が聖女!?
いやはやここにきて、このロリ聖女!
これはこれはやはり異世界いろんな属性プラスしてくるな。
もしかしたら隠れ属性もこの少女にはあるかもしれない。仲良くなればもっと見えてくるものが多くて、開放されてくるかもしれない。
そんな下心が体の中で揺れていた。
だか、その隠れ属性を探す前に少女の見た目は異世界でも異質に見えた。やはりと言うべきか、後ろに見える者たちとは彼女の身分は明らかに違う。
なにか特別な少女だとおもったが、まさか聖女だったとは。
しかしその聖女さまを以てしても、名前呼びを許されてないとは、かなりよそよそしい。
これは勇者って真面目にスゴイのかもしれない。
「あー、分かった。今は、勇者さまで、大丈夫だよ。あと、そんなに謝らなくてもいいよ。俺がとって喰うわけだもないし」
この場はこれで流そう。
これからも「セリリリス」と仲良くしてかないといけないだろうから、ここは心の広さを見せるべきだ。
「申し訳ないです。この口調はなかなか…。一応努力はしてみます。では、お話ししたいことも沢山ありますし、お食事等の準備も整っておりますので、こちらへ」
セリリリスが立ちあがり、俺に手を差し伸べる。
差し伸べると言っても、彼女の身長は高くない。俺より20cm以上低いだろう。
俺はその手を、もうほぼなくなりかけているタバコを持っている手と反対側の手で取って、彼女の華奢な体に体重をかけないようにしながら体を起こし、円状—大体直径10mぐらい青白く光っている地面に立つ。
そこでもう一度周りをしっかりと見渡す。
そうすると、俺の召喚された場所はこの広間の中でも、異質なことが分かった。光っている地面など周りにはなく、良く目を凝らすと、その円から半円状の薄いドームのようなものが現れているのが分かる。
俺はこの青白く半円状に光っているドームに疑問を持ったので、立ったことで上から見下ろす格好となったセリリリスに声をかける。
「ここだけ、青白く円状に光ってるけど、どういうことなのかな」
「はい。この青白く光っている場所は、結界となっているのです。この結界は、今私たちがいる世界を別の次元の世界と繋げるためには、不可欠なもので、この中にて勇者さまの魂、体を召喚いたしました。この結界に入るためには、神の寵愛を受けていないと入れません。結界を作るのも、この世界の生き物だけでは不可能です。そのため天使様の加護を受けている私が、仲介役となって天使様に結界を作ってもらい、勇者さまを召喚し、私だけがこの結界に入り勇者さまとの契約をいたしました。契約については、後ほど詳しく話させていただきます」
セリリリスはここで一呼吸入れ、俺の顔を見上げる。
一瞬白いベールに覆われていて俺から見えないはずの目と、目が合っているような気がしたが、セリリリスはすぐに顔を逸らし、話を続ける。
「また、先ほどの、キス……接吻にて、私に掛かっている天使様の加護を勇者さまにもかけさせていただきました。私の天使様の加護の一つに、『言葉の加護』があります。この結界の中では、私と勇者さまは出会った時から会話等が行えていましたが、それはこの結界を作った時に天使様に頼んで、そういった術印を組み込んでもらったからです。ですから、この結界内では私と話せるのですが、結界から出てしまうと、術印の効果も勿論消えてしまい。私とですら会話が出来なくなってしまいます。それを防ぐために『言葉の加護』をかけさせていただきました。これで、結界の外に出ても、全ての人間、全ての生き物と会話が可能です。
この結界というのは、一つの別世界を作り出すことが出来ると思ってもらえれば結構です。なので、この結界内では、奇跡と呼ぶ出来事を起こせます。しかし、先ほど言ったように神の寵愛を受けている者ではないと入れませんし、天使様の手を借りる必要もあり、また手を貸してくれたとしても、作るのにも長い時間や大量の魔力が必要となってきます。このように作成が困難なため、歴史上でもこの結界が作られたというのは、数えるほどしかありません。そのぐらい今の世界は緊迫しているのです」
「なるほど。周りで人がこっちをじっと見ているのは、この結界にはいれないからなのか。えっ、じゃあそうなると、俺がこの結界の中にいるのは神に愛されてるからなの?」
「はい。そうです。勇者さまは、私のような者と違い、天使様を経由して、神の寵愛を受けているのではなく、神から直々に選ばれてこのシンロード王国に召喚された人間なのです。神の正統な愛を受けている人間は今の世界に私が知っているのは、ある一族しか知りません。勇者さまはその一族と同等な人間なのです。これは本当に凄いことなのです。神の寵愛を生で受けている人と会えるなんて。私本当に感激してます!まずこの世界とは、実は三段構成となっており、神のいる一神界に……………
しかも、そんなスゴイ勇者さまと、加護を与えるためにとはいえ、キスなんて…私…」
セリリリスは俺が神にいかに愛されているかを歴史と共に熱く語りだした。
そこはやはり聖女ということもあって、神や天使の関わることには熱くなってしまうのだろう。
途中からあまり整理されていない話が始まってしまい、後半はもう聞き飛ばしてしまった。
でもやっと彼女の本来の人間の部分が見れたような気がする。
かしこまって話しているが、それは神や天使に対する敬意や憧れを俺に当てはめているのだろう。
だからずっと、俺に対して大きな距離感があるのだろう。
ただ、自分の興味がある分野の話になると、興奮して捲し立てる姿は、年相応の「少女」らしさに溢れていた。
「あーありがと。その話もまた、後でもっと詳しくおしえてくれよ」
俺はセリリリスが一息ついたところで話を区切る。
彼女は、己が興奮して話していたことに、今気づいたのだろう。
恥ずかしそうに顔を伏せ、下を向いてしまう。
こんなしょぼくれた姿をされると、流石に心が痛む。
でもこの世界に来たときから話している少女との、距離感を一歩進めることが出来たみたいで、少し嬉しかった。
「申し訳ありません。私、神や天使様の話となると…。本当に申し訳ないです。ツラツラと興奮して…。本当に申し訳ないです」
前言撤回かもしれない。
やはり大きな距離はある。
まあ、それは仕方ない。
まだ来たばかりだ。
いきなり、距離感は縮まらないだろう。
「全然大丈夫だよ」
この時間で何度目のセリフだろう。
もう彼女との掛け合いは、当分この調子でいくしかないのかもしれない
「申し訳ありません。では、そろそろ。参りましょう。時間の流れは外に比べゆっくりなのですが、少々話過ぎました。また後で、たっぷり時間をとりますので
では、ようこそ勇者さま私たちの国、シンロード王国へ」
セリリリスは俺の手を握ったまま、結界の外に飛び出す。
この結界から一歩出れば、俺の異世界での新たな生活が始まる。
さっきの話の中に少し気になることもあったが、さほど大事なことでもないだろう。神・天使を絶対的に信用している、少女に言うことではないだろう。
新たな世界に飛び出すのに恐怖は勿論ある、ほんの少し前までは将来に怯えていた、17歳の高校生だ。でも、目の前にいる小さな彼女の、小さくて暖かい手の感触を忘れなければ、大丈夫なはずだ。
きっとなんとか、なるのだろう。
そう思い込もう。
俺の足が異世界へ新たな一歩を刻む。
『覇壊』
突然、真横に雷が落ちたような怒鳴り声と共に、俺の目の前が真っ白に染まる。
俺の体に、とてつもない衝撃が襲う。
体が吹き飛び、きりもみしながら落下する。
セリリリスの手の感触はもうない。
短くなった、タバコも手から崩れ落ちる。
大広間に大きな声が鳴り響く。
その支配者たる声は辺りに畏怖を与え、人を膝待つかせる。
「フハハハハ! さあ、勇者、お前の力、見せてみろ!」
俺の意識がなくなる寸前の話だ。
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