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異世界はタバコの煙と共に  作者: 空飛ぶペンギン
第1章 「LUCKY STRIKE」20本入りと共に
3/18

第1話 ファーストキスは「幸運の直撃」味

 俺はゆっくりと目を開け、横たわっていた体を左手を支点にしてゆっくり起こす。


 頭を一度、二度振り意識を覚醒させる。


 意識がはっきりとしたと同時に、さっきのことを強く思い出した。


 そうだ、俺はあの大男に殺されたんだ。

 斧が貫通したはずの体に手を当てる。


 俺の体には一切傷がなかった。

 いや傷どころか痛みも全くない。

 着ていたブレザーも破れ、血まみれになったはずなのに、今はいつものキレイな状態に戻っている。


 俺は慌ててブレザーの内ポケットに手を伸ばす、そこにはまだ封の切られていない新品の「ラッキーストライク」が何事もなかったかのように入っていた。


 まるであの大男に叩き切られたのが嘘のようだった。


 だけどあれは現実だ。


 俺の体になにも傷がなくても、頭が心が覚えている。


 起こした体で辺りを見回すと、ちょっとにわかには信じがたい光景が俺の目の前に広がっている。

 目を疑うとはこういうことだろう。


 今まで俺が生きてきた人生ではありえない光景だ。と、顔のあった場所に吸いかけのタバコが煙をあげ転がっている。


 俺はそのことに特に疑問も思わずタバコを手に取り、それを口咥え、息を吸う。


 ああ、うまい


 いつものラキストの味だ。


 この味は死んでも忘れない。


 それほど俺に寄り添ってくれる。

 いつも俺と一緒にいてくれた味だ。

 臭いだ。


 さあ現実逃避はこのぐらいにして、改めて今自分の置かれている状況を確認しよう。


 もう一度、いや二度三度辺りを見回す。


 辺りの光景は意識が戻ってから何一つ変わっていない。


 まあそういうことなんだろう。


 俺は一度死にかけた。


 いやもしかしたら死んでいたのかもしれない。


 そしてあの声だ。


 何者かが俺を助けたのは事実で、何者かを俺が助けなくてはいけないのも事実だ。

 これは面倒なことになったのかもしれないなと一つ思い浮かべながら、俺はため息と共に白い煙を吐き出す。

 俺の見える範囲で唯一知っているモノだ。


 周りに見える者たちは俺の行動を待っているようだし、ここはこっちからアプローチかける必要があるのか。


 ……人付き合いは得意ではないんだけどな。


 俺は自分を取り囲むように並んでいる、多くの人たちに向かって緊張しつつ、座ったまま声をかけた。


「すみません。ここどこですか?」と。


 その一言を待っていたように、一人の全身真っ白なローブを着て、これまた白いベールで顔を隠した少女が俺に近づいてくる。

 その少女が着ている今まで見たことのないローブ、その少女を守るように立っている周りの人間が身に付けている服、手に持っている大きな杖や腰に差している剣、はたまた俺の目の前に存在する広間やその壁に掛けられている煌びやかな絵や甲冑、見たこともないぐらい高い天井。

 そして俺が目覚めた場所が青白く不気味な光を発していることから、俺はある程度は予測していた。


 その近づいてきた少女が俺に一言こういった。


「ここはシンロード王国でございます。勇者さま、お体の具合は大丈夫ですか」


 ……そうか、やっぱりそうか。


 シンロード王国なんて国名は聞いたことはない、少女の服装や後ろにいる大勢の人達の服装も見たことがない。

少なくとも現在の日本とは絶対に違う。

 そういうことなのだろう。俺は異世界に転移してしまったんだろう。

 それならこいつらの恰好や持っている物の異質さ、この場所の雰囲気、俺の体が無事だったこと、そしてなによりあの変な声。

 全ての筋が通る。


 後は俺に向かって放たれた勇者様という、特異な呼び名。


 これから導き出されるのは、俺は異世界転移して勇者様になっちまったんだ。

 俺もモブキャラ高校生男子の端くれ、そういった本や漫画も読んだことは勿論あるし、もっと小さかった頃にはそういうのに憧れていた時期もあった。

 でもその憧れや渇望は、年を取るたびに薄れていって、今じゃもう全く信じてなかった。確かタバコを吸いだしたのもその時期はずだ。


 異世界転生や異世界移転、そんな出来事起こるわけがないし、そんなものに憧れるなんて、ただの現実逃避じゃないか。


 そうやってバカにしていたのも今は昔の話。


 ここは異世界だ。

 異世界以外ありえない。


 現実逃避?言いたい奴には言わせとけ。


 ここは異世界だ。


 受験勉強もなければ、俺を縛る親や教師からの支配もない。

 ここには楽しいと思えなかった高校生特有の濃い人間関係もない。あの忌まわしい世界から転移してきたんだ。


 ……異世界だ。


 やったぜ。


 ここならこの間まで感じてた、漠然とした将来への不安もないはずだ。


 そうだ、異世界に来たなら絶対チート的な能力が俺にも備わっているに違いない。


 そのチート能力があれば異世界での生活はウハウハで絶対楽しいものになるはずだ。


 これは俺に対するチャンスだ。


 新たに生まれ変わることが出来るはずだ。


 ここでは、未来に希望しかない出来事が待っているはずだ。


 こんなことを考えながら、一人で悦に入っていると、なかなか返事をしない俺に異変を感じたのか、目の前の少女がまた声をかけてきた。


「あの、大丈夫でしょうか?なにかお体や気に障ることをしてしまったのでしょうか。申し訳ありません。勇者さま、お話をしてもらっても大丈夫でしょうか」


 危ない危ない、こうやって人に話しかけられているのに考えすぎてしまうのが、俺の悪いところだ。

こういうところも多少は直してかないとな、生まれ変わるには。

 いや生まれ変わったからには。


 俺は少女を改めて見つめて、


「いや、特になにもない。全然大丈夫。聞きたいことはいっぱいあるんだだが、とりあえず質問していいかな、君たち日本っていう国のこと知ってる?」


 そんな俺の質問に少女は俺の求めていた答えを淀みなく言ってくれた。


「……二ホン?ですか。申し訳ありません。そのような国は聞いたこともありません。わたくしの勉学不足かも知れませんが…」


 申し訳なさそうに首を垂れる少女を見て、俺は心の中で小さくガッツポーズをした。


 いやそれでいいんだ。そう来なくっちゃ。

 異世界転移のテンプレート通りだ。


「ありがとう。いやそんなに畏まらなくて、いいよ。もっと砕けた感じで話してきてよ。じゃあこの国に勇者として俺は召喚されたのかな」

「申し訳ないです。そんな勇者さまに恐れ多くて…。申し訳ないです。」


 この短期間の間にこんなに、謝られたことはあるのだろうか。

 やはり勇者っていうのは、かなりエライ部類に入るのだろう。


「はい、さすが勇者さまですね。博識ですね。このシンロード王国の精鋭魔術師100人と私や賢者様、大魔導士様、他にも天使様の力を借りて勇者さまをこのシンロード王国に召喚させていただきました」


 魔術師、賢者、大魔導士、天使!

 これほどテンションが上がる言葉の羅列はないだろう。


 俺も魔術は一度使ってみたかったんだ、しかも天使もいるって……。昔蓋をしたはずの厨二心が掻き分けられる。見てみたいな、やっぱ頭に輪っかついてるのか、これはかなり期待できそうな異世界だな。


「あの勇者さま、突然召喚してしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが、私たちのお願いを一つ、聞いてはいただけませんか」


 白いベールを深くかぶっているので、俺の目からは、少女の小さな赤い唇しか見えない。

 しかし、その唇から放たれる言葉には、なにか惹かれるものがある。

 断じて俺がロリコンだからというわけでは、……ない。

 ……ないはずだ。さすがにこれは体の華奢さからして年下すぎる。


 でも、この少女からは不思議な魅力が漂ってくる。

 そうあの時聞いた声のように…

 ただあの時の声程は、神々しさが足りないのだ。


 一体あの声はなんだったんだろう。テンプレート通りだと、神とかなのかもしれない。

 これも後でこの少女に聞いてみよう。

 しかし、人間味漂い、悲壮感がこもった声から放たれるお願いを無碍にすることはないし、勿論断る理由もない。


 俺はあっちの世界から逃げたかったんだ。


 それで逃げることは成功した。


 それならこっちの世界で希望を見つけ、行動するしか未来はない。


 手にしたタバコの火がチリチリと灰の部分を多くしながら、俺の指に近づいてくる。

 このタバコが唯一あっちの世界との架け橋だ。

 

 俺はそのタバコから漂う煙を目で追いながら、この世界で初めてしゃべった少女のお願いを聴く。

 周りにいるはずの100人の魔術師や賢者、魔導士たちも静かに少女のお願いを待っていた。


「勇者さま、どうか魔王サタンを倒して、私たちの世界に安息を与えてください」


 少女は、いやその場にいた者、全てが俺に向かって頭を下げる。


 ああこう答えるしかないんだろうな。


 きっとこの世界に来る時に聞いた声は、このお願いのことを言っていたんだろう。

 あんなこと言われなくても、俺だったら絶対この少女のお願いを答えていただろう。

 まあここでこの少女の、この場全ての者のお願いを断れるぐらいのメンタルだったら、この年でタバコなんていうモノに手を出すことはなかっただろうな。


 俺はそう自虐しながら、ゆっくりとタバコに口をつける。


 白い煙と共に出た言葉はこれ以外ないだろう。


「分かった。俺が君たちを絶対に助ける」


 と、はっきり言いのけた。


 多分この時の俺の顔は向こうの世界では絶対に見せない、やる気に満ちた顔だ。

 気怠いキャラ、モブキャラは一時置いておこう、こっちでは俺が主人公だ。


 少女はそんな俺の言葉を聞いて、ベールから見え隠れする口を緩ませ、笑顔らしきものをする。


「ありがとうございます」


 そう言い、そのまま俺にもたれかかる様に、少女がこちら側に倒れてくる。

 少女の顔と俺の顔がぶつかり、少女の白いベールで唯一隠れていない小さな赤い唇が俺の唇にぶつかる。


 そのまま俺のファーストキスは名も知らない、顔も分からない、なにからなにまで謎だらけの異世界の少女に奪われた。

 

 ファーストキスはさっきまで吸っていた「ラッキーストライク」の味だった。


 このキスは、幸運の直撃なのだろうか。


 そんなことを考えながら俺は瞬間的に意識を手放した。

 痛みはない。

 しかしふっと意識が途切れたのだった。


 異世界少女の小さな口と幸運の直撃を感じながら。


感想お待ちしております!

明日もこのぐらいの時間に更新します!

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