第0話 異世界はタバコの煙と共に(1本目) 後編
中澤 智の高校生活を一言でまとめると、「いてもいなくてもあまり変わらない存在」である。
高校生モブ選手権があったとしたら、ベスト32位くらいであり、その選手権でもモブ的な存在であろう人間である。
友達もいないし、勿論彼女もいない、顔も良いわけではない。
ただいつも気怠そうで、周りから見ると付き合いにくそうな人間であるし、付き合いが殆どない。
しかしサトシ自身は全く人に興味がないといったわけではない。
ただ、人との距離感が分からないのである。
小学生の頃は人懐っこい性格だった。
でも中学に入り、その性格が仇となって少し痛い目にあった。
それからサトシは変わってしまった。
いや、変わるしかなかったのだ。
変わることが自己防衛だった。
その痛い目から、サトシは生き方を変えた。
自身が主人公でないことを知ったのだ。
むやみやたらに人と寄り添うこともしなくなったし、色々なことに首を突っ込むのもやめた。
人と距離を置き、ただぼうっとしているだけの存在へと変化していったのだ。
サトシは気怠げに取り出した「LUCKY STRIKE」のソフトケースの上を、流れるような動作でトントンと2回叩く。
ダルそうに懐からタバコを取り出した割に、その叩く動作は俊敏だ。
しかし「タバコ」は飛び出てこない。
不思議そうにタバコケースを見つめ、手に掛かるソフトケースの重さを感じる。
一つため息を入れ、ケースを
クシャッ
と潰し、また内ポケットに手を入れかけた。
その時潰した箱の感覚がいつもと違うのか、潰れてクシャクシャになった箱だった物をマジマジと眺める。
クシャクシャな箱の隙間に、指を突っ込む。
指になにか感触があったのか、彼は少し嬉しそうな顔をしつつ、正月の棒型のおみくじを引くようにゆっくりと、大切そうに、壊れないように、潰れた箱から白い折れた棒のようなモノを抜き出した。
折れた白い棒のようなモノ――「タバコ」を口に咥えながら、いつ手にしたのか分からないぐらいのスピードで手にした、100均ライターの火を「タバコ」につけた。
ハァー
吐息と共に、白い煙が放出される。
彼は毎日この地に寄って、「タバコ」を吸うためだけに生きているのではないかと錯覚するほどの清々しい、吐息だった。
今日一日の中で一番スッキリとした顔で彼は微笑む。
ブレザーにタバコは良く似合う。
煙が薄く、彼の顔、体を包む。
この瞬間、彼は「タバコ」の煙に、視覚、嗅覚、味覚、触覚が支配される。
キャーーーーーー
急に女の叫び声が、路地道から袋小路に響き渡る。
俺は、慌てて路地道に目を向けた。
やばい、誰かにバレた。
この場所なら、いつも誰もこないし、ちょっと油断し過ぎた。
絶対安全な俺だけの場所なんてないのは、分かってたはずなのに、これはまずい。
高校にバレたら、良くて停学、最悪退学だ。
逃げるか、いやでも逃げ道は一本しかない。
制服も見られてるから、逃げても学校に連絡いくだろうし……
あーあやっちまったよ。
あの親にも連絡いくのか、やっちまったよ、本当に。
その悲鳴を聞いてから俺が考えられたことはこのぐらいしかなかった。
いや言い訳は沢山したい。
でも制服で未成年がタバコを吸っているのは事実だし、もうどうしようもない。
俺は半泣きになりたい気持ちを抑えつつ、路地道に振り返った。
今思うとあの悲鳴は路地道を背にしてタバコを吸っていた俺に対してではないと、分かるが、その瞬間ではあの悲鳴と、親、教師の恫喝は同意義に捉えてしまうのはしかたないだろう。
そのぐらい、罪悪感と共にタバコを吸っていたのだから。
後ろを振り返った俺の目の前にいたのは、制服を着た高校生の違法喫煙見つけ警察に電話をかけようとしている、お節介な女ではなく、大きな斧を持っている2m以上もありそうな大男だった。
女の声が聞こえたのにその女の姿が見当たらないとか、この大男はなぜ斧を持ってこの袋小路に入ってきたのか全く理解不能だか、その時はそんなことも頭に全く思い浮かばなかった。
人間頭のキャパシティを超える出来事が起こると、金縛りにあったように動けなくなるのだろう。
その時の俺がまさしくそうであった。
声も出ないし、頭を働かない、目も大男と始めて見る生の斧から背けることが出来なかった。
ただ1つ、灰が落ちそうだな。そのことが頭の中に浮かんだ。
大男が、ノッシノッシと俺に近づいてくる。
俺はなにも出来ない。
大男が、寸分たがわず大きな口を
ニヤッと
曲げる。
俺に向かって、斧を振りかざす。
俺の咥えていたタバコから灰がポトッと落ちる。
その瞬間俺は
ああ、俺はここで死ぬのか。
つまらない人生だったな。と自傷気味に……
薄れていく意識の中、俺はタバコ吸ってるのバレると怒られるな
死んでもこれはバレたくなかったな
と、タバコのことと、それを怒られるという変な現実を考えつつ
……生を手放した。
『あなたを助けたい、その変わり、あなたが助けて』
耳触りの良い声が聞こえる。
今までの人生で聴いた声の中で一番、美しい声だ。
声にここまで感動するとは、
口を開こうとする、口がなかった
耳を傾けようとする、耳がなかった
考えようとする、頭がなかった
え?
なんだここは、どこなんだ
……ん?
俺は誰だ
もう一度聞きます
『あなたを助けたい、その変わり、あなたが助けて』
意味が分からない……
だけど、俺はなぜかこう、言った。(口がなかったはずなのに、しかも俺はそういうキャラでなかったはずなのに)
「分かった。助ける。俺もあんたも、全部。だから俺を助けてくれ」
世界が、俺が、光で包まれた。
タバコの煙と共に
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