第13話 聖女のキスと勇者の誓い
村長の後ろをいつもの――俺の右にセリリリスが寄り添う形で歩いている。
俺は隣にいるセリリリスに、前を歩く村長に聞こえないぐらいの声で話しかける。
「なんで、女神像を見に行くの」
「はい。私は知っての通り、天使様の加護を持っています。今人界で信仰されている女神様は、私に加護を与えてくれる天使様の上位の存在です。そのため女神様の依代から一時的に力を借りることが出来るのです」
セリリリスも俺に合わせて小さな声で返してくれる。
「先ほどアレフ様は勇者さまを頭数に入れていると言いましたが、そこまで考えすぎなくて大丈夫ですよ。アレフ様と私がおりましたら大抵の敵は逃がしません。大船に乗ったつもりでどっしりと構えてくれれば大丈夫ですよ」
セリリリスはそうやって俺を安心させるかのようにニッコリと笑う。
二人でおしゃべりに夢中になっていたことで、少し村長と距離が空く。
そんな俺たちに気づいたのか、村長は振り向きやはり俺に怪訝そうな顔を向ける。
そりゃ当たり前のことだ。
この世界では神に等しい聖女と仲良く話している、正体不明の冴えない男である。
俺ですら客観的に見たら、怪しい奴だと思うだろう。
そんなことを分かってかどうか、セリリリスはその小さい手で俺の手を引き、村長との空いた距離を縮める。
その行動でもっと村長の眉が顰まる。
明らか不審者を見る目だ。
それは聖女に手を引かれた正体不明の男に眉を顰めたのか、少女に手を引かれたことで、デレデレしたロリコン野郎に向かって眉を顰めたのか……
答えは分からないが、出来れば前者の方がいい。
何度も言うが俺はロリコンではない。
セリリリスに愛情があるだけだ。
少女に手を引かれたことに喜んだのではない。
セリリリスに手を引かれたことに喜んだのだ。
俺は心の叫びをぐっと我慢して村長の元にかけていく。
ちょっと遅れた俺たちにここがベストタイミングだと思ったのだろう、申し訳なさそうに村長は
「聖女様。失礼なことをお聞きになってしまうかもしれませんがよろしいですか」
「はい。なんでしょうか」
「その聖女様の隣にいらっしゃる男はどなた様でしょうか。アレフ様、聖女様と並び歩いているのですから、名のある方だとは思うのですが。どうも……」
言葉が最後になるにつれて消えていった。
セリリリスがチラッと俺の方を見る。正直俺はどうすればいいのか分からない。
勝手に勇者をここで名乗ってもいいのか、駄目なのか。
そんな俺の葛藤を見てセリリリスはどう思ったのか分からないが
「今は秘密です。でもきっと近い将来、知ることが出来ますよ」
その答えに村長は首をかしげながら
「分かりました。聖女様がおっしゃるならスゴイ方なんでしょう。詮索するのはやめます」
でも村長が俺に向ける訝しんだ目は変わることがなかった。
これはきっと俺の正体を詮索している目だ。
ロリコンを見下している目ではないはずだ。
「ここです。聖女様ここに女神像があります」
あまり広くない村なので目的地にはすぐに着いた。
広間から奥にちょっと歩いた村長の家の横にそれはいた。
この村ではなにかあつと村長の家に集まって会議や宴を行うそうだ。
そのため村長の家はちょっと小さめの体育館ほどの広さがあり、家と言うより集会場のようだった。
セリリリスは、それに一歩一歩噛み締めるように近づく。
神に近づく真っ白な聖女。
絵画にありそうな情景だ。
美しい女神をモチーフにして作ってあるそれはあまり信仰心の無い俺ですら、なにか神々しさを感じるものだった。
高さは子供の背丈ほど――丁度セリリリスと同じくらいである。
石を切って作り出したそれは女神像と言うよりどちらかと言うと、お地蔵様と言う方が俺にとっては馴染み深い気がする。その女神像は、これまた日本で言うところの祠のようなモノに入っていた。
毎日掃除しているのか外に置いている割に苔がこびりついていたり、蜘蛛の巣が張っていたりすることはなく、かなり綺麗な状態で祠の中に入っている。
女神像の前にはお供え物なのか、少量の食べ物と酒らしきモノが納められている。
こういう文化は世界共通なのだろう。
その女神像の傍までよって、隅々観察していたセリリリスは一つ頷く。
「きちんと信仰しているようですね。これなら特に問題もないでしょう。使わせてもらいます」
振り返りながら俺と村長に言葉をかける。そこで俺の方にちょいちょいと手招きをする。
俺はその手招きに吸い寄せられるように、セリリリスへ素早く近づく。
傍まで寄った俺に彼女は、村長から死角になるように、頭を下げて耳を近づけてとジェスチャーで指示がくる。
俺はその通りに彼女の口元へ耳を近づける。
村長に聞かれないようにした配慮だと思うが、やはり彼女とここまで近づくと心臓がドキドキして、顔が赤くなる。
彼女の声が俺の耳に掛かるとこそばゆい。
「勇者さま。私は今からここで小さな結界をこの村全体に張ります。なので、当分この場を離れられないです。一緒に居ることが出来なくて、申し訳ありません。でも、勇者さまなら大丈夫です。ご自分を信じてください」
そう言って、俺の頬っぺたにその小さな唇をくっつけた。
俺の顔が茹蛸のように真っ赤に染まる。と同時に、セリリリスの顔真っ赤に染まった。
「……これはおまじないです。……これでもうなにも心配しないで大丈夫です。…………恥かしぃ…」
セリリリスの小さな唇が、小さな声で言葉をぼそぼそと紡ぐ。
すぐそばにいる俺ですら微かにしか聞き取れない。
でもこれも彼女なりの励ましなんだろう。
前の村を出発して、クヨクヨしていた俺を鼓舞するためにやってくれたんだろう。
おおう、頑張るよ。
そりゃあ頑張るよ。
好きな女の子のキスで頑張れない男がどこにいる。
単純だあ。単純だよ。
でもそれでいいんだよ。
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
「はい」
ただお互い相手の目は見れなかった。
俺はゆっくり立ち上がり。その祠を後にする。
そこには絶対に守らないといけない人がいるんだ。絶対に彼女には触れさせない。
そう俺は、心に決めた。
「……勇者さまなら大丈夫なはずです。でもまたキスを……。ホント恥ずかしい」
「おお。戻ったか、聖女はどうした」
俺は広場で戦いの準備を着々と整えているアレフの元に戻った。
横にいた村長は急に顔つきの変わった俺に驚いているようだったが彼と話している暇はない。
早く魔族の侵略に対する準備をしないといけないのだから。
「セリリリスは今結界の準備をしている。俺になにか手伝えることはないか」
「どうしたいきなり。やっとやる気を出したのか。……そういえば先と顔つきが変わったな。戦う男の顔になった」
「当たり前だ。いつまでもウジウジしてても仕方ないだろ。大事なのは切り替えだろ」
「確かにな。それで、聖女となにがあったんだ?」
アレフが楽しそうに笑いながら俺に茶々を入れてくる。
しかし、もうそんなので乱れる俺ではないのだ。
「なんのことかな、アレフ。俺は元々守るために、助けるために戦うんだ。それを再確認しただけだよ」
「アッハッハッハ。そうか。まあお前がそう言い張るならそうしておこう。この戦いが終わったらゆっくり聞こうとするかな」
アレフが死亡フラグのようなことを口にするが、こいつなら絶対に死ぬことはないだろう。
こいつが負けるところも、死ぬところも全く想像がつかない。
「それで俺はどうすればいい?」
ここは戦いの専門のアレフに委ねるしかない。
「う~む。やる気が出たのは良い事なのだがな~。お前特に今なにも出来ないだろ」
……はっきりと言われた。
確かにその通りなんだが、やる気がやっと出た奴に言うセリフではないだろう。
と、アレフは神妙な面持ちに変わる。
スイッチを入れたのかもしれない。やはりオーラが全く違う。
仲間の俺ですら威圧感でなにかが漏れそうになるほど怖い。
「お前には最終防衛ラインを任せるつもりだ。俺が最前線で悪魔の加護持ちの魔族と戦い、聖女が中間で結界を張り、村の男衆で雑魚の魔族を叩いてもらうつもりだ」
「??? もうちょっと詳しく頼む」
「俺が加護持ちの魔族を一騎打ちで殺る。奴はこの場にいる人間なら俺しか太刀打ちできないだろう。聖女ですらもしかしたら、一対一では負けるだろう。いやむしろ俺ですら気を抜いては勝てない相手なはずだ」
「本当に大丈夫なのか? それ」
「心配するな。一騎打ちなら負けん。だから出来るだけ一騎打ちをする環境で奴と戦いたい」
アレフが付きっきりでないと倒せないのがいるというのは、前から聞いていたのだが衝撃だった。
そんな強い奴がこの世にいるのか。
いやでも一騎打ちなら負けることはないみたいだし、そこまで心配するほどのことではないのか……
「そういえば敵の数とかは分かっているのか?」
「前の村の襲撃の様子から、加護持ちの魔族以外は数体だろう。加護持ちも一体しかいないはずだから、全部で敵は10体もいないはずだ」
なるほど、あまり敵は多くないようだ。
その二桁に行くかどうかの数で先の村の住人は全員惨殺されたのか。
それを思うと人間と魔族の力の差が如実に感じられた。
「また聖女の結界はお前が召喚された時のようなモノとは違い、魔族は中に入って暴れるだろう」
「じゃあ一体結界にどんな意味が」
「聖女は内部の魔族を弱体化させ、人間を強化させる結界を作るはずだ。それなら村の男衆も戦いの頭数に入れることが出来る。この村で戦える年齢の男は50人ほどしかいない。しかもそいつらは全員戦士ではないただの農家をやっている村人だ。そんな奴らでは普通の魔族でも太刀打ちできないだろう。だから聖女の強化結界が役に立ってくる」
「それで村の男衆には戦ってもらうってわけか」
「そういうことだ。そしてさっきも言った通り俺は加護持ちと戦う。加護持ちは頭も良いはずだから簡単に結界内に入っては来ないはずだ。自殺行為はしてこない。だから、俺が村の外でそいつと一騎打ちをする予定だ。俺が加護持ちの魔族を倒せれば、頭のいなくなった魔族たちは総崩れになるだろう。そうなれば俺たちの勝ちだ。だから俺が加護持ちを倒すまで粘ってもらう必要がある」
「じゃあアレフ以外で、村に入ってきた魔族を個体別に倒していくという感じになるのか」
俺の言葉にアレフは満足げに頷く。
一応加護持ち以外の魔族が村に入ってくるか聞いたが、そいつらは人間の臭いを嗅いだら理性もなくなるので、簡単に村の中に入ってくるそうだ。
目の前の人間を殺すことに躍起になるみたいだ。
この戦いで番危ない橋を渡るのはアレフだろう。
たった一人で悪魔の加護持ちの魔族を相手にし、しかもその相手に村のことを気にしながら戦う必要があるからだ。
大変だし、きついだろう。
でもこいつは誰にも泣き言を言わないし、弱い姿を見せない。
ただ王者として君臨しているだけだ。これが覇王の血なのだろう。
そして、こいつが負けるわけがない。
この男が負けるはずがないのだ。
ということは、この戦いは村の中にいる俺と男衆がどれだけ個体別に魔族を倒せるか、そしてアレフが加護持ちを倒すまで持ちこたえられるかに掛かっているのだろう。
アレフが勝ったところで中の俺たちが全滅していたら意味がない。
「ただお前にはさっき言ったが、最終ラインの防衛をしてもらうつもりだ」
「えッ? 俺も男衆と一緒に魔族を倒すんじゃないの?」
「いや違う。お前は個別撃破に行かなくていい。お前の時間制限のある力を一体に向けるのはもったいない。お前は、この村に住んでいる戦えない者と聖女を守って欲しい」
「……分かった。でも村の戦えない者は分かるがなんでセリリリスなんだ? 彼女なら一人でも余裕がありすぎるんじゃないか」
「結界を作るとき聞いてなかったか、いくらあいつが聖女で、女神の依代の力を借りるとしてもこの村全部覆うほどの結界を張ったら、他のことは全く出来ん。無防備だ」
「じゃあ。俺がセリリリスの身を守るってことか」
「そういうことだよ。お前が彼女を守り切らないと彼女が死ぬ可能性がある。まあ聖女のことだから死ぬ前になんとかするだろうがな。しかも彼女がやられたら結界も無くなってしまうだろう。そうしたら村の中の者では普通の魔族にも成す術がないだろう。ただただ惨殺されることになるぞ」
……予想より俺の役目がかなり重大だった。
でもさっき心に決めたんだ。
セリリリスを守ると。
なにがあっても守ると。
「戦えない女子供やお年寄りは、村長の家に全て集めているはずだ。あそこが一番広い建物だからな。お前が見てきた女神像もすぐ傍にあったのだろ。だから聖女も今は村長の家にいるはずだ。
いいな、しっかり守れ。
戦う者が死ぬのは仕方ない。
しかし、戦わない者・戦えない者は死んではならんのだ。弱き者を守るために、戦う者は命を懸けるんだ」
「……はい」
「いい返事だ。サトシ。守るぞ」
アレフはそう言い残し、男衆への指示を飛ばしに戻る。
今から一番の強敵と戦うはずの男の目には、なにが映っているのか
今の俺には見当もつかなかった。
感想、ブクマお待ちしております。
更新止まってしまい申し訳ないです。