第12話 まだ誰も勇者の力を知らない
アレフが一目散に村を目指し馬車を操っている。
荷台にもガタゴトとした多少の揺れではなく、たまに体がガッと宙に浮くほど激しい揺れが続き緊張感が増してくるのが分かる。
背中が痛いとか愚痴れっている場合ではない。
体中に震動が来るので、なんとか振り落とされないように荷台の横の柵を必死に掴んでしがみ付いている。
セリリリスを横目で確認するが、彼女も俺と同じように荷台から落とされないように柵にしがみついている。
俺がもうちょっと出来た男なら、彼女にそんな無理をされないだろうが、あいにく俺も自身が振り落とされないようにするので精一杯でそこまで、気が回らなかった。
馬車は飛ぶように走り、村を目指す。
なんとしても、敵の魔族より早く村に着かないといけない。
さっきの村のようなことは、もう俺の前で起こって欲しくない。
頼む無事でいてくれ。
そんな祈りを乗せ、馬は力強く地を蹴りそのスピードを落とすことはなかった。
アレフが必死に馬車を飛ばしたおかげで、行きは1日以上かかった道のりをたった半日ほどで戻ることが出来た。
辺りは徐々に暗くなり夕暮れ時が近くなったその時、俺たち三人はやっと村の全貌が見える場所まで帰ってきた。
「よかった。まだ無事なようだ」
御者台からアレフのそんな声が聞こえる。
村からは少し声が漏れてきて、家にある煙突からは煙がモクモクと上がっている。
丁度夕飯の仕度でもしているのだろう、少し腹を空かせる臭いがしてくる。
思えばあの村で吐いてしまってからなにも食べてはいなかった。
朝から夕方まで、ひたすら荷台にしがみついてここまで来たのだ。
一刻も早く着きたかったので、休憩もなしにノンストップで走ってきた。
勿論体には疲れも溜まっている。
それはずっと御者台で馬車を操っているアレフも俺と同じように荷台にしがみついていたセリリリスも同じだろう。が、この二人は疲れの色も見せずに村を見つめている。
これから来るべき魔族の襲撃に備え、どう村を守るか神妙に考えているようだった。
俺も泣き言は言ってられない。
ここから俺が異世界に来て、一番の大仕事が始まる。
魔族と戦うのだ。
恐怖が体を蝕んでいくが、その気持ちに蓋をして俺も気合を入れる。
そうこう思っているうちに馬車は村にどんどん近づいていく。
村の前で番をしていた若者がシンロード王国の国旗を指している俺たちの馬車に気付く。
一度別の村に進んだ馬車が猛スピードで帰ってきたのだ。
なにか疑問に思うこともあったのだろう。
こちらを少し怪訝そうな表情で見つめている。
俺たちの乗っている馬車が番をしている若者の前で止まる。
若者は御者台のアレフを確認し、直立不動で立っている。
アレフが大きな声を張り上げる。
「今すぐに村長を呼べ。今すぐにだ」
そのアレフの圧倒的威圧感のある声に若者は後退りをしながら
「は、はい」
と怯えた返事をして村に入っていく。
アレフはそのまま門番が消えた、村の中に馬車を進めて行く。
先に訪れたこの村は、人口200人ほどのあまり大きくない村だった。
村には入り口らしきモノが一つだけある。その入り口もボロいアーチが掛かっているだけだった。
村をグルッと柵らしきものが囲んでいるが、その柵もオンボロで入ろうと思えば入り口以外でも、どこからでも入れる状態だった。
村には特になにか施設があるわけではなく、大きな広場が村のど真ん中にあるだけで、そこが村唯一の交流場だった。
番をしていた若者の慌てっぷりとアレフの大声が聞こえたのだろう。
村にある、粘土作りの家からワラワラと人が何事だろうと出てくる。
俺たちの姿を見ると一同は安心したような顔をするが、中には一昨日出て行ったのになぜ帰ってきたんだ? そんな顔をする者もいた。
走って村長の元に行ったんだろう若者が息も絶え絶えになり戻ってくる。
「ハア、ハア、ハア。村長呼んできました。もうすぐ来ると思います」
「分かった。ありがとう。若き者よ」
アレフがそう声をかけると、若者の顔がパッと明るくなる。
頬にも赤色が滲んできている。
こちらこそ。
そんなことを言いながら何度も頭をぺこぺこ下げている。
アレフに礼を言われるのがそれほど嬉しいことなのだろう。
それほどアレフは尊き者であるのだろう。
馬車はその若者に導かれるまま村の広場に案内される。
その場に馬車を移動させて行くと、ワラワラと出てきた住人も一緒になってついて来る。
馬車が広場に着いた時には、その村の住人殆ども広間に集まっていた。
やっと俺は荷台から降りて地に足を着く。
久しぶりの地面だ。
これだけ長い時間乗り物に乗って揺られている時間は人生初だ。
フラフラしている俺にセリリリスがやってきて、治療魔法の一種をかけてくれる。
全快とはいかないが、かなり体の負担がなくなる。
「どうでしょう。これで多少は良くなると思いますが」
「ありがとう。だいぶ良くなったよ。セリリリスもずっと飛ばされないように掴んでたけど、大丈夫だった?」
「はい。私は大丈夫ですよ。ご自分が大変な状態なのに私の心配まで……。やっぱり優しいですね」
そう笑顔を向けてくれる。
勿論白いベールで全体は見えないのだが。
そういえば、あれだけ風が吹きつけていたのにセリリリスのベールは一切靡かないで、顔を覆ってたな……
そんなそうでもいいことを考え出そうとしたときに、カツコツと杖を鳴らしながら村長がやってきた。俺はもうそのことを忘れ村長に注目した。
村長は俺たちに一つ頭を下げる。
腰も曲がり、杖を突いて歩いている老人の村長はゆっくりこちらに向かってくる。でも、農耕民族なだけあるのだろう、腰が曲がり杖を突きながらもその足取りは強い。
目力もしっかりしており、毎日田畑を耕し生きているだろうという人間だった。
村長下げた頭の対象に俺が入っているのかは謎だ。
俺は前来たときもすっと荷台の上で魔術の練習をしたからあまり関わってはいなかったのだ。
だからこの村でも俺はよく分からない三人目と言う立ち位置だった。
次期覇王と聖女と旅をしているのならば、高貴な者なのかな? そんなちらっとした視線が来るが、ナヨナヨしている俺の姿を見るとすぐにその視線は無くなっていた。
それほど俺は目立たなかったし俺を勇者だと追う人間など、この場には一人もいなかっただろう。
「どういたしましたか? アレフ様に聖女様。次の村を目指すと出発して2日。なにかあったのでしょうか」
その村長の質問にアレフは一切の躊躇をせずに答える。
「次の村に魔族が現れた。俺たちが着いた時には、あの村の住人『全て』が亡くなっていた。次に標的になるのはこの村の可能性が高い。だからだ、俺たちがこの村を『守り』に来た」
アレフが先の村で起こったことを述べると、村人がざわつきだした。
馬車を使っても2日あれば優に着くし。歩いても一週間の距離だ。
ここは日本と違う。そのぐらいの距離は、物理的にも近い距離なのだ。
そんな、近くの村が全滅したと報告したら……
一人の女性が泣き崩れる。そこから後はもう言葉にするのが、不謹慎なぐらいな光景が辺りを包んでいた……
前の村の火事の様子も地獄かもしれない、でもこちらの悲しみも地獄のようだった……
息子が息子が……と泣く年老いた母親。
その母親を肩に抱き遠くをじっと見つめ瞬き一つしない父親。
先ほど泣き崩れた女性の周りには子供が三人ほどいて、彼女の背中を叩いている。
まだことがよく分かっていないのかもしれない。
ただ泣き崩れた自身の母親をあやしているようだった。
俺たちを案内してくれた若者もその場に立ち尽くしていた。
彼はなにも発しないし、動こうともしない。ただそれを受け止めようとしているだけだった……
このアレフとセリリリスを見ていたからなのか。
それとも俺にどこかそんな知識があったのか。
「生・死」が傍に寄り添っている者は、「死」に慣れていて平気だと思っていた。
それは根本が違った。
彼らは「死」に慣れているのかもしれない。
でも「死」に対する悲しみを持っていた。
「死」が平気な人間などいるはずもない。
勝手にこの世界の者は「生・死」が傍にあることが当たり前で、人の生き死にさほど悲しまないと思っていた。違ったのだ……
「生・死」が傍にいても、近しい者が死ぬのは悲しいのだ。
そう、当たり前のことだ。
俺はここである一つのことを知った。
「死」は残された者も辛いのだ。
死んだ者の「生」を知っているからこそ余計に辛いということを……
唇を噛んでいる村長がこちらに顔を向ける。
「アレフ様がおっしゃるならそうなんでしょう……。……残念です……。あの村とは交流も豊富で、血のつながりも多くありましたから……」
言葉を無理にしぼり出しているようだった。
そこで言葉を止めて、一度下を向く。
その顔を持ち上げる。
持ち上げた顔にはもう悲しみの色など殆どなかった。
「分かりました。その魔族がこの村を攻めてくる可能性があるのですね。私はこの村の村長です。
この村を『守り』ます。
アレフ様、聖女様どうぞよろしくお願いします」
そういって力強く頭を下げる。
村長の姿を見てだろうか、村の男衆もこちらを見て頭を下げる。
泣きじゃくっている女性たちも目に涙を浮かべながら俺たちに、頭を下げる。
最後に良く事の次第を分かっていない子供たちすらも頭を下げた。
その村にいる「全て」の人間が頭を下げたのである。
俺たちはそれほどの強さを持っていた。
強さとはそういうものだ。
俺たちの持っている強さは、こういう人たちのために使わなければいけない。
己の「守る」モノのために頭を下げ、懇願してくる人たちのために。
アレフがご自慢の大きな声をあげる。
「当たり前だ。俺たち三人も協力してこの村を『守る』。そのために俺たちは戻ってきたんだ。じきに夜になる。その前に準備を整えるぞ」
親父譲りのカリスマ性のある奴だ。
アレフの声に村人が声をあげる。もうそこに悲しみを叫ぶ人間はいなかった。
ただ前を見て、自分たちで生きようともがく人間しかいなかった。
言うがいや、アレフは俺たちを振り返り
「俺が作戦を立て、村人に指示を出す。それでいいな」
「はい。アレフ様」
「ああ、俺はなにもよく分からないし……」
アレフが俺たちの返事に頷き、まず村の男衆を集めに掛かった。
男衆はアレフの号令に素直に従い集まる。
士気は高い。
次期覇王直々の指揮なのだから、それは士気も上がるしやる気も満ちるだろう。
しかも全員の目が血走り本気で守るという決意が感じられる。
集合した男衆の中には、村の番をやっていた若者も交じっていた。
セリリリスは俺の横から前にいる村長に声をかける。
「村長さん、この村には教会はありますか」
「申し訳ございません。教会はこの村には」
「……そうですよね。でも、女神様の像は置いてありますよね」
「はい、勿論です。こちらにございます」
村長がセリリリスを促して歩き始める。
セリリリスは俺の方を一度見て、
「一緒に行きますか? アレフ様の方に行っても多分……」
アレフは男衆を集めてなにやら力仕事を行うようだった。
それならば俺が行っても邪魔になってしまうだけだろう。
正直俺は手持ち無沙汰で、戦闘が始まるまで役立たずだし、セリリリスのその言葉に甘えて彼女と村長と女神像を見に行くことにした。
そんな俺を
なんでこいつ着いて来るんだろう……
一体誰なのだろう……
そうとでも言いたげな目で村長が見つめる。
もしかしたら、
いやもしかしなくても、
さっきの村人全員が頭を下げた対象に俺は入っていなかったのかもしれない……
……俺は勇者だ……
……一応な
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明日は二話投稿を行う予定です。
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