第11話 勇者の生きる道
馬車から降りた俺たち三人は、その焼け跡となった村をあっけにとられたように見つめていた。
まさかこんな風景をリアルで見るとは全く思ってもいなかった。
そこは村が在ったと教えてもらっていなかったら、なにがなんだか分からなかっただろう。
それほど、その村の跡は混沌としていた。
村の中ではまだ火の手が微かに上がり、煙が昇っている。
鼻に焦げたような臭いが突き刺さる。
その煙の臭いは俺の良く知る、タバコと似ても似つかなかった。
シンロード王国の城下町では煉瓦造りの家が多かったが、農村地帯になると藁を粘土で固めた家か、木材で作られた家が殆どだった。
そのため、一度火がついたら火は留まることを知らずに燃え広がるはずだ。そして燃え広がった火は、家とそれ以外のモノを焼いて回ったのだろう……
辺りには家が焦げた臭い、物が焦げた臭い…………
……そして人間が焦げた臭い、死の臭いが所狭しと漂っている。
俺はその死の臭いを嗅いだ瞬間、胃から昨日食べた肉とスープが上がってくるのを感じる。
目の前の光景と死の臭いがリンクし俺に襲い掛かってくる。
込み上げていた元夕食をなんとか気合で押さえつける。ここでゲーゲーしていても仕方ない。
俺は足をガクガク震わせて、その村の残骸を見ている。
生まれて初めて嗅ぐ死の臭いにここが異世界で死が近くにある。というのを改めて見せられ怯えていた。
しかし、怯えている俺と違いアレフとセリリリスの行動は早かった。
「聖女よ。お前は辺り構わず、水魔法をかけろ。とにかくこの火の手を抑える。後は治療魔法の準備だ。」
「はい。分かりました」
そう言ってその甚大な被害を受けている村に飛び込んでいく。
アレフは俺のことを視界で捉えるが、俺の顔色とガクガク震えている足を見て察したのだろう。
「サトシはそこで待っていろ。お前が平和な国から来たことは前にお前から聞いた。この状況に慣れてないんだろう。せめてそのタバコとやらと『恒河沙』だけは準備しておけ。なにが出てくるか分からん」
俺が日本と言う平和で争いの無い異世界の国から召喚したことも話したし、タバコが強化能力のキーアイテムということもこの二人は知っていた。だからなのだろう、なにがこの村から飛び出してくるか分からない状況では、万全を期す必要がある。
俺は震える指でなんとか内ポケットの「LUCKY STRIKE」に手を伸ばし、一本抜く。
この状況でタバコを吸ったら確実に色々な物がリバースされるだろうが、今それを言っている場合ではない。
セリリリスもそのアレフの声を聞き、俺の方に振り返り
「しょうがないです、勇者さま。誰もが始めは通る道です。この世界ではこういったことがどこかしらで起こっています。だから、私たちはこういったことが起こらないようにするために、魔王を倒すのでしかないのです」
そう言い放ち、二人は村に入っていった。
そこからの数時間は、いやもしかしたら数時間も経っていなかったかもしれない。
数分だったかもしれないし、数十分だったかもしれないし、数時間かかったのかもしれない。
少なくとも俺の時間の感覚は狂っていた。
俺は、二人の活躍を村の外から震えながら見るしかなかった。
セリリリスが手を構えると、どこからそんな量の水が出るのか分からないぐらいの水が出てきて、火種をドンドン消していく。彼女が通った後には煙一つ上がらず完璧に消火しきっていた。
アレフは村の奥へ、奥へと入っていき、まだ燃えている家の中に飛び込んで人間らしきモノを担いでセリリリスの元に走ってくる。その速さは俺の鍛えていない動体視力では追うことすらできないほど、速い。あっちに行ったりこっちに行ったりを繰り返している。
しかし、セリリリスはそのアレフが担いできたモノを見ても首を横に振るだけだった。
二人の懸命な救助活動は続いていく、しかし俺はそれに加わることすら出来なかった。
右手で取り出した「LUCKY STRIKE」を一本握りしめて、震えているのが精一杯だった。
怖くて、怖くて、そして何も出来ない自分に情けなくて、いつの間にか地面にへたり込んでいた。
勇者だと言われているが、このタバコを吸わないと俺は無力だ。
もし吸ったとしてもここでカッコよく助けに加わることは出来たのだろうか。
目の前の「死」に怯えていてなにが勇者だ。
と自分の中のなにかが怒る。
しかし同時に
まだ勇者見習いなのだから、あの二人に今回は甘えましょ。
次にこの経験を生かして頑張ればいいのよ。
そんな声も聞こえる。
己の中で声同士がぶつかり合って、俺の中で渦巻く。
逃げてしまいたかった。
でも、それはしなかった。
それは成長と言っていいだろう。
この世界に来て変わったことだろう。
誰かに託されているという思いが生んだ力のはずだ。
でも動くことは出来なかった……
ただ、村の外で二人の雄姿を見ていただけだった。
二人が顔と体中を煤だらけにしながら俺の待つ村の外へ帰ってくる。
アレフもセリリリスも憔悴し、そして重苦しい顔だ。
村の外に出て俺の横に来るとアレフはドカッと俺の前の地に座り、セリリリスもペタンと俺の横に座った。
この旅が始まって地面に座るときのフォーメーションはずっとこうである。
アレフが重そうに口を開く
「今全ての火は消してきたこところだ。村人は全部村の広場に集めてきた」
広場に集めてきた。
なにか引っかかる言い方である……
……本当は俺も見て、気づいていた。
自分の足で歩いている村人は一人もいなし、アレフがセリリリスに見せても彼女は治療魔法を使っていなかったことに……
でも、俺は期待を込めて聞く。
この二人がこれだけ心身ともに疲れるほど頑張ったんだ。そんなはずはないはずだ。
この二人はスゴイのだ。
それはここ数日だが間近で見ている俺が一番よく知っている。
「それで怪我人はどのくらいなの。この村の復興の手伝いをした方がいいんじゃないかな」
俺の声にも悲壮感は漂っていただろう。
俺のその質問を聞きアレフはゆっくり瞼を閉じる。
そして一呼吸置き、言葉を発する。
「残念だが、この村の住人は誰一人も生き残ってはいなかった。全滅だ」
辺りを沈黙が支配する。
俺の鼻が、死臭の残り香を捉える。
ゆっくりと喉の下からなにかが持ち上がってくる。
今度はそれを押さえつけることはなかった。
俺は地面に顔を伏せ、沸き上がってきた物をすべて出す。
その場には俺の苦しそうな音のみが響く。
ゆっくりゆっくりとセリリリスの小さな手が俺の背中を撫でる。
大丈夫、大丈夫と俺に優しく語り掛けてくるその手に任せ、俺は全て吐き出す。
心の中で渦巻いていた、気持ちすらも吐き出そうと……
どのくらい時間が経っただろうか、胃の中が空になり物理的に吐く物が無くなっても俺はなにかを吐き出したかった。でもそれは無駄だったようだ。
そしてその間ずっとセリリリスは俺の背中を擦ってくれていた。
いつまでも俺が迷惑をかけるわけにはいかない。
俺は口を雑に左手で拭う。
ずっと右手で持っていたタバコはフィルター部分がシナシナになっている。
それに構わずブレザーの前の胸ポケットにしまう、ソフトケースの「LUCKY STRIKE」は一度出したタバコを戻すのは至難の業なのだ。そういうことが冷静に考えられる自分に驚くが、こうやって人間は少しづつ慣れていくんだろうとなにか達観したような考えが頭に浮かぶ。
やはり、一度吐くとスッキリするんだろう。
俺はやっと地面から顔を上げ、すっと俺に視線を送っていたアレフの目を見る。
「やっと顔を上げたか、勇者。だが、お前はそれでいい。一度や二度、いいや何度でも顔を下げるのは仕方ない。でも最後にお前は顔を上げる必要がある。
最後にお前は笑い、敵は泣く。
それで皆が幸せになるんだ。
それで助かるんだ。
それが勇者の生きる道だ。分かったな」
「ああ、分かった。
絶対に最後は顔を上げて、笑ってやる。それで皆助かるんだろ。
俺が、俺が、俺が、助けられる人間になってやる。
絶対に救ってやる。
それでいいだろ」
「それでいい。お前は勇者。唯一魔王を倒せる者だ。それで皆助かる」
その時の俺の顔はみっともないものだっただろう。
自分の吐瀉物で顔は汚れてるし、目には涙も浮かんでいる、勇者のくせしてこの村のために何一つ出来なかった。
全てが最悪だ。
でも、でもだ。
この世界に来て、人間のリアルに触れている。
人間とリアルに触れあっている。
向こうの世界のように、どうやれば人と距離を置けるのかとかそんなことを手探りにやっていた、虚偽じみた人間関係とは全然違う。
人間の生死の境がそのまま肌に感じられるこの世界。
「リアル」がある世界で俺は生きて、人を助けないといけない。そのために頑張る必要があるのだ。
セリリリスが俺の手を握り微笑みながら、語り掛けてくる。
「先ほど言った通り、誰でも最初はそうなんです。でも最後に魔王を倒せば勇者さまの勝ちなんです」
彼女には感謝しても、しきれないだろう。
覇王の間ではかなり強気に出ていた俺も、時間が経てば経つほど己の弱さが分かってしまい、この世界での自信がなくなってしまう。
でも彼女のおかげでその無くなりかけている自尊心を保つことが出来ている。
この世界に来て、セリリリスと会えてよかった。
最近沈むことが多い、この心にはオアシスとなって彼女は居てくれる。
俺は無言で頭を下げる。
セリリリスはその姿を見て、ちょっとなにか思うことがあったのか、数秒思考して俺の頭を撫でてくれる。
彼女には良くやるが、やられるのは初めてだ。
これはこれでいいもんかもしれない……
「それでだ、サトシ。新しい問題が山積みになってしまった。俺と聖女はとりあえず、亡くなった村人を全て火葬するつもりだ。このまま放っておくわけには行かないからな。お前はその現場にいない方がいいだろう。まだ見るのは早い」
「分かった。お言葉に甘えさせてもらう。申し訳ないな」
「困った時はお互い様だ。俺もお前に勇者と言う枷かけているかな」
そういって久しぶりにアレフがガハガハと父親譲りの大きな声で笑う。
「で、その後のことを話しておきたい。火葬した後私たちは、一つ前に寄った村に戻るつもりだ」
「それはそうだろうな。この村で起きたことを伝えないといけないしな。そういや村で火事が起こった理由はなんなんだ。燃えやすい材質だし、どこかの家から燃え移ったのか」
俺がその理由を問うとアレフは笑うのをやめる。
真っすぐな視線が俺にぶつかる。
「それを話しておきたかった。この村で火事が起こった理由と村人が『全て』亡くなっていた理由だ」
アレフは「全て」を強調する。
そして懐に手を入れ、ある一つのモノを取り出す。
「これがなんだか分かるか」
アレフの取り出したのは、真っ黒の羽だった。
「いや分からない」
「そうだろうな。こんな真っ黒な羽が生えている生き物を俺は一つしか知らない。これは魔族の羽だ」
魔族。
今獣族と人間と戦争中の生き物だ。
そんなモノの羽がここにあるということは、答えは一つしかない。
「この羽を見てある仮説を俺と聖女は立てた。この村は魔族によって滅ぼされた。村人は火事によって亡くなったのではない、「全員」殺されていたのだ」
アレフはその羽を睨みつけている。
「ここまで人間を虐殺しているということは向こうに悪魔の加護持ちの魔族がいる可能性がある。フツーの魔族ならここまで残虐に殺さないだろうし、圧倒的な強さを持って村を破壊していたのが跡を見れば分かる。後は、セリリリスどうなんだ」
「はい。私は天使の加護がついているので、悪魔に対しては敏感です。この村の大虐殺の跡には、微かに悪魔の加護の力が感じられました」
「そういうことだ。多分その魔族はこれからも人間を襲い続けるだろう。あいつらはそういう種族だ。だからだ、俺たちは一度前の村に戻って、この村が魔族によって滅ぼされたことを報告し、魔族をその村で待ち伏せして打ち倒す。
いけるな、勇者。頭数には入れさせてもらうぞ」
悪魔の加護持ちの魔族。初めての実践には十分すぎる相手だろう。
セリリリスが天使の加護を持っているからここまで、人外の強さを見せている。
それの魔族版だ。
弱い訳ないだろう。
そいつはこの村の人を全て殺している。そいつにこの村の人の命を奪う権利などないだろう。そしてその魔族を見逃したらこれ以上の被害が出るだろう。だからどこかで、そいつを倒さないといけない。
そいつも打ち倒すのが勇者の仕事だし、このパーティの意義だ。
俺は首を縦に振り、肯定の意を知らせる。
「出来るだけ急いで戻るぞ。前の村がいつ魔族に襲われるか、分からないからな」
言うが否やアレフは立ち上がり仕度を始める。
アレフの顔にはいつになく緊張感が走っている。
悪魔の加護を持っているというのはそれほど、強いモノなのだろう。
アレフが戦闘態勢に入るというのはそれほどのモノだし、セリリリスも準備を入念にしている。
もしかしたら今から行う戦いは、かなり激しいモノになるのかもしれない。
勿論怖いが、俺は最後に笑いたい。
この3人で笑いたい。
そして前に訪れたあの村を守りたい。
俺は二人が村人の遺体を焼くのを外から眺めていた。
煙が一筋、空に伸びていく……
これ以上こんなことは増やしたくない。
俺は決意を固め守るべき場所を目指し、アレフとセリリリスと共に前の村を目指した。
本日も朝投稿となっております。
感想、ブクマお待ちしております。
今回の土日ではどちらか一日、二投稿を行います
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