第10話 インドア派でも異世界の旅は楽しい
ガタゴトガタゴト、音を立てながら馬車は進む。
俺は荷台でしかめっ面になりながら、魔術の練習を行っている。
シンロード王国を出発して一週間いつもの荷台の光景である。
「サトシよ。まだ使えるようにならんのかお前は」
そんな声がいつものように御者台から聞こえる。
そいつは人界の王、覇王の第一子アレフだった。アレフは退屈そうに馬を操っている。
王国を出発して一週間特に大きな問題も起こることなく進んでいたため、アレフは体を動かしたくてウズウズしていたのだった。
俺の隣ではそんな四苦八苦している俺を励ましてくれている少女がいる。
「大丈夫ですよ。もう少しで出来るはずです。才はあるんですから頑張ってください。勇者様!」
この少女はセリリリスだ。
彼女は王国では名のある聖女として活躍していた。でも今は俺と世界の危機を救うため旅をしている。初めに異世界に召喚された俺にセリリリスはいつもぴったりと寄り添ってくれている。そんなセリリリスに特別な愛情を持って……
地球では断じてロリコンではなかったはずだ。でも今は……
俺はずっと唸っていた。
セリリリスから魔術について基本的なことは教わったが、全然使うことが出来ない。
体の中に渦巻くマナを感じることは出来るようになってきたが、それを体の外に魔法として出すことが出来ないのだ。
これが一週間も続けば気も参ってくるだろう。
勿論地球に比べれば娯楽などない。このガタゴトと揺れる馬車の上でやれることと言ったら、体を動かすトレーニングか、二人と話すことぐらいしかないのだ。
でもその話が楽しい。
人とこんなに話をずっとしているという環境は今までなかったことだ。
話を続けるというのは苦手だし、誰かとずっと話をすることなんてしなくても生きてこれた。無理矢理そんなことをしなくてもよかったのだ。
二人きっりで気まずくなればスマホ弄ればそれだけで終わる。面を合わせて語り合うこと自体殆どなかった経験だ。
セリリリスは知識量が半端なくて、俺がこの世界のことを聞くとなんでも答えてくれる。小さな体を使ったジェスチャー交じりの話は聞いていて微笑ましいし、ためになる。
アレフは戦いの話をしてくれる。己が参加した、獣族対魔族の話を着色もなくただ淡々に話してくれる。聞いていて恐怖を覚えることもあるが、やはり俺も男だ。
武勇伝には憧れるし、聞いていてテンションも上がる。
正直まだ俺は人を、生き物を殺していない。
周りが殺されたという話は他人事で聞いている。
この世界に召喚されて、2週間だが死線を渡るような戦いは経験してない。
シンロード王国の広間でやったのは模擬戦だし、日本と言う平和ボケした国で暮らしていた俺にとっては「生死」は近くて遠いものだった。
だからだろう、俺は浅い部分でしか分かっていなかったんだと思う。
『守る』ために命をかけ、『守る』ために何かを殺すということを……
「よし今日はこの辺で一回止めよう」
アレフが一度馬車を止める。
急ぐ旅であったが、荷台を引く馬は生き物だ。その馬を休めるためにこうやって、日に何回か休憩を行っていた。
その休憩のたびに俺はアレフから剣術を教わっていた。
俺はこの世界に召喚された時に、覇王から妖刀「恒河沙」を授かった。
この「恒河沙」は質量がなく、力の無い者でも自由自在に操ることが出来る細身の刀だ。
切れ味も半端なく、その切れ味は覇王直々のお墨付きである。が、良いことばかりではない。この「恒河沙」はある悪魔の加護がついている。悪魔の加護について、二人に聞いたこともあったがはぐらかされて終わってしまった。
でも、神の加護がついている俺にはその神以下の加護はあまり効力を発揮しないそうだ。だから今も変わらず腰に差している。
ちなみにアレフが背に背負っている幅広の剣は「不可思議」というものらしい。
俺が貰った「恒河沙」と同じ覇王の一族に伝わる剣らしい。
一度持たせてもらったが俺の腕の力では持ち上げることすら出来なかった。
アレフとの剣術の練習はもっぱら模擬刀を使った素振りと、アレフとの打ち込みだ。
まだ模擬刀を持たして貰って数日だからか、直ぐに筋肉痛で動かなくなる。するとセリリリスがしゅたッと現れて、治療魔法をかけてくれる。
アレフにボコボコにされても彼女が直ぐに治してくれる。
そんな直ぐにちゃんと直されても、ボコられるのが早くなるだけなのだが……
休憩のたび毎日体を痛めつける。そんな生活を送っている。
今日もそうだ。
決められた数の素振りをこなした後に、アレフと打ち込みをする。俺がいくら打ってもアレフには届かない。
そんな駄目な勇者に彼は、眉一つ潜めず付き合ってくれている。
たまにアレフからカウンターが飛んできて、俺の体を強く打つ。
アレフは木刀で稽古をつけてくれるのだが、木刀が当たった俺の体みるみるうちに赤黒くなり、腫れてくる。
痛い。
フツーに痛い。
たった一発でだ。しかも頭や急所を叩かれているわけではない。比較的肉付きの良いとこを選んで打ってくる。
それでも俺はその一回で、地面に蹲る。
こんな痛みを感じること自体今までの人生では殆ど経験していなかったことだ。
荷台に足をブラブラさせ見ているセリリリスは、俺が蹲るたび近づいて治療魔法をかける。
そしてアレフからのアドバイスが始まる。
今のは太刀筋には力が入っていたぞや、もっと頭を使って攻撃しろ、そんなような感じだ。でも毎回しっかりと親身になって教えてくれる。
日本ではこんな大人いなかったし、こんな毎日に充実感がなかった。
なんのために勉強していたか分からなかった。勉強して受験して、良い大学に入って、良い企業に就職する。それが成功者、勝者とされていて、その道を歩くことを強要されていた。
俺はそれが嫌だった。
でも逃げる勇気もなかった。
それと戦う勇気もなかった。
そして力もなにもなかった。
だから、その道になんとかしがみつこうと毎日もがいていた。
でもその道に近寄れば近寄るほど、俺の体には漠然とした不安が纏わりついてきて、そのまま沈んでしまいそうだった。
そんな俺をこの世界は引っ張り上げてくれた。
毎日の魔術の勉強は上手くいかないが楽しいし、剣術も体を使うから苦しい。
でもその苦しさが今後の自分のためになるとしっかり分かるから頑張れる。
未来に使うことを学べている今が一番楽しい。
友達も、親も、知り合いも誰もいない。
でも俺の人生17年間で一番充実している時間だ。
「そろそろ日が沈んでくるな。今日はこれで終わりだ。後は明日にしよう」
アレフがそう言って訓練をやめる。
俺はいつまでもやっていたいが、このアレフ先生には考えがあるのだろう。
そう言えば、一度訓練中に「先生」と呼んだが、向こうに断られた。
勇者に先生と言われるのはなにか違うそうだ。
俺はここまで親身になって教えてくれるなら、せめて訓練中は「先生」と呼びたかったのだが、そこも対等で良いというのが彼の意見だった。
相手が嫌がっているので俺も無理に先生と言うのはやめて、アレフ呼びのままだ。
――ちなみにセリリリスに先生と言ったら、すごく申し訳なさそうな顔で謝られたので、こちらもそのまま呼び捨てだ。
俺は汗と疲労に塗れた体でアレフに一礼してその場に倒れる。
今日も疲れた。いい一日だった。
セリリリスがテトテトと俺に近寄ってきて、治療魔法をかけてくれる。
彼女に魔法の使える限界を聞いたが、凄く沢山という漠然とした答えしか返ってこなかった。彼女の体の中のマナは一体どうなっているんだろうか。
一瞬で楽になった体を起こす。
「セリリリスいつもありがとね」
「いえいえ、勇者さまも頑張っていますし、私もこのぐらい」
セリリリスがはにかみながら答えてくれる。
初めて会った時よりは勿論精神的距離も近づいている。
俺もそうだがセリリリスは会った時から恰好が変わらない。
俺のブレザーにも神の加護の名残が掛かっているらしく、どんなに汚れ、ほつれても時間が経てば元通りな綺麗な姿に戻るらしい。でも、中に着ていたワイシャツと下のスラックス、下着はこの旅の途中全部だめになってしまった。
これもセリリリスは分かっていたらしく、旅の前に、下に着ることが出来るシャツとズボン下着は揃えてあった。
下着等は俺が頼んだわけでないから、セリリリスか他の誰かが買って来たのだろう。
もしセリリリスだったら一体どんな顔でそれを揃えたのだろうか……
セリリリスの恰好はあった時からの真っ白なままだ。
旅をしているわけだから直ぐに汚れるが、それは数秒で落ちてしまい、いつもの純白な姿に元通りしている。
寝ているときもベールを顔からかけているわけだから、顔の全体をまだ見たことがない。
一度出来心でベールを上げようとしたが、寝ていたはずなのにパッと目を覚まし、
「これだけはやめてください勇者さま。他は何でもしますから」
そう懇願されてしまうと、こちらも手を出せない。
彼女にとって、いや聖女にとってその白いベールというのは、とても大事なモノらしい。俺もそんなに困った姿のセリリリスを始めて見たので、こちらからも謝った。それからは一切触れることなく旅を続けている。
パチパチと燃える炎を三人で囲み、焼いた肉とスープの簡単な、でもボリューミーな夕食を取っている。夕食の肉は、アレフがどこからかよく分からない動物を狩って捌いている。
手伝おうと言ったが、元インドア派の俺では役立たずで、今は火の番や燃えやすい枝を取りにいくなどを何とか仕事にして、居場所を確保している。この旅で俺がいないといけないという場面はここまで一度もなかった……
旅の間になにか一つでも役に立ちたいのだが、このメンバーで俺だけが出来ることなど無いような気もする。
辺りからはよく分からない虫の鳴き声が聞こえる。
頭の上には満点の星空が広がっているだろう。
目の前の炎が目に染みる。
アレフとセリリリスの話声を流し聞きしながら、俺は串に刺さった肉を歯で食いちぎる。
キャンプなどやったことがなかったが、こんなに楽しいんだったら前の世界でももっとやっても良かったな。
夜だからだろうか、そんなことが頭に過る。
「一週間でここまでこれたな。予定より少し早いぐらいではないか」
「はい。そうですね。もう少し時間がかかる予定でしたが、幸いにも特に問題もなく、進んでいます」
「だな。まあサトシの訓練は進んでるとは言えないが。剣術の方は最悪なんとでもなるが、魔術は多少は使えないと今後キツイな」
「まだ、時間があるので勇者さまなら大丈夫だと私は信じております」
「お前が言うなら、信じよう。明日中にはあの村に着くだろうし、今後のことはそこで考えよう」
「はい分かりました」
俺のことを話しているが、イチイチ俺が入ることもないだろう。
二人は俺の知らないことを多く知っているし、任せていて信頼できるし、大丈夫な人間だ。
とりあえず明日、次の村に着くみたいだからまたそこで予定を聞けば良い。
……結構はぐらかされることも多いが。
俺は炎の前に寝転がる。最近は馬車で寝るより、土の上で寝ることが多くなった。馬を休めたいのと、あまり俺が良く寝付けていないことを考えてくれてのことだろう。
ありがとう。
本当にこんな俺でいいのか分からないが、ありがとう。
俺は感謝の気持ちを、胸に眠りについた。
次の日俺たちは大きな村の前で立ち止まる。
いや正確には村だったであろう場所の前だ。
そこには家は一軒も建っておらず、辺りには何かが焦げた臭いが充満し、煙が薄く立ち上っている。
……村は焼け跡となっていた。
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