第9話 旅の始まり
今日から第二章『守る』ということが始まります
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ガタガタと揺れる馬車の荷台で、俺は空を見上げていた。
空には日本では見られないほどの星が多く瞬いている。
この世界に来たときも夜空の美しさに感動した。
今もその感動は変わらない。
キレイだ。
隣では、セリリリスが小さな寝息をあげている。
この世界に来て数日が経ったが、このガタガタと揺れる荷台では、なかなか寝付くことが難しかった。
「おい。サトシよこの前から、あまり寝れていないようだな。どうしたなにか心配ごとでもあるのか」
そんな声が馬車を操っている御者台から聞こえる。
心配ごとそんなのいっぱいあるに決まっている。ないはずがないだろ。
俺の気持ちになって考えてみろよ。
ふざけんなよ。
心の叫びが内部から湧き上がってくる。
俺はその疑問に特に答えることを放棄して、キレイな宝石箱のような夜空を見上げ続けて、沸き上がってきた気持ちに蓋をした。
日本では見ることが出来ないであろう、麦畑のような農村地帯を馬車はのそのそ進んでいく。
返事がなかった俺をどう思ったのか知らないが、御者台に乗っているそいつは独り言のように続ける。
「…………もう寝たのか、勇者サトシよ。……最近寝付けていなかったようだし、あいつも俺から見るとまだ子供。そんな子供にな……。親父も……」
そうこの声から分かるように、覇王の第一子、アレフ=ゼロ=プライムもこの聖シモンを目指す旅に同行していた。
あれは三日前の出来事である……
俺とセリリリスは旅の仕度をして――その細かい旅の仕度はほぼ彼女がして、俺はなにもしないで城の与えられた自室に籠っていただけだが、王の間を訪れていた。
与えられた部屋の中には、今まで俺が寝たことのあるどんなベットよりもフカフカで眠りやすいベットが置いてあったし、朝昼晩と三食しっかりと食事が用意されており、なんの不自由もなく生活できた。
その部屋では、なにもしないで、なにも考えないで生きることが出来て、この異世界に連れてこられたということさえ無視すれば、最高で素晴らしい生活が送れたのだった。
しかし、ずっとそんなニートのような生活が出来るわけもなく、俺が悠悠自適な半ニート生活—たまに食事を置きに来た、従者らしき人と目が会うが、会釈をされるだけで、夜になって現れるセリリリス以外とは会話もすることのない生活を送っていた。
毎日、夕食後に現れるセリリリスは少しづつ、この世界について教えてくれた。
そして俺のあくびが出始めたぐらいの時間になると
「今日はここまでですね。また明日来ます。勇者さま、お体にお気を付けください」
一礼して部屋から去っていく。
俺は他人行儀がいつまでもなくならない、小さい彼女の背中を見ながら眠りにつくのだった。
一度セリリリスに連れられて、城下町に出てこの世界の生の生活を見た時は改めて驚いたモノだった。
ラノベや映画など、日本では空想になってしまうであろう世界に足を踏み入れて、これからはその世界で生きていくことになるんだろうと、感じさせるものだった。
少しハプニングもあったが、あれはご愛敬だろう。
あのキツネ少女がどうなったのか、分からないが……
城下町に出てハプニングがあった次の日。
朝ごはんを食べた後のぼうっとした時間――この世界に来てまだ数日だがこうやってぼうっと何かを考える時間が多い。それはきっと俺の頭の処理能力がまだ追いついてないのだろう。
当たり前だ。
そんなすぐに異世界に慣れるはずもない。
この部屋に連れて来られた直ぐは、飯を食べてすぐベットに横になり、次の飯まで眠るということしか出来なかった。
そんな俺にもセリリリスは必ず毎晩現れてくれた。
本当に彼女の存在がありがたいモノだった。
やっと、落ち着いてこうやってモノを考えることが出来るようになった矢先にセリリリスとよく部屋に食事を持ってきてくれた従者の女性――今まで生きてきた中でもなかなかお目に掛かれないほどの美人でスレンダーな女性が部屋に入ってきた。
「勇者さま、おくつろぎのところ申し訳ないのですが、旅の仕度がやっと整いました。」
「ああそうなの。で、出発は?」
「申し訳ないのですが、今から出発とさせてもらいます」
「えっ今から。俺はなんも準備してないし……」
「急なことなのですが仕度も整い、覇王様も出来るだけ急いで行けと……」
「……分かった。行くしかないしな」
「ありがとうございます」
セリリリスはぴょこんと俺に一礼し、入り口に向かって歩き出していた。
俺は行きたくない、行きたくないと叫ぶ心をしかりつけ、座っていた高級そうな椅子から立ち上がりその後を追う。
俺は朝飯の片づけをしていた、いつも来てくれていた従者に向かって
「いつもありがとう。ご飯おいしかったよ」
一声かけてセリリリスが見えなくなった入り口に向かって歩く。
従者はその俺を見て、いつもと同じように会釈を返したのだった。
セリリリスが王に旅の準備が整いもう出発出来ることを告げる
「覇王様、準備は整いました。これで聖シモンへはいつでも向かうことが出来ます」
「そうか。ご苦労だった。出来るだけ早く向かって欲しかったから、丁度良い」
そんな感じの会話が、セリリリスと覇王の間で流れている。
俺はそれを真面目に聞くわけでもなく、ただぼうっと聞き流していた。
「はい。それで聖シモンへはあのルートを使えばよろしいですか」
「応。そうしろ」
セリリリスが王にそう聞く。
そうだ、どうやって行くかも聞いてなかったし、どのくらいかかるかも聞いてなかった。
ピコンという効果音が頭の中に響いたような気がすると共に、俺はその疑問を口にしていた。
「そういえばさ、どうやってその聖シモンとやらに向かうの? 後時間はどのくらいかかるの?」
そうその時の俺は異世界の移動手段を舐めていた。
セリリリスは俺の疑問に即答し
「はい。勇者さま。聖シモンには基本的に馬車を使って旅に出ます。そして通常ルートなら街から街を渡り歩いて、3年ほどかかります」
彼女がそう言い切った。
俺は自分の耳がおかしくなったのかと辺りを見回したが、誰も驚いていない。
そうだここは異世界だ。移動も馬車っていう古風なものを使うし、馬車が最速の乗り物ならば、遠くに行くのは時間がかかるだろう。でも、いきなり移動で三年は取られ過ぎだ。
「えっ。ホントに? そんなに時間かかるの? えっマジ?」
俺は語彙力がなくなったかのように、言葉を口にする。
三年異世界に来て、最初の三年移動!
それはそれは時間がかかることで……
そんなことを思って驚き、口をパクパクさせている俺にセリリリスはいたずらっ子のように微笑む。顔の下半分しか見えないから正式には分からないが、異世界に来てからずっと一緒にいるからこそ、彼女のちょっとした笑顔に気づくようになってきた。
それはきっと俺がセリリリスをいつも目で追っているからということもあるだろうが……
そのいたずらっ子のような笑顔を浮かべたままセリリリスは
「通常ならですよ。勇者さま。ここは人界の拠点となる、シンロード王国です。ちょっと特別な行き方があるんです」
人差し指を唇の前に持ってきてやる、「しー」のポーズをする。
かわいい……
「えーゴホン。……オーケーそうならいいや。それで特別な行き方って?」
俺は見とれてしまったことが恥ずかしいので無理矢理話を続ける。
俺の質問に答えにくいのか、セリリリスは覇王の方を向く。
覇王も答えずらそうに
「えーそうだな。それは我の一族に伝わるもので、我の一族と神の声を聞けるものしか知らないんだ。申し訳ないがその場に行くまではお前にも秘密だ」
……まあそういうこともあるだろう。
いくら勇者と言っても国の秘密をホイホイ教えられないのだろう。でも神の言葉を聞ける聖女が知っているなら、神の加護を受けている俺にも教えてくれても良いと思うが。
そこはこの国の者じゃないからなのかな。
俺が考え込んだ姿を見て、セリリリスが慌てて覇王の言葉を補足する。
「申し訳ありません。勇者さま。これはシンロード王国に代々伝わるものなので。でもそれを使って聖シモンへと行きますので、その場に行けば多少は説明できると思います」
「ああ、全然いいよ。大丈夫だから。そんなに慌てなくても」
いつものようなセリリリスとのやり取りを行う。
ただ、もうちょっと聞きたいことがあったので俺は続けて覇王に
「じゃあ、それを使えばどのくらいで聖シモンへは着けるの?」
「ああ、それを使うことで、約1か月で聖シモンへと着けるぞ」
覇王が答える。
約1か月、初めの三年と比べると大幅に少ない。
この異世界の技術はなんなのだろうか。
王族に使わる移動方法で、勇者にも秘密で、36か月を1か月に減らす方法。そんなの大体一つしかないだろう。この世界にはきっと、世界内を転移する方法があるのだろう。
……もしかしたら、日本へと帰る転移も……
それは考えるのはやめよう。俺はこの世界で勇者として生きてくことに決めたのだから。
ちなみにこの世界は地球と同じで、1日は24時間で、30日で1か月、12ヶ月で1年という計算になっている。月の呼び方が日本と異なるが、そこは別に気にしなくても良いだろう。
だから時間や日付の計算でズレがないのだ。
……こっちに召喚され、今日で1週間(7日)向こうでも同じ時間が……
やめだ。やめ。
俺は頭の中を切り替える。
「なるほど。それならそんなに時間かからずに聖シモンへと行けるな。じゃあその方法を使って行けばいいんだな」
「そうだ。もう準備も出来ているようだし、今日にでも出発してもらおう。丁度良いぞ勇者。この一ヶ月の間に、聖女には魔術、我の息子には戦い方を学ぶといい。お前は強いが、戦いの基礎は出来ていないからな」
覇王は笑い下がっていく。
その姿にセリリリスは一礼している。
俺は覇王の言った言葉に衝撃を隠せなく、その場に突っ立ったままだ。
今なんて言った。
我の息子だと…
嘘だろ。あいつがついてくるのか……
突っ立ったままの俺の肩に大きなゴツゴツとした手が置かれる。
この手はヤバイ。
嘘であってほしい。
俺はそう祈りながら後ろを振り向いたのである。
「アッハッハッハ。そう嫌そうな顔をするな勇者。旅だぞ旅。次期覇王と、勇者と聖女の旅。これは歴史に残るぞ」
俺の肩を叩いたあいつの笑い顔を何度ぶん殴ろうとしたことか。俺はセリリリスとの二人旅を楽しみたかったのだ。
でも、冷静に考えるとその旅はかなり過酷なものになる可能性が高かった。
俺は勇者と言っても、タバコの力を借りないと力は発揮できない。それ以外は高校生の時のままの能力である。そんな俺が旅に出たところで直ぐに野垂死んでしまうだろう。
セリリリスを助けるどころか俺が助けられる羽目になってしまう。
しっかりとした大人が必要だ。
それならば、このアレフは適正だろう。
何と言っても覇王の息子で、強さもタフさも折り紙付き。獣界への旅も何度もしているし、覇王の一族だから時間短縮ルートでもついて来れる。フツーに考えるとこの男しかいないのである。
俺もこいつの人間性は嫌いじゃないからしょうがないとは思うが、好きな女とのデートに現れたと考えるとなかなかウザったらしいものがある。
その王の間に突然現れたアレフは、あれよあれよという間に仕度を初め俺とセリリリスの聖シモンへの旅に付いてくることになった。
初日は準備しておいた馬車にそのまま押し込まれるように乗せられ、シンロード王国を出発した。
御者台にどちらが座り、馬の手綱を握るのかをアレフとセリリリスで揉めていたが、結局アレフが握ることが決まったようで、俺はセリリリスと荷台で一緒に旅することが決まった。
このことが決まった時心の中で小さくガッツポーズしたのは、多分バレていないはずだ。
こうして勇者と聖女と、覇王の第一子の不思議な旅が始まった。
冒頭に戻るが、俺はこの異世界の居心地の悪い荷台ではなかなか寝付けなかった。
舗装されていない土の道を、馬がノッシノッシとゆったりとしたペースで進んでいる。その馬の足音と同化してガタゴト、ガタゴトと不規則な揺れが俺の背中を襲う。日本生まれのベット育ちの俺はそういう環境に適応がなかなか出来なかった。
そのたびにアレフは話しかけてきて、少しイライラはするが彼の優しやは感じ取っていた。
彼にも親父と同じで、王の素質があるのだろう。ここ数日一緒にいるだけでも分かる。
俺たちの乗っている馬車には、シンロード王国の国旗がつけてあり、農村を通るたびに村人が挨拶に来る。そのたびにアレフは馬車を降りて、話を聞きに行っている。
なにか問題があるとそれを解決しているそうだ。聖女であるセリリリスも村人と会話して、祈りを捧げている姿を良く見る。
俺?
俺はいっつも荷台に寝転がって空を見て、魔術の練習をしている。
特に俺が出来ることはないのだ。
勇者が生まれたというのはまだ秘密らしい。あるタイミングでお触書を出すので、それが出るまで俺は身分を隠せということを言われている。
だから、彼らと何かを手伝うことはしないで、荷台でぼうっとしている。
魔術の練習もなかなか難航していた。
聖女曰く、俺には魔術が使えるはずだそうだ。体の中にマナは多く存在するらしい。でもそれを体外に出す、蛇口になにか詰まっているようで、体の中にあるマナを上手く外に放出が出来ないそうだ。
それが分かった時の首を傾げた姿は可愛かった。
だから、魔法は現状使えない。
アレフからはまだ戦い方は教わっていない。
彼も集まってきた村人の世話などで忙しいようだ。
でもそろそろ村もなくなるようなので、本格的に俺に教えていくと、怖い笑顔を浮かべていた。肉体レベルは高校生のままなのだから、あまりキツイのは勘弁してもらいたい。
でも、そうは言ってられないのだろう。
俺は勇者で魔王を倒さなければいけない。
魔王との一騎打ちになれば負けないと思うが、そこにたどり着くまでに死んでしまったら意味がない。チート能力のタバコには限りがあるのだから、使うタイミングも考えておかないといけない。
ガタゴト、ガタゴトと荷台が揺れ、俺に震動が襲い掛かってくる。
目の前には満点の星空が広がっている。
遠くで俺に話しかけるアレフの声が聞こえる。
俺はそれを子守歌代わりにして、意識を手放した。
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