閑話 異世界のキツネ少女は「じゃ」をつける
昨日の部分の続きからです。
一つ前の「異世界でのデートは波乱万丈だ」を読んで頂ければ幸いです。
大通りから外れた裏道にセリリリスに手を引かれながら入っていく。
「ここまでくれば大丈夫でしょう」
セリリリスがそう言って俺の手を離し、一礼する。
「私の勝手な判断で助けてしまい、申し訳ありません。勇者さま」
俺はセリリリスの予想以上の速さと、肩に担いでいたキツネ少女の重さで疲弊しており、息がゼイゼイと上がっており、そのセリリリスの謝罪に手をあげて答える。
そんな俺をセリリリスは心配そうに見ている。
「大丈夫ですか勇者さま。そんなに早く走ったつもりはなかったのですが……」
運動不足の俺には急に走るという行動はかなり辛かったが、ここでずっと苦しそうなのは勇者として明らか失格なので、なんとか荒れる息を抑え、向き直る。
「いや、全然大丈夫だよ。ちょっとびっくりしてさ」
そう言って、なんとかその場をごまかす。
そんな俺になにか言いたいことはあったかもしれないが、セリリリスは特にそれ以上触れてくることはなかった。
「それで、このキツネちゃんどうしようか」
俺が畳みかけるようにセリリリスに問う。
肩もそろそろ疲れてきたので、ゆっくりそのキツネ少女をおろす。
地面にそっとおろすが、さっき頭を打ち付けた衝撃が激しかったのかそのキツネ少女は起きる気配がない。
「そうですね。ちょっと気絶しているようなので、治療魔法をかけてみます」
「セリリリスは治療魔法も使えるのか」
「はい。そうです。治療魔法も基礎から使えますし、攻撃系統の魔法も使えます。また私は聖女なので、聖魔法も使うことが出来ます」
少しはにかみながらセリリリスは答える。この小さい女の子には、一体どんな力が秘めているのだろうか。
勇者として、召喚された俺だが基本的に運動能力は並だし、魔法も現時点では使えない。使えることと言ったら、タバコを吸うとその間だけ身体能力が強化され、攻撃無効化になることだけだ。
しかも強化された身体能力はまだ使いこなせていない。
けど、タバコの数も限りがあるから練習として使うと心許なくなってしまう。練習も出来ないので、ぶっつけ本番でさっきの身体能力強化を使いこなさないといけない。
俺本当に勇者として活躍出来るのだろうか……
さっきまでは異世界転移で勇者に慣れたことに胡坐をかいて調子に乗ってたけど、セリリリスの出来の良さや実際に戦った覇王やその息子と比べると俺がこの異世界で本当に勇者として名を上げることが出来るのだろうか……
この世界に来て初めての運動で己の素の運動能力に改めて呆れたからなのか、走ったことで少し頭が落ち着いたのか分からないが、現実を突きつけられてしまい冷静に考えてしまう。さっきまで勇者、勇者として崇められて、浮つき調子に乗っていた気持ちはもう影を潜めてしまい、悪いように悪いように考えてしまう、自分の嫌いな癖が出てしまう。
そして、元々の性格である陰な部分が鎌首を上げてくる。
急に塞ぎ込んで、考え出した俺にセリリリスはどう思ったか、分からない。けど、彼女は俺が考え出してから、なにも言わず、俺の右横にぴったりとくっついている。俺はそんなセリリリスをとても愛おしく思ってしまう。
こんな少女にだ。
でもこの少女は今まで俺が会った人間誰よりも俺のことを考えてくれる。
俺がして欲しいことをしてくれる。
それが本当に愛おしい。
そんなことを思いながら、俺はセリリリスの白いベールに包まれた頭を一撫でする。
セリリリスは嬉しそうに顔をあげ、またいつものように声をかけてくる。
「勇者さま、大丈夫ですか? やはりお疲れですか? いきなりこんなことになってしまっているんですもんね。すみません」
「いや、全然大丈夫だよ」
俺はいつものセリリリスとの掛け合いをしつつ、言葉を続ける。
「このキツネちゃんをさっさと、助けてあげよう。俺魔法が使えなくてごめんな。頼むよ」
「はい! 分かりました。気にすることはありませんよ。勇者さまなら練習すればすぐ使えるようになると思います。でも先に手から炎を出していたのは、あれは魔法では……」
「あれは、なんていうんだろうな。俺の世界でライターって言う道具で……。ああ、じゃあ旅に出たら魔法教えてくれないか?」
「勿論です。私に任せてください。こう見えても結構すごいんですから」
セリリリスが全くない胸を張る。「えっへん」という言葉がぴったりな彼女の行動に俺は苦笑いを溢す。
「笑いましたね、勇者さま。でもやっと笑ってくれました。ずっと塞ぎ込んでいるので……。勇者さまと私では立場も違うのですが、そうずっと悲しいお顔をしないで下さい。勇者さまはスゴイお方です。自身持ってください」
好きな女の子にそう言われたら、いつまでも落ち込んではいられないだろう。
切り替えが大事だ。
今はこのキツネ少女をなんとかしないと、そう思って道に下ろしたたキツネ少女をもう一度見る。
さっきまで気絶していた、そいつはいつの間にか目覚めて俺とセリリリスを見つめていた。
「いつまで、わしも放っておくのじゃ。いちゃつきは見飽きたのじゃ」
そいつはそう生意気にも言い放った。
俺はセリリリスに
「もうこいつに治療魔法かけた」
と聞く。
「いちゃつくなんて、私と勇者さまでは、つり合いが……」
セリリリスは俺の話は聞いておらず、下を向きモジモジしている。
「ほら。言ったじゃろ。やっぱいちゃついておる。そこの男も顔、赤くなってるぞ」
けたけたとキツネが笑い声をあげる。
「「いちゃついてねーよ(ないですよ)」」
俺とセリリリスの声がハモる。
恥ずかしい。
そんな気持ちはセリリリスも同じなのか、顔を下げてしまった。
このキツネは舐め腐ってる、絶対俺より年下なんだしここは日本特有の年功序列を教えてやらないといけない。しかも、こいつを助けたのは俺らだ。—正確に言うとセリリリスだが。
きっちり落とし前はつけてもらわないと。
「おい。キツネ。お前は誰に助けてもらったと思ってるんだ。そんな態度は流石におかしくないか」
「そうじゃった。そうじゃった。いやおぬしらが初心すぎてな、少々からかってしまった」
からからと笑っている。
起きてからずっと笑っているなこのキツネは。
「申し訳ないのじゃ。その節はありがとうじゃった。腹が減りすぎて死にそうだったのじゃ」
「それで食い逃げしようとしたのか」
「食い逃げなんて言葉が悪い。ちょっと拝借しただけじゃ。わしに食べ物を恵むのは当たり前の話じゃ」
「いや、お前何様なんだよ」
「わしか~。わしはただのキツネじゃ(ドン……っ
俺の拳骨がこのキツネの頭に直撃する。
やはりこいつは大人を舐めてる。あのまま兵に渡した方が良かったのかもしれない。
「お前、今から兵に突き出してやろか」
「痛いのじゃ~。痛いのじゃ~。こいつわしを殴ったのじゃ」
「じゃー。じゃー。五月蠅いんだよ。少しは申し訳なさそうにしろよ」
「痛いのじゃ~。こいつ小さい女の子好きだと思ってたのに、暴力ふるのじゃ~。やめるのじゃ~。ロリコン」
俺は腰の「恒河沙」に手を掛ける。
「おい。キツネ」
と、その手に正気に戻ったセリリリスが飛びつく。
俺の刀を引き抜こうとした手にをぐっと抱きかかえて、抜刀させないようにしている。
俺の手にローブ越しだかセリリリスの体がくっつき、彼女の体のラインをしっかりと感じさせる。その感触に俺は冷静になり刀に置いていた手をおろす。
セリリリスはまだ俺の手にくっついている。
それを見逃さないのが目の前のキツネだ。
「おい。男よ。おなごの体は気持ちええか。おぬしもそれだけで止めるとは、ほんっと初心じゃのう」
コイツ。
セリリリスは、ぱっと離れてまたうつむいてしまう。
俺は、なんとか怒りを抑える。
また抱き着いてもらいたいが、このままだと埒があかない。
てかもうこのキツネ助けたし、城に帰ってもいいかもしれない。
イチイチこいつに構う必要はないのだ。
「もういいよキツネ。じゃあな。俺らは帰るわ」
「なんじゃ。賢者モードか。あれだけで果てたのか。おぬしやはり初心じゃな」
もうコイツに構うのはやめよう。
セリリリスの顔は下半分しか見えないが、もう真っ赤に染まっている。
真っ白な服装に一カ所だけ、真っ赤になっているからやけに映える。
そんなことを思いながら、俺は彼女の手を引きながらその場を立ち去ろうとする。
「いや、冗談じゃ。冗談。マジで帰るのはやめてくれんかのう。わしもお礼をしたいのう」
その言葉を言われても俺は止まる気はない。
背を向け、歩き出そうとする。
と、足に何かが引っ付く。
「すまん。すまん。申し訳ないのじゃ。助けてもらったばっかりに、少しわしもはしゃぎ過ぎた。おぬしらが可愛すぎるのがいけないんじゃ。まあ聞け」
このまま無視して帰るのは簡単かもしれないが、ずっと後をついて来られるのも迷惑だ。
ここで解決しておこう。
俺はそのキツネに振り返り
「分かったから、足から離れてくれ。それでなに。お礼の言葉ならもうもらったし、いいよ別に」
「いやー。言葉だけじゃ、駄目だろう。良いものをやるのじゃ。まずそちらの少女からじゃ。でも、お主はわしに暴力振るうしな~」
もう一度拳骨をお見舞いしようとしたところを、セリリリスに止められる。
「勇者さま、少し落ち着きましょう。私も落ち着くので」
そういって俺を止めたセリリリスが
「ありがとうございます。キツネさん。でも、私は善意でやったことなので、何か貰うということは結構ですよ。そのお気持ちだけで十分です」
こう言いながら、キツネに近づいていく。
セリリリスとキツネの距離が近くなった時に、そのキツネは鼻をスンスンと鳴らす。
そして一言こう言い切った。
「おぬし……そうか。……臭い、臭過ぎるわ。わしに近づくな」
先までへらへら楽しそうに笑っていた者と同じに者とは思えないほど、キツイ言葉を発し、豹変したキツネに俺は驚く。
しかし近づいていたセリリリスはもっと驚いたのだろう。
突然言われたその言葉に足を止め、あっけに取られている。
「助けてもらったのはありがたいが、無理じゃ。やれん。臭いからわしからもうちょっと離れてくれ」
語尾が変わった。
本当に嫌がっているようだ。
さっきまでの笑顔ではなく、つり目にして—もともとキツネなのだからつり目だが、キツい口調でセリリリスに言い放つ。
それを言われたセリリリスは特になにも反応することなく、俺の方に二、三歩下がってくる。
そしていつものように俺の右側に収まると、俺の袖口を引っ張り頭を下げるように無言でアピールしてくる。
俺がその指示通り、頭を下げるとセリリリスは
「次なにか言ってきたら、私は止めません」
そう今まで来たことのないような冷たい声色で俺にこそこそッと耳打ちする。
俺はぞっとするが、それに対して頷きで返す。
これはキツネが悪い。助けたのは俺たちだし、先ほどまであれほど楽しそうにしていたのに、いきなり強い言い方をしてくるのはおかしい。
俺はその怒っている情緒の分からないキツネに
「俺はどうなんだ。臭いのか。俺だって今気分が良いもんじゃないぞ。寧ろ怒っている。お前が嫌だったらもう俺たちは帰りたいんだが」
「おぬしとは少し話がしたい」
キツネはそう言って真面目な、コイツも今まで見せていなかった顔を俺にする。
俺は右にいるセリリリスを見る。なにも言わないが、きっと俺の判断に任せてくれるのだろう。俺は彼女の頭を一撫でし、キツネに近づいていく。
「……そうか。おぬしもか。そういうことか……」
そのキツネは近づいてくる俺に向かってそう意味深につぶやく。
「もっとちこう寄れ。顔をみせみぃ」
俺は言われた通りそのキツネの近くに寄る。
「なるほどな……」
「おい。なんなんだ。お前は一体、なにがしたいんだ。セリリリスはお前に臭いって言われて傷ついたし。面白がって茶化してるんじゃねーぞ」
「それについては、わしも心から謝罪申し上げよう。ただの『人間』二人に助けられたと思っていたわしが悪かった」
今回は俺に対し、直ぐに謝り頭を下げた。
そして続けざまに
「わしから一つ聞きたい。おぬしこの世界のものじゃないな」
俺とキツネの間に沈黙が流れた。
俺はすぐさま内ポケットに入っているタバコに手を伸ばそうとする。
こいつが何者だかは分からないでもヤバイ。
俺がこの世界の人間ではないことに気づくのは、明らか普通ではない。堅気なキツネではない。
だか、流石にこのタバコなら大丈夫なはずだ。
俺の伸ばした手を素早くキツネが掴む。
たかがキツネ少女と侮っていたが、掴まれた腕は全く動かない。
後ろでセリリリスが動く音がしたが、キツネが大きな声を張り上げ牽制する。
「おい。そこの少女。おぬし神の使いだろう。この人界では聖女と呼ばれている人種だな。こんな小さき者がいるなんてわしは知らなかった。謝罪しよう。
申し訳なかった。助けてくれてありがとう」
そう早口で言いのける。
セリリリスは
「勇者さまの手を放してください。あなたは一体なんなんですか」
「……そうか、やはりこいつが勇者か……」
キツネはなにか一瞬考え、俺に目を向ける。
そしてセリリリスに向き直し
「申し訳なかった。今、手を離そう。そして本当に助けてくれて、ありがとう。感謝する」
そう言い放ち、俺の腕を掴んでいる尋常ではないほど力強い手を放す。しかし掴んでいた俺の手を離すときに、内ポケットになにかを入れた。
そして、セリリリスに聞こえない声で
「わしはおぬしの味方じゃ。今ポケットに入れたモノは、おぬしが一番困った時に使うといい。1つ確認したいのだが、なにか脅されているわけではないな」
「なにが言いたいのか分からない。俺はセリリリスを守ると決めたからここにいるんだ」
「そうか。……『守る』ためか……」
そうそのキツネは悲しそうな顔でつぶやく、
「わしは今から帝国に向かうが一緒にこんか?」
「それは無理だな。俺は今から聖シモンに行かないといけない」
「そうか。まあ無理な相談だったな。……死ぬなよ異世界の者」
「勇者さまから離れてください」
手をキツネに向け、セリリリスが声を張り上げる。
二人の間に緊張感が流れる。
「いやもう離れる。本当に申し訳なかったな。邪魔をした。またいつか会えるといいな。聖女と『勇者』よ」
少し砕けた笑いをしながら、キツネが両手を上げ戦いの意思はないことを表して俺から離れる。そしてそのまま、一目散にその場から逃げていった。
セリリリスは追おうか迷ったようだが、まず俺のことと思ったのだろう、俺に慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫でしたか。勇者さま」
「ああ、大丈夫だった」
いつもの掛け合いをする。
セリリリスは俺の体に怪我がないか隈なくチェックし、何事もなかったことに安堵したように息をついた。
「申し訳ありません。私がついていながら……。勇者さまの身になにかあったら、私は……」
「いや全然大丈夫だったから。もういいよ」
「はい。そういえば勇者さまは何を言われたんですか、あのキツネに」
セリリリスが俺に問いてくる。
……よく分からなかったが、なぜか俺はその時素直に起こったことを、キツネに言われたことをセリリリスに報告しなかった。
取り留めもないことを言われた、としか答えなかった。
セリリリスはそれに対して疑問を思ったのかどうか分からないが、彼女が俺に何かを追求してくることはないので、そのまま話は終わった。
一応兵に声を掛けますかと聞かれたが、俺は首を横に振りその必要はないだろうと答えた。
その後、俺たちは町で買い物をして、旅の準備を行い城に戻った。
……俺の心に一つ彼女への嘘が出来てしまった。
城に帰って一人で内ポケットに手を伸ばす。
あのキツネは何を俺に渡したんだろう。
内ポケットに入っているタバコの箱の横に入っていた、それを俺は摘まんで片方の手に落とす。
小さな銀の『鈴』が一つ、ちょこんと俺の手に鎮座した。
感想、ブクマお待ちしております。
明日からは第2章、聖シモン編に入ります
明日以降も毎日投稿を続けていきますので応援よろしくお願いします。