思わぬ会食
風邪引いた。
弟にうつされた…。
ちくしょうめぇぇええ!!(鉤十字のあの人)
王の樹柱。
エルフの国、エルフリーデ王国中央にそびえ立つ大木でその高さは日本の超高層ビルと同じ300m程だ。
そして、俺はその木の幹の中に作られた部屋の一室に案内されている。
その途中に俺を見かけた者はその場に倒れたり、奇声をあげたりと散々な扱いを受けた。
なんで?
「それはご主人様が魔族で魔王様だからです。」
「あ、そうだった。」
この世界には魔族に友好的な国はない。
それはこの国でも例外ではなかった。
しかし、エルシアに加えてエルアさんも普通に接してくれているのですっかりフードも被り忘れていたのだ。
王様と守護者はエルアさんの睨みとエルシアの他者への恐怖心から早々に立ち去っていた。
「フード被っておけばよかったな。」
「ご主人様は悪いことはしていないのですから堂々としておけば良いのです。」
「いや、悪いことしたけど。盗もうとしたし、兵士を気絶させたぞ。」
「盗もうとしたのはもう許されてますし、兵士が気絶したのは鍛錬不足です。ご主人様のせいではありません。」
「まぁ、そう言ってくれるとありがたいな。」
奴隷の首輪がなくなり、隠すためではなくオシャレのためにするチョーカーが本来の役割を果たすためにエルシアの首についている。
エルシアは首輪がなくなっても俺のことはご主人様と呼ぶ。
理由を聞いても、ご主人様はご主人様ですから、と理由になってない回答が返ってくる。
別に困るようなことは今のところないのでそのまま呼ばせている。
「ご主人様、この部屋を使ってください。」
エルシアに案内された部屋は天井が高く、一人で使うには広すぎるベッドと大き過ぎるソファーが置いてある奥行き広い部屋だった。
「広すぎないか?」
「ご主人様、ここは王の樹柱です。広すぎるぐらいがちょうどいいのです。それにご主人様は魔国の長です。そんなお人を狭い部屋には入れられません。」
確かに国の偉い人を狭い部屋には入れないな。
だが、俺は国の長というわけではない。
「エルシア、俺は魔王だけど魔国の長ではないよ。」
「違うのですか?」
「違うよ。」
実質、今魔国を取り仕切っているのはフィルアだ。
企業統治という形になってる魔国では、その企業での役職が一番高いフィルアが魔国の元首だ。
「それではご主人様。夕食ができるまでこの部屋でお待ちください。できましたらすぐ呼びに来ます。」
「わかった。ありがとな、エルシア。」
「いえ。お礼を言われるほどでもありません。」
そう言って、エルシアはお辞儀をして部屋の中に入ってきた。
「エルシア、普通ここは出て行くところだよな。」
「申し訳ありません。でもまだ私…、ご主人様がいないと…。」
確かにお母さんに恐怖しないにしても俺から離れるのはまだ無理か。
「わかったよ。エルシア、いても構わないよ。」
「ありがとうございます!」
エルシアを部屋に招き入れソファーに座らせる。
奴隷が抜けていないのかそのまま俺の側に立ち続けるからだ。
なんか奴隷やってる時よりも奴隷として磨きがかかっているような…。
そんな思いをしながら俺はベッドにダイブする。
夕食ができるまで待機か。そういえばフィルアは元気かな。
エルシアとの話でフィルアを思い出し、気になってしまう。
魔国を出て三週間。
そろそろ顔が見たい。
フィルアは元気だろうか。
ふと、ベッドの上にある窓から外の景色を眺める。
緑と白のコントラストが本当に綺麗だ。
木々と見事に調和している。
フィルアにもこの景色見せたいな。
「なぁ、エルシア。」
「何ですか?」
「魔国とエルフリーデ王国は国交を結べるか?」
「厳しいと思います。」
まぁ、そりゃそうだな。
さっきの倒れられたり、奇声をあげられたりすれば厳しいはずだ。
「しかし、ご主人様。無理ではないと思います。ご主人様は魔族でも私を救ってくれました。その優しさがこの国の人にわかってもらえれば国交も結べます。それに、お母さんに話せば案外すぐに結べるかもしれません。」
子供たちからは他種族の排斥を訴える考えも出ていたが、大人たちからは俺が魔王になっても他種族との戦争を発起した人は誰もいなかった。
それが優しさと呼べるものかはわからないが、案外魔族の人たちは戦争なんて望んでいないのかもしれない。
というか、魔王である俺がそんなことはさせない。
勇者は別だが。
「エルシア、ありがとう。」
「いえ。ご主人様がこの国を見てくれたように私も魔国を見てみたいのです。魔国はどんな国なんですか?」
「エルシア、それは俺も知りたいことなんだ。」
「え?」
文明開化が始まったあの国で今の状態なんてわからない。
科学と魔法が融合した場合の発展度合いは全くもって予想不可能だ。
「というわけで、国交が結ばれるまでお預けだな。」
「そうですね。国交が結ばれるまで楽しみです。」
ーコンコン
「お夕食の用意ができました。」
しばらくして扉をノックされ夕食の時間になったことが告げられる。
俺はエルシアに連れられて夕食を食べる場所に案内される。
その際、扉をノックしたエルフのメイドさんには悲鳴をあげられたが。
「はぁ。心が抉られる。」
「ご主人様、申し訳ありません。」
「エルシアが謝っても仕方ないだろ。第一この国に来る前に魔王病なんてものを発症させてる前科もあるんだから、あの反応は正しいよ。」
あぁ、賠償請求とかされたらいくら払わなきゃいけないのだろう。
エルシアは笑っているが、俺は内心かなり焦っている。
そして、目的の場所に着く。
ーガチャ
重厚な扉が開かれ目の前にある光景に目を疑う。
「エルシアの家族ってこんなに多いの?」
案内された場所には料理が置かれた長い机とその周りに立つ大勢の人たちがいた。
「違います。あちらの方々は大臣方とその連れです。」
なぜ大臣がいるんだ。
ざわついていた部屋の中は俺が姿を現した途端静かになる。
その目線は俺のツノに向けられている。
「ツカサさん、こちらへどうぞ。エルシアも。」
三段上がった場所にいるエルアさんが俺を呼ぶ。
エルシアに視線を向けるとエルシアもこの状況に驚いているようだ。
俺は逃げ出せるはずもなくエルアさんの元に歩いていく。
エルシアも俺の後ろを追う。
幸いここでは誰からも悲鳴は上がらず無事にエルアさんの元に到着した。
エルアさんの側には小さく縮こまってる王様と直立不動で立っている守護者がいた。
何があったのかわからないが、王様の状況がなぜだか他人事とは思えない。
「まず、大臣方。この会食にご参加してくださいましてありがとうございます。」
エルアさんが挨拶を始めた。
その間に俺に執事がグラスを渡してくる。
「この会食の目的は国交を結ぶ上での我々エルフリーデ王国の魔族に対するイメージの刷新です。」
はっ!?
危うく口から出そうなったがなんとか抑える。
だが、この会場にいる人たちからはザワザワと動揺の声が広がっている。
「あなた。」
「静まれ!」
あ、王様が完全に支える側になってる。
「こちらに仰せられるのは魔王であるツカサさんです。」
エルアさんがこちらに視線を向ける。
挨拶をしろということだろう。
何がなんだかさっぱりだが挨拶をする。
「ご紹介にあずかりました魔王であるツカサです。このような場を設けていただきありがとうございます。」
エルアさんの方に視線を向けると笑顔で頷かれた。
その後、ざわざわ、が、がやがや、になったがまた王様が静かにさせエルアさんが話をする。
一応、国交を結ぶ上でイメージアップは必要なことだと考えていたので俺にとって今のところ困ったところはない。
というより、国交は結びたい。
だが、なぜいきなりの会食なんだ?
まさか、話を聞かれていた?
「ツカサさん。」
エルアさんが話を終えて今はエルシアが話をしているようだ。
俺が見える位置にいるからか普通に話ができている。
「エルアさん、これはどういうことですか?」
俺は少し強い口調で言うがエルアさんは笑顔で答えてきた。
「私は魔族とエルフの間にある対立関係を終わらせようとしているのです。」
「なぜですか?そんなことをしてエルフリーデ王国になんのメリットがあるというのですか?」
「国民を守るためです。」
エルアさんの話は簡単なものだった。
魔族と遭遇してしまえばどちらかが死ぬまで戦闘をしたり、あるいは逃げたりするという状況を変えるためだという。
俺もそれには大賛成だが、将来、魔族がエルフを襲わないとどうして信用できるのだろうか。
「魔族を信用しているんですか?」
「あなたが治める国なら信用しますよ。娘を対価に宝玉を要求しなかったのも評価しているのです。」
「俺を殺せばエルシアも死ぬと嘘を言いましたが?」
「それは本当のことでしょ。今のエルシアには間違いなくツカサさんが必要ですから。」
どうやら俺はエルアさんにかなり気に入られているらしい。
だが、エルアさんは一つ勘違いをしている。
エルシアにも言ったことなので隠したりはしない。
「エルアさん。俺は魔国を治めていませんよ。」
「えっ。」
エルアさんの顔が驚愕の表情になる。
魔の王と呼ばれているのに魔国を取り仕切っていないと知ればそんな顔になるのも頷ける。
「魔国を取り仕切っているのはもう一人の嫁のフィルアです。」
「身内ですか。それなら大丈夫ですよね。」
「大丈夫です。あいつは頭いいですから国交の意味もしっかり理解してくれます。」
国交を結べば魔国にとっては安全と共に新たな顧客が手に入ることはフィルアは一瞬で理解するだろう。
俺はエルフリーデ王国の景色をフィルアに見せたいだけだが。
「それよりツカサさん。お嫁さんが二人いたのですね。」
「え、えぇ。いますけど。」
エルアさんの顔がちょっと怖いくなる。
声のトーンも低い。
「国交の締結…、実はエルシアのためでもあるのです。」
エルアさんの声のトーンがさらに下がった。
「魔族とエルフ。ツカサさんとエルシアにしてみれば、魔王とエルフの王女。現状、この二人が婚約できることはないですよね。」
「エルアさん、まさか…。」
「あの人が勝手に政略結婚をさせようとしていた相手側の国の人がうるさいのですよ。だから、エルシアも懐いているあなたに一刻も早く婚約させたいのです。」
「それで、国交を…?」
「そうです。もう二人もいるなら一人増えても構いませんよね?」
「いやでも懐いているのは俺に依存しているからであって…。それと俺は嫁が二人いる男ですよ?」
「王は妻を何人娶っても良いんですよ。最も私はあの人にはそんなことさせませんが。」
ふふふ、と笑うエルアさんが怖い。
昔何かあったのだろうか。
「ツカサさん。これからが楽しみです。」
リンダと同じことを言ってるけど、トーンが全くリンダみたいに優しくない。
エルシアの話はちょうど俺たちの話と同時に終わった。
エルシアはオーガのところも話したらしく、助けに入った俺のことが話されてから俺に対する視線は多少恐怖と怯えが軽減されていた。
エルアさんがエルシアと交代で話を始める。
「エルシア、大丈夫だったか?」
「はい。ご主人様がいれば大丈夫です。」
と言っても話すのは辛かったようで俺の腕を掴んで離さない。
「それでは魔王と友人になるために、そして魔国との友好のために。」
「「「「「乾杯!!」」」」」
こうして突然の会食は始まった。




