1話
彼は突如嵐のようにやってきた。
私マリーンは祖父と二人、貧しいながらも質素に暮らしている。森の近くにひっそりと建つこの家は亡き父が建てた家だ。今日もいつもと変わらない朝が過ぎようとしていた。しかし、おじいさまが朝食を済ませ森へ出かける準備をしている最中、突如我が家のドアが開かれた。
ノックもせず金髪の若い男はあたかも我が家に戻るがごとく当たり前に家に入って来た。
男は私とおじいさまが見えていないかのようなそぶりで家の中に進み、今度はタンスを探りだした。
男はタンスを探ったが特に何かを取る様子はなく、今度は突如花瓶を持ち上げ床に叩きつけたのである。
ここで呆気にとられていたおじいさまが「何をするんじゃ!」と怒鳴りあげ杖で男の頭を殴打した。
「いたっ、えっ!?」
男は尻をつき、世界がひっくりかえったような表情を浮かべている。
「なにがえっじゃ。この盗っ人が!!」おじいさまは憤怒している。
「いや、違うんです。俺は盗っ人じゃありません」
「じゃあ強盗じゃな」
「いや、それも違うんです」
「いきなり人の家に上がりこんでやりたい放題、強盗以外にこんなことするやつがあるか!」
「たっ確かに」男はハッとし、また世界がひっくり返ったような表情を浮かべた。
「本当に違うんです。その、勘違いしてまして。壺とかあったら割っていい世界かと思っていましたので」
「そんな世界があってたまるか!」
男の訳のわからない弁明におじいさまの怒りは頂点に達した。
「本当にごめんなさい。
なんでもしますので許して下さい」
「いーや、役所に突き出してやるわい」
「そんな!いきなり罪人スタートなんて厳しすぎます。どうか情けを!!」
「んー、むう」
男の必死な弁明におじいさまは若干揺れだしていた。
「本当になんでもするんじゃな?」
「はい!やります。やらせて下さい!!」
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俺は交通事故に遭い即死したはずだ。
あんなでかいトラックに、あのスピードだ。痛みすらかんじないままにあの世へ送られたはずだ。
それなのに何故だ。
俺は生きている。
確かに俺の足は大地を踏みしめているのだ。
それに現代日本とは全く違う世界に来てしまったようだ。街も人も近くには見えない。ただなんだこの既視感は。
謎はすぐに解決した。
湖面に映った自分の顔で、俺は全てを察した。
俺の大好きだったゲーム「モンスターワールド」の主人公キャラの顔がそこには映っていたのだ。
俺がエディットした、長身、金髪イケメンキャラがそこにはいた。
俺は「モンスターワールド」の世界に転生してしまったようだ。
確かに脳がとろけるくらいこのゲームをやったが、まさか転生できるとは夢にも思わなかった。
「神様ありがとう。よかった馬鹿みたいなキャラ作らなくて」
俺は喜びと、ちょっとした安堵に包まれた。
あたりの景色の既視感は、「そうだ。ここはゲームのスタート地点!」
記憶をなくした主人公が森の湖で目を覚ますところからゲームは始まるのだ。
見れば腰にも初期装備の鉄の剣がある。
剣を抜いてみたが流石に画面の外でやるのとは臨場感が違う。
「当たり前か」
俺は自分にツッコミを入れ、早速街を目指して駆け出した。
魔物を狩って金を手に入れるのも大事だが、泊まる場所や武器や魔道具などを早く見てみたい。
俺はワクワクを止められず全速力で走った。
おかしい。
全然疲れない。
ゲームでも主人公は腹が減るまで無限に走れたが、俺が疲れないのもその影響?
もしかして痛みも感じなかったりして…。
木の枝でチクリと腕を刺したが痛みはあった。
よかった。俺一応この世界で人間として生きていけそうだ。
しばらく走っていると無性に腹が減ってきた。猛スピードで走っているからな、体力の消耗が激しいようだ。
そんな時に運良く民家が見つかった。
森の出口近くにひっそりと建つ綺麗な家だった。
「ラッキー」
俺は早速民家に入り、食べ物を頂戴することにした。
ドアを開けると中には若い綺麗な女性と、年老いた男の二人がいた。
部屋の中を見ても質素な生活が窺い知れる。
早速で悪いけど、タンスを調べさせてもらった。
食べ物以外にも使えるものがあればいただいていこう。
若干二人の視線が気にはなるが、画面の向こうの主人公ももしかしたらこんな気持ちでタンスを漁っていたのかもしれない。
気にしない、気にしない。
俺は自分に言い聞かせて作業に没頭する。タンスに使えるものはなかった。
と、なると次は定番の花瓶の中だ。俺は花瓶を持ち上げ床に叩きつけた。
花瓶の中も残念、何も使えるものはなかった。
次は何にしようか、
「何をするんじゃ!」おじいさんの怒号とともに俺の頭頂部に激痛が走った。
「いたっ、えっ!?」
俺は突如の事態に頭が混乱した。
何故このおじいさんは激怒しているのか。なぜ後ろの女性は呆気にとられているのか。
わからない!!
「なにがえっじゃ。この盗っ人が!!」おじいさんは憤怒している。
「いや、違うんです。俺は盗っ人じゃありません」俺は何かないかと思って花瓶を割っただけなのに。
「じゃあ強盗じゃな」
「いや、それも違うんです」
「いきなり人の家に上がりこんでやりたい放題、強盗以外にこんなことするやつがあるか!」
はっ!「たっ確かに」そういうことか!
ここはゲームの世界だが彼らにとっては現実以外の何物でもない。
俺の行動は毎日ここに住む彼らにとっては強盗そのものだ。
しかもこのおじいさん役所に突き出すとか言ってるよ。
それだけは絶対に避けなければならない。
圧倒的に強くなったゲーム終盤ならば役人など向かって来ても大したことはない。だがまだ弱い今のままでは多勢の役人にはかなわない。それに強盗は死刑だ。
絶対に罪人ルートは避けねば!!
「なんでもするので許して下さい!」俺はすがる思いで頼みこんだ。
おじいさんの心は揺れているようだ。
「本当になんでもするんじゃな?」
「はい!やります、やらせて下さい」
こうして俺はこの家の臨時雑用になった。まぁ空いた時間に修行でもしようか。武器や魔道具は逃げていくわけじゃないし。
俺に与えられた仕事は、この二人じゃ捗らない力仕事系ばかりだった。
薪割りに、水汲み、畑の耕しや木の伐採もやった。
2、3日もすると2人はだいぶ俺のことを信用し出したみたいだ。
若い女性の名は「マリーン」。おじいさんは、「おじいさん」だ。
「ルナは働き者だね」ルナとは俺の名前だ。
「まぁ花瓶割っちゃたし」俺はマリーンに返事した。
「今日はご飯いっぱい作ったからいっぱい食べてね」
「ああ」
マリーンが夕食を作っている間、おじいさんもいないし俺は外に出て修行をすることにした。
薪割りは一年はやらなくてもいいくらいに俺がやっておいた。
剣で木を伐採しまっくたからな。この広大な森には何の影響もないだろうが、人間にとっては大きな恩恵になる。
木を伐採するのも修行になるが、もっといい修行がある。
俺は剣を抜き、腕をひたすらピクピクさせる。
側から見たら怪しい奴だろう。だがそれでもいい。もう花瓶をいきなり割る頭のおかしいやつポジションは確保してあるしな。
俺が今やっているのは攻撃回数を稼ぐ修行だ。
これはこのゲームのバグを利用したチートトレーニングだ。
剣を抜いて降り抜き、構え、また降り抜く。
本来これをモンスター相手にやって攻撃回数としてカウントされるのだが、バグのおかげでモンスターがいなくても剣を降り抜くだけで攻撃回数を稼ぐことができる。しかも降り抜く必要はない。降る素振りで回数がカウントされるのだ。
ゆえに俺は今右腕をピクピクさせているのだ。
この修行で経験値も上がるし、攻撃回数が10万回に達すると特典もある。その上の100万回、1000万回は気が遠くなりそうだが、10万回はモチベーションが無事続くだろう。
こんな毎日が2週間ほど続き、俺の攻撃回数は10万回に達したようだ。
その証拠に雷鳴剣が使えるようになっていた。
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彼の名はルナというらしい。
彼は本当に強盗ではなかった。
ただ、変な行動はたびたびある。
今日も私が夕食を作っていると彼は外でピクピク震えている。
剣を片手にだ。彼を知らなければ即役人を呼んでいただろう。
でも彼は驚くほど良く働く。薪割りも畑も水汲みも10人がかりの量を彼一人でこなしてしまうのだ。
綺麗な金髪をなびかせ、彼は今日もせっせと働いていてくれた。
外でピクピクするくらい大目に見てあげよう。
それよりも彼の為に美味しいご飯を作らなくちゃ。
「ふーん、ふーーん」
私の鼻歌は上機嫌だ。