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Colony  作者: Scherz
第七章 古代文明と世界の理
991/994

16-5-28.古代遺跡9階の試練 影の騎士

夜の更新になってしまいました。

 そして続く古代遺跡の試練…9階。

 次の階に進んで試練に挑戦して、また次の試練へ。…という同じような流れが続いているため、9階へ進む面々の大半が「やや同じパターンの繰り返しに飽きた」という雰囲気を出していた。

 きっと、9階も同じようにホールがあって、影がいて、そこにミリアが挑むのだろう。…と。


 だが、そんな期待は悪い意味で裏切られる事となるのだ。


 9階に一行が到着すると、そこには同じホールが広がっていて…。


「あれれのれ?ミリアが居ないのにゃ?」


 後ろを振り返ったブリティが、最後尾にいたはずのミリアが居ない事に気付く。


「…どうしたのかしら?」

「忘れ物をして取りに戻ったに違いないのにゃ!」


 …と、ブリティは螺旋階段へ戻ろうとしたのだが、その螺旋階段がパッと魔法でも掛けられたかのように消えてしまう。


「どうなってるのにゃ?」


 螺旋階段があった場所の前で首を傾げたブリティは、はてなマークを浮かべながらクルルへ目線を送る。

 つまり、ブリティの理解できる範疇を超えてしまった為、クルルへ説明を求めているのだ。


(…って、そんな目を向けられても、私にも分からないわよ…。)


 と言うのが、クルルの本音である。しかし、ミューチュエルの頭脳役を担うクルルがそんな事を言うわけにはいかない。何かしら次の一手に繋がる行動を起こさなければならないのだ。


(他にいなくなった人は…いないわよね。となると、ミリアだけが9階に来たタイミングで消えたって事?この階で試練に挑むのはミリア。それを前提に組み込むのなら、試練に関係があると考えて差し支えないわね。)


 試練に関係があるのなら、問い質す相手は決まっている。どこか信用のおけないという評価が定着しつつある…ナビルンだ。


「ナビルン。ミリアが居ないのは試練に関係があるのかしら?」


 そのナビルンは…錯乱していた。


「何故、何故、何故、何故…。何故ナノデスカ!?9階マデハ同ジ風景ダカラコソ、最後ノ試練ガクライマックス感ヲ出スノデス!ソレガ、マサカ、何故ナノデスカ!?越権行為!?ソレハ私ノ台詞ナノデス!!フザケルナァァァァァ!!!」


 ナビルンの絶叫はホールの壁に虚しく吸い込まれていくのだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 クルル達やナビルンが混乱の極みにいる中…。

 ミリアは顎に指を当てて首を傾げていた。

 「考えてるけどサッパリ分からない」のポーズである。


「あれ…?私、皆と一緒にいたよね?ここってどこだろう?」


 ミリアが今いる場所は…見渡す限りの青空が広がっていた。足元には柔らかい草が生えた草原が何処までも続いている。

 試練の塔にいたはず。そして、黄土と砂塵の都にいたはずだ。砂漠ならまだしも草原というのは謎だった。


「えっ?私…迷子っ!?」


 何がどうしてこうなったのかがサッパリ分からないミリアは、ブンブンっと周りを見ながら両手を頬に当てた。所謂、あのポーズである。橋の上ではないので、イマイチ決まっていないのだが。


「どうしよう…。」


 不安の声を漏らすも、それに答えてくれる人は誰もいない。いつも頼りになるクルルも、底抜けに明るく前向きなブリティも。

 頼れるのは自分だけだった。


「……よしっ。歩いてみるっ!」


 こうして、草原探検が始まった。


 ………。

 ……。

 …。


「もう無理っ…。」


 そんな草原探検は30分でミリアの心が折れて終了となる。

 歩けど歩けど草っ原が続くエンドレス草原は想像以上に精神を摩耗させていた。

 どうしたら良いか分からない不安と、誰にも頼れない心細さがミリアをじんわりと攻めているのだ。

 ひと休みしようと、ポフッと草原に座り込んだミリアは改めて周りの様子を観察してみる。


「…うん。やっぱし変だよね。生き物も、木もない。本当に草しか無いよ。」

「そうだな。私もここまで草原が続いているのは予想外だ。」

「だよねっ。どうやって皆のところに戻ったら良いのかな…。」

「それは簡単だ。私を倒せば良い。」


 …………。………?

 ミリアはふと思う。「私は今誰と話してるのっ?」と。

 バッと声のしていた後ろを振り向くが、そこには誰もいなかった。


「無防備すぎる。最初のひと声が聞こえた時点で警戒すべきだ。」


 再び後ろから聞こえる声。パッと振り向くと…そこには、影の騎士が腕を組んで佇んでいた。


「えっと…あなたは…?」

「言わずとも理解しているだろう。私は、9階の試練を任された者。君に強さがあるのかを問わせてもらう。」

「強さ…?」

「あぁ。君が、自身の言葉を実現するだけの力を持っているか。そして、それを成し遂げる意志を有しているのかだ。それらを包括的に強さとして見極めさせてもらう。」

「…分かりました。」


 影の騎士が出す雰囲気から、試練が簡単に済みそうも無いと感じたミリアは気を引き締めて返事をした。


「良い返事だ。では、試練を始めさせてもらおう。」


 ミリアの返事に首肯した影の騎士が腰に差していた剣を抜き放つ。

 キィィンと澄んだ音を鳴らして抜かれた剣は、そこまで剣の知識を持っていないミリアでも思わず見入る美しさを誇っていた。

 同時に悟る。


(この影の騎士…強い…。)


 全身から発せられる闘気、美しい剣の存在感。並々ならぬ試練相手なのは間違いが無かった。


「先ずは小手調べといこうか。」


 影の騎士がゆらりと構える。

 ミリアも呼応するように細劔を抜き放ち、対峙する。赤の装飾が施された柄を握る手が…緊張から汗ばんでいた。


「君に問うのは剣技。」


 ひと言。それだけだった。

 次の瞬間には影の騎士がミリアへ肉迫して鋭い斬撃を繰り出す。速い。余りにも速かった。まともに細劔で受けてしまえば、接触面から圧し折られてしまいそうな力強さと速さを兼ね備えた一撃。


「う…!」


 故に、ミリアは影の騎士が放った斬撃の角度に対して細劔を斜めに合わせ、軌道を逸らす。細劔の刀身が受ける斬撃の威力にしなるが、ミリアはギリギリの所で受け流すことに成功した。

 影の剣はミリアという狙いを外し、草原に食い込んだ。

 その瞬間である。斬撃の衝撃に地面が長く切り裂かれ、左右に広がる衝撃に草が引き千切られ、宙を舞った。


「うむ。並以上の技量は持つようだ。ならば…。」


 影の騎士は止まらない。

 土から剣を引き抜くと、再びミリアへ襲いかかった。

 次に繰り出されるのは連撃だ。流れるように繋がる斬撃の数々がミリアへ容赦無く襲い掛かる。


(つ…強い…!まだまだ本気を出してなさそうなのに…!)


 一撃毎の重さは初撃と比べれば劣っているが、それを補って余りある斬撃。

 剣術を極めているわけではないミリアは、少しずつ押され始めてしまう。


「中々の反応速度。だが、技量は甘い。」


 そうミリアを評した影の騎士は、斜め袈裟斬りの刃を返すと、体を一回転させて横一文字の斬撃を放った。


「うぁっ……!」


 急に混ぜ込まれた強撃に反応しきれなかったミリアは、弾き飛ばされてしまう。


「弱い。魔法を使わずとも強くなければ、大切なものなど守れはしない。名はなんと言う?」

「はぁ…はぁ…私?」

「そうだ。」

「私の…名前はミリア=フェニー。」

「名乗りに感謝する。してミリア君よ。君は何かを守る為に戦った事はあるのかな?」

「ある…あるよっ。私は、白金と紅葉の都に住んでいる皆の笑顔を守る為に……今も戦ってるよ。」

「そうか。ならば問おう。君は笑顔を守ると言う。そのまもるという行為…私は諸刃の剣だと考える。ミリア君はまもる故の強さ、まもらぬ故の強さを何と心得る?」

「まもる強さとまもらない強さ…?」


 難しい問いかけだった。

 これまでミリアは「笑顔を守る為に頑張る」…そう考えてミューチュエルでの活動を行ってきた。だから、まもる強さは理解出来る。しかし…まもらぬ強さとは…。


「うーんっとね、まもる強さは、守りたいって気持ちがあるから…ここだって時に頑張れるんだよっ。だからまもれた時に嬉しいんだ。だから…まもる事で、精神的に強くなれるんだと思う。」

「ふむ。ならば、まもらぬ故の強さは?」

「まもらない……。………あっ。」


 ふと、閃く。


「まもらない人は、何かをまもる必要がないから、その何かに縛られる事が無いかも…。そうなると…柔軟な考え方が出来る…?」

「うむ。なら…。」


 影の騎士の姿がブレる。


 ギィン!!


 一瞬で間合いを詰めた影の騎士は、再びミリアへ向けて剣を振り下ろしていた。

 ほぼ直感でその斬撃を捌いたミリアの髪が宙に舞う。何度も続けられる攻防では無いのは明らかだった。


「ならば、まもらぬ者の方が強いと思わないか?人は何かをまもると誇らしげに言い、それに縛られる。そして、まもる事に命を懸け、時に命を散らしていく。だが、まもられていたものはどうなる?まもる者が命を散らした後に、誰がまもる?まもる者がいなくなったものはその後、幸せに過ごせるのか?幸せなら良い。だが、不幸が、地獄が待っているかもしれない。それならば、まもられず、命の灯火を消した方が…結果的に幸せだとは……思わないか?淡い期待を与える事がどんなに過酷で残酷な事か。」

「そんな…!」


 ミリアは否定しようとする。

 だが…否定の言葉が出てこなかった。

 影の騎士が言う言葉が理解出来てしまったのだ。

 だが…理解したとしても、頷きたくなかった。

 それは、ミリアが白金と紅葉の都に住む人々の笑顔を守ると決めた覚悟を、ミューチュエルのこれまでを、そして…クルルとブリティを裏切る事になってしまうからだ。

 しかし、何も言い返す事の出来ないミリアに影の騎士は容赦無く畳み掛ける。鋭い斬撃と共に。


「良いか。まもると人々は簡単に言う。しかし、まもられる者達は本当にそれを望んでいるのか?まもられる事で不幸になる者が居る事から何故眼を背けるのだ。価値観の一方的な押し付けで、勝手にまもるものをまもれたと幸せになっているのではないか?」


 答えの出す事が出来ない問い掛け。

 そして…


「ミリア君がまもらなくても、笑顔は…守れるのではないか?」


 残酷な問い掛けが放たれる。


「それは…!」


 斬撃を捌ききれなかったミリアの左肩を影の騎士が操る剣の切っ先が斬り裂いた。服が破け、剣先の軌道に合わせて鮮血が舞う。


「う……。」


 鋭い痛みが肩口から全身を駆け巡る。

 少し離れた位置で剣を構える影の騎士は、肩を押さえて痛みに顔を顰めるミリアを真っ直ぐに見て、重ねて問いかける。


「さぁ、答えよ。まもる故の強さ、まもらぬ故の強さ。それを理解したとしても、ミリア君は笑顔を守る為に戦うのか?」


 分からなくなっていた。

 ミリアがこれまで信じてきたものが、いや…信念が真っ向から否定されたのだ。端的に言えば、笑顔を守る事が無意味だと。

 では、今まで頑張ってきた事はなんだったのか。いや、そもそも本当に笑顔を守れてきたのか。ただ、依頼を解決する事で笑顔になったクライアントの顔を見て…自己満足に浸っていただけではないのか。

 あの笑顔は心からの笑顔だったのか。


「………いや。……いや!そんなの嫌っ!違うんだっ。私は……。」


 そのまま否定の言葉を続けようと思っていたミリアは、ふと…目を閉じた。諦めたわけではない。自分の心と向き合おうとしたのだ。

 このまま場の流れに呑まれて口を開けば、影の騎士が言った言葉に沿った事しか言えないのは明白だった。

 一度落ち着く必要があった。例え、それが戦いの最中だったとしても…だ。一度口に出した言葉は、無意識に脳に焼き付いてしまう。だからこそ、慎重に言葉を紡ぐ為に、大胆に目を閉じることを選択したのである。

 そして、閉じた瞼の裏に浮かぶのは、これまで出会った人々の顔だ。

 毎月大量の本の配達依頼をしてくれる読書好きのおばあちゃん。

 お化け屋敷と呼ばれるようになってしまった屋敷の庭で、再び遊ぶ事が出来るようになった子供達。

 コスプレイベントで出会った人々。

 そして、依頼で街を走り回る時に、明るく声を掛けてくれる住民の人達。


 皆が笑顔だった。


 だから…。


「影の騎士さん。あなたの言ってる事は、真実かも知れない。でも、私は今まで出会った人たちの笑顔を信じたいっ。…ううん。信じるんだっ!私が皆の笑顔を守る為に頑張っていて、それが必要とされてないなら…私は、必要とされるようになるまで頑張るっ。それにね、思い出したの。何で笑顔を守りたいって思ったのかを。」

「ほぅ…私の言葉を、信じたいという想いで乗り越えるか。して、笑顔をまもると決めた理由をお聞かせ願おうか。」


 剣撃を止めた影の騎士は、剣を床に軽く突き立てて静聴の姿勢をとる。

 まるで、ミリアがこの後に言う言葉で問い掛けの答えを見極めるかのように。

 対するミリアは、そんな気負いは無くなっていた。

 力強い双眸で影の騎士を見据え、笑顔を守る…その原点を語り始めたのだった。

古代遺跡9階の試練では、ミリアについて色々と語られます。(予定)

今後の展開に必要な話となりますので、少し小難しい話が続くかも知れませんが、ご容赦下さい。

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