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Colony  作者: Scherz
第七章 古代文明と世界の理
988/994

16-5-25.仕える者

8月からは水曜日定期更新に戻します。

 四肢欠損。それが齎す激痛は想像を絶するものだろう。

 現に、ザンの目の前に横たわる人物…メイドの1人は、目から、口から、鼻から液体を垂れ流し、体をヒクヒクと痙攣させていた。

 広がる血溜まりが、彼女の命があと僅かであることを…否応無しに悟らせる。


「あなたは……何が…何があったのですか!?」

「ヒュー…ヒュー……畜生……何で私が……。」


 ザンの問いかけ。しかし、メイドは虚空を見つめながらブツブツと呟くのみだった。


(どういう事なのでしょうか。私が話を聞こうとしていたメイドが殺されかけているとは…。)


 異常な事態である事は間違いない。

 だが…。


(考えようによっては、相手は逃げられない状況にいる訳です。それならば、非情ではありますが…問い質すのも1つの選択肢ですね。)


「あなたは…3ヶ月前にこの屋敷で働くことになりましたね。そして…ご主人様が麻薬取引に巻き込まれたのも3ヶ月前です。これには何かの因果関係があると、私は見ています。」

「ヒュー…ひゅー…………。」


 メイドは反応しない。

 しかし、眼球がザンの言葉に反応して動いているのを見ると、言葉自体は届いているはずだった。

 故に、ザンは言葉を続ける。


「私の推測では、ご主人様のスケジュールなどを貴方が麻薬取引の黒幕に横流ししていたのではないですか?そして、今回の麻薬取引の目的…それはこの白金の都に麻薬を蔓延させる事だと推測されます。これが達成されたからこそ、警察へ情報を横流しする事で、麻薬取引の大元につながる情報を全て抹消しようとした。……違いますか?この推測が正しいとすると、黒幕と警察が裏で繋がっている可能性があるので、それはそれで難しい問題にはなるのですが。」

「………。」

「そして、貴女の目的は…まだ終わっていない。その目的はまだ掴めていませんが、私の隠し部屋に麻薬漬けの女の子が監禁されていたと嘘を付いた事…。それが隠せぬ証拠です。何が目的なのか話して頂けないでしょうか。」

「ふふ……。最高の執事として仕えてきたザン様も甘いものね。いいわ。教えて…あげる。…グボッ!!??」


 首だけを動かしてザンの顔を見たメイドはニンマリと笑う。そして…口から鉄の刃を吐き出した。

 痙攣する肢体。眼球はグリンと上を向き、刃の突き出た口からは血液がゴポゴポと溢れ出る。


「これは…!?」

「…この星の女は口軽ばかりか。ヌルい。」


 スゥ…っと陰から姿を現したのは、中分けの髪型が特徴的な男だった。


「ザン…と言ったかな。この貴族家は既に用済みだ。無駄な足掻きは感心しないな。」

「どういう事ですか?」


 不気味な雰囲気の男に警戒心を高めたザンは、身構えながら問い返す。

 目の前にいる男が今回の件に大きく関わっていると直感が告げていた。


「私は…いや、名乗る必要もないか。ともかく…だ。諦めろ。既にこの屋敷の住人の始末は、このメイドで終了している。」

「今…今、何と言いましたか!?」


 眼をを見開き、怒りの形相をあらわにするザンを眺め、男は呆れるように肩を竦めて見せた。


「言った通りだ。この屋敷にいる者で生きているのは、ザン…お前のみだ。」

「そ、…んな………。ウァアアァァアア!!」


 ザンの中で怒りが爆発する、

 共に主人を支えてきた仲間達。時には辛く当たる事もあった。力を合わせて乗り越えた難局もあった。様々な場面で共に助け合った仲間が全員命を絶たれたという言葉…許せる訳がなかった。

 力の限り叫んだザンは、スッと双眼を細め、男を睨み付ける。


「後悔させてあげます。」

「ほぅ…有名な執事様と戦えるという事かな?これは楽しみだ。」


 ザンの本気の怒りを前にしても戯けてみせる男。

 しかし、その余裕感は本物だった。

 一瞬で距離を詰めて放った双爪による連撃を男は難無く躱し、ザンの懐へ潜り込んだのだ。


「甘い。弱い。軟弱!」


 そして、下から抉るように拳がザンの鳩尾に減り込んだ。体を突き抜ける衝撃が脳髄を揺らす。


「ガ………ハッ……。」


 明滅する視界。途切れ途切れになる意識の中、男の言葉がザンの鼓膜に届いた。


「こんなものか。利用価値のない者達は惨めだな。」


 その言葉は、侮蔑であり、許し難いもの。しかし、体が、意識が、ザンの意志から離れてしまっていた。

 湧き上がる怒りを燃やしつつ、深い闇に意識が沈んでいく。


 1時間後。通報を受けて駆け付けた消防隊が目にしたのは、ガラクタ同然に破壊し尽くされた元貴族の元屋敷だった。

 死者多数。生存者1名。

 その生存者は後に病院から抜け出し、行方知れず。

 逮捕された貴族は麻薬取引の重罪により、極刑を言い渡されて人生に幕を閉じた。


 世間の目からは、全てが謎の事件として記憶から消え去っていくのだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 1年後。


 平日の真昼に1人の男が大通りを歩いていた。

 普段なら誰かを横に侍らせて出掛けるのだが、今日は横に誰もいない。

 つまり、完全なるお忍びなのだ。


「良い天気だな。」


 空を見上げて男は呟く。

 今日は風がある日だ。そんな日は白金の都の外側に広がる紅葉林から、真っ赤に色付いた紅葉がヒラヒラと運ばれてくる事もある。


(白金の都は無機質しかない近代的な都市。そして、その周りに広がる紅葉林は原風景のよう。全くもって素晴らしい。)


 軽く眼を閉じ、男はゆっくりと息を吸い込む。

 清々しい空気が体の芯へ染み渡っていく感覚に満足すると、男は周囲を観察しながらの散歩を再開した。


「……む?」


 少し歩くと、何やら騒がしい場面に遭遇する。


「てめぇ…!うちの商品を盗んだろ!?」

「いえ…私はそんな事…。」

「だったら……このポケットに入ってんのはなんなんだ!?あぁん!?」


 声から察するに万引き犯が捕まったという感じだろう。


「…万引き犯逮捕の瞬間か。…後学のために見てみるか。」


 とか何とか言って、単純に野次馬がしたいだけなのだが。

 男が野次馬陣に加わって見たのは、やけに腕っ節の強そうな男が、気弱そうな男の襟首を持ち上げている場面だった。

 気弱そうな男は必死に無実を訴えるが…全く通じていない。

 要するに、万引き犯を捕まえた店主という構図である。


「往生際の悪い奴だな!警察に突き出してやるから覚悟しろ!」


 店主はそう怒鳴ると、地面に落ちていた丸眼鏡を足で踏み潰し、気弱そうな男を殴る。


「がっ…。私は………無実なのです。」


 懇願するように絞り出される声。

 その様子を野次馬に混じりながら見ていた男は、眉をピクリと反応させる。

 そして、口端を持ち上げると呟いた。


「…面白いな。」


 その後、気弱そうな男はボコボコにされて路地裏に投げ捨てられるという末路を辿った。

 一方的な仕打ち。だが、物を盗んだのなら仕方がないのだろう。寧ろ…警察に突き出さずに済ませた店主な感謝をすべきかも知れない。前科者となる事を避けられたのだから。

 …というのが野次馬達が遠巻きに見ながら囁いていた内容。

 しかし、男は違う感想を持っていた。


 だからこそ、路地裏に投げ捨てられた気弱そうな男の横に立ち、見下ろしていた。


「…なんですか。私を笑いにきたのですか…?」


 気弱そうな男は起き上がる力もないのか、地面に横たわりながら、視線だけを男に向ける。


「そう思うか?」

「えぇ…。この都市に住む人々は、皆が他人事と思って生きています。どうせ貴方もその1人なのでしょう。」


 嫌味を含めた言葉。

 しかし、男は動じなかった。


「そんな事はどうでも良い。それよりも、お前は何故無実を訴えて戦わなかった。」

「無実を訴えていましたが…聞き入れてもらえませんでした。」

「そうではない。お前は…強いのだろう?」

「……何の事ですか?」

「惚けるか。あの店主に殴られながらも、急所に食らうのだけは避けていただろう。その他の暴力も僅かに体を動かして衝撃を受け流していた。」

「……気のせい…です。」

「何故、そこまでして卑屈になる。見た限り、野次馬の中に店主の仲間と思しき者が何人かいた。人数差から勝てないと判断したのか?それとも…あの場で絡まれて、殴られる事自体が目的だったのか?」

「……貴方、何者です。」

「それは肯定と捉えて良いのかな?俺が何者か。そんな事はどうでも良い。大事なのは、お前が何者か…だ。普通の神経ではあのような真似は出来ない。何を目的にこの場にいるか話せ。」


 気弱そうな男は、この言葉に迷う素振りを見せる。


「………。分かりました。私の名はザン=ルタメ。先ほどの騒動は…」

「ザン=ルタメ…!そうか。お前があの…。」


 顎に手を当て、何かを思案した男はザンを眺めて不敵に笑う。


「面白い。ここで出会うか。お前がここにいる理由は、かつて仕えていた貴族を没落させた犯人を探しているという所か。」


 全てを話す前に事情を察し、見事に的中させる推測を話す男にザンは驚きを隠す事が出来ない。


「先程の店はズル賢いやり方で儲ける事で有名だったな。つまり、その儲けと麻薬に絡みがないのかを調べていたという訳か。敢えてあの場所で暴行を受けたのは、仲間を見極めるため…か。」

「流石ですね…。その推察力には脱帽せざるを得ません。もし宜しければ、名をお聞かせ願えませんか?」


 しかし、男はザンの問いかけを見事に無視する。


「ザン=ルタメ。お前は何の為に生きている?」


 その上で…前振りも無く投げかけられた問い。

 だが、ザンは大して驚きを表す事なく落ち着いて返事を返していた。


「全ては…白金と紅葉の都を陥れようとする輩を倒す為。その為に、このボロ切れのような命を繋いでいます。」

「くく……ははははっ!良い!ならば、俺に仕えるが良い。」

「私が…貴方に…?」

「そうだ。仕える相手に不足は無い筈と心得ている。」

「…?」


 ザンは眉を顰める。少なくとも、ザンの記憶に目の前の男と一致する人物はいなかった。

 男はそんなザンを見て笑う。愉快に、豪快に、豪胆に。


「俺の名は織田重光。革新党の党首になり、政権を博愛党から奪還する者だ。」


 これが織田重光と、ザン=ルタメの出会いだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 重光と出会ったザンは、結果的に生涯をかけて重光をサポートする事を心に決める。

 最初は懐疑的だった。道に倒れている男に声を掛けて、自分に仕えろというのだから。常識的に考えれば有り得ない行動である。

 しかし、重光と話して分かったのは、彼が相当な情報網を持っていて、有能な人物や貴族などの動向については逐一チェックを行っているのだ。その中で重光が目を付けていた人物がザンだった。…という訳なのだ。

 つまり、前から重光がザンを自分の陣営に加えたいと考えていたのだ。

 勿論、それだけが理由で忠誠を誓う訳が無い。

 1番の大きな理由は、重光が全ての事柄において正々堂々と立ち向かう姿勢を貫いているという点である。

 非合法スレスレの手段を選ぶ事もあったが、それは対峙相手の不正を防ぐ時に不正潰しで行うだけ。あくまでも正々堂々と戦う事を基軸にした行動を取り続けていたのだ。

 これは、前の主人である貴族に裏切られたという感情を持ってしまったザンからは、とても眩しく見えたのだ。

 だからこそ、重光ならば不幸な人を生み出さない世の中を作れると確信し、仕える事にしたのである。


 そして、重光に仕えるようになったザンは「最高の執事」という渾名に相応しい働きをする。

 選挙活動、有権者との密な情報交換、無理の無いフレキシブルに対応可能なスケジューリング。

 ザンが重光と共に行動するようになり、1年も経つ頃には革新党にとっていなくてはならない存在になっていた。


 更に、ザンは以前と同じように仕事をしていただけでは無い。

 有事の際に重光を守れるよう、戦えるよう、日々の仕事の合間で「強さ」を求めた。

 これまでのザンは「執事」という枠組みで見れば、圧倒的に強かった。だが…あの時、ザンは屋敷に侵入した男に何も出来ず…敗北し、全てを失った。

 だからこそ、白金と紅葉の都に於いてトップレベルの強さを求めたのだ。最も、重光自身も相当な実力を持っているので必要が無いとも言えたのだが。

 とは言え、強い人間が多ければ多いほどに、有事の際の対処成功確率は上がる。

 故に、ザンは努力を積み重ね、強さを手に入れた。


 そして、並行して重光との信頼関係も重ね、遂には選挙で博愛党に勝利する見込みが見えてきたのだ。

 後は博愛党が不正な手段を使わないように最後の潰しこみを行う。その為に、ザン自らミューチュエルの面々と黄土と砂塵の都へ乗り込んできた。この任務を達成すれば、政権奪還も夢では無かった。


 だが、そこで告げられたのは…思いもよらぬ重光の不正。


 ザンは思う。思ってしまう。


「どんなに仕えても、信頼してもらえる事は無いのだろうか。結局人間は自己利益の為に動くのか。私はその糧とされただけだったのか」


 …と。


 かつてのトラウマがザンの体を縛り付ける。

 そして、全方位から降り注ぐ男の影が放った銃弾の嵐が…容赦なくザンの体を貫いたのである。

気付けばもうすぐ1000ページです。

1000ページ記念で短編でも書こうか思案中。

ご要望などあれば活動報告に該当報告をUPしてるので、コメントお願いします!

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