16-5-20.炎使いによる試練
更新が遅くなりました。
2019年6月は不定期更新になります。
古代遺跡の6階に到着した一行。
ホールを眺めるが、床と壁と天井があるのみで、何も無い空間だった。
「あれ?試練って何があるんだろ?」
「むにゃぁ…コレは肩透かしトラップなのにゃ。」
試練というからには、余程大変な試練が待っているのかと思ったのだが…何も無さすぎて肩透かしというより…逆に怪しい気がしなくも無かった。
そんな一同の不安を感じ取ったのか、ナビルンが前に躍り出ると楽しそうに上下運動を始める。
「皆様ゴ安心下サイ。コレヨリ試練ガ始マリマス。挑メルノハ1人デス。1人ダケガホールノ中央ニオ進ミ下サイ。」
「あら。随分と嫌なシステムで試練を行うのね。…誰が行きましょうか。」
まさかの1人で試練を受けるという内容に、緊張感が走る。
3階に出てきた巨大ゴーレムの強さを考えても、6階から始まる試練は十分に警戒をする必要があるのだ。
「いきなり優しくない試練の内容ですね。私としては数人が様子見で試練の内容を調べ、最終的に総力で突破するという方策を考えていたのですが…。」
困り顔で言うザンの言葉にその場に居る者達は頷く。どう考えても、ザンの言った方法で試練に挑む方が安全なのだ。
だが、ザンの言葉を聞いたナビルンが左右に揺れる。
「ソレハ出来ナイノデス。試練ノルールハ絶対ナノデス。」
完全拒否である。左右に揺れる動作で微妙にイライラ感を演出しているのが狙ったものなのだとしたら、見事な効果を発揮している。
「ったく…!ここでチマチマと考えていてもしょうがないだろう?テメェらが怖気付いてんなら、アタシが先陣切ってやろうか?」
話が進まない事(と、ナビルンの揺れ)にイライラし始めたザキシャが名乗りを上げた。後ろに控える仲間10人もやる気に相違は無いらしく、ニヤニヤとして腕まくりをし始めていた。
「いえ…ザキシャ達に今出てもらうのは失策だわ。」
「あぁん?…どういう事さ?」
自身の案を否定されたザキシャが睨み付けるが、何でもない風に受け流したクルルは腕を組みながら右手を上に向け、指をピン!と立てた。
「いい?6階から10階まで試練があると想定して、1番難易度が低い可能性が高いのはこの6階よ。そうなると、強い人がここで消耗する必要は無いと思うのよ。試練をクリアしてから次の階層に進むまでの時間制限もあるし。ザキシャと10人のお仲間さんは同時に戦った方が強いのよね?」
「そうさね。アタシ達はチームで戦う時に最高の力を発揮するのさ。」
自慢げに胸を張るザキシャ。中々スタイルの良い彼女が胸を張るのは、男の目を惹きつけるのだが…そんな事をしないクルルの方が破壊力が強いのは…悲しき事かな。
「そうなると、1人でしか戦えない6階の試練はザキシャ向きでは無いわね。」
「はぁ…?テメェ…アタシが他の奴らとタイマンで戦ったら弱いって言いたいのかよっ!?」
ザキシャが吠える。
「そんな事は言っていないわ。ドッグテイマーズ全員で戦える階があった時に、ザキシャ1人だけが消耗してたら最高のパフォーマンスを発揮できないって言いたいのよ。」
「ははぁん。上手い言い方だねぇ?…おい、ナビルン!」
「ハ、ハ、ハ、ハハハハハイ!」
クルルの言葉に一応の納得を見せたのか、ザキシャは鋭い視線を向けながら叫び、びくりと震えたナビルンが震えた声で返事をする。
「この階は1人だけが試練に挑めるみたいに言ってたけど…アタシ達がチームで戦える階層もあるんだろうねぇ?」
「ソ、ソンナ階層ハ…。」
「あぁん?」
「…アリマス。エェアリマス。」
「よし。もし無かったら…テメェをぶっ壊す。」
「ヒィィィッ…!」
ザキシャの放つ威圧によってガタガタと震えるナビルン。
「コレハ予想外ノ展開デス。試練ノ再構築ヲ開始……。」
何やら只ならぬ様子でブツブツと呟き始めるナビルンを見ながら、腰に手を当てたザキシャはクルルへと向き直す。
「で、アンタは誰が行くべきだと考えてるのさ?」
「そうね…。無難なのは地力があって、どんな相手でも一定以上の戦いが行える者。かしら。」
「つまり?」
「つまり…ブリティね。」
「ウニャッ!?アタイにゃ?」
自分の名前が呼ばれるとは思っていなかったのだろう。座って寛いでいたブリティはピンっと跳ねて立ち上がる。
「アタイがバシンと勝てば良いのにゃ?」
「えぇ。どんな試練が待ってるか分からないけど、ブリティなら…負けないでしょ?」
「もっちのろんなのにゃ!」
ブンブンと腕を回してやる気を出したブリティは、ピョンと前に跳ぶと振り向いてザキシャを見て…。
「獲物はアタイが貰うから、ザキシャは大人しくしてるにゃよ?」
…と、やや挑発気味のセリフを言ったのだった。しかも、可愛らしく首を傾げるおまけ付きである。
「アンタ…可愛らしいお惚け猫娘かと思っていたけど…、ナチュラルに嫌味を言える天才だねぇ…!?」
こめかみにピキピキと青筋を立てて頬をヒクヒク動かすザキシャは、それでもニンマリと笑みを浮かべてみせた。
「負けたら丸焼きにしてやんよ。」
「…ザキシャは趣味が悪いにゃ。丸焼きはお魚さんに限るにゃ。」
「なっ…!?」
肩を竦めながら言うナチュラルなブリティの返答に我慢の限界を超えたザキシャが飛びかかろうとする。それを必死に止めるドッグテイマーズの男達。…という光景を見る事なく、ブリティはトコトコとホールの中央に向かい、到着したのだった。
「ドーンとこいにゃ!」
両手を腰に当て、胸を張って仁王立ちをするブリティ。
その様子を認めたナビルンが独楽のようにクルクルと回り始めた。
「挑戦者ヲ確認。試練ヲ再開シマス。」
ホールに異変が起きる。
全方位から黒い靄…影のようなものが染み出し、ブリティから3メートル程離れた場所に集まり始めたのだ。
影のようなものは密度を増し、1つの形を成した。
「女の人にゃ?」
首を傾げるブリティの目の前には、確かに女だと思われる影の人物が立っていた。
胸の辺りの質量を感じさせる隆起や、全体的な身体つきを見ても女である事は間違いがないだろう。ただ1点、影である為に意思があるのかが不明という点において不気味な存在感を放っていた。
だが…。
「貴女は…貫く意思を持っているのかしら?」
このようにブリティへ向けて言葉を投げかけた事で、その影に意思がある事が証明される。
「か、か、影さんが話したにゃ…!?ホラーにゃ…!」
耳と尻尾をピンと立てて怯えるブリティ。
幽霊屋敷の依頼を思い出しているのか、遠目から見ても分かる程にカタカタと縦揺れしていた。
「…貴女は貫く意思を持ってるの?」
「……うにゃ?」
2度目の質問。
変わらぬその内容は『貫く意思』を持っているか否か。
質問の意図を掴みきれないブリティは首を傾げるしか出来ない。
「な、何の事にゃ?」
「…貴女に、これだけは貫く。と決めたものがあるのかと聞いているのよ。」
と、女の影は噛み砕いた説明をすると、炎球を無数に出現させてブリティへ放つ。
「危ないのにゃ!」
とか言いつつ、危なげなく全ての炎球を避けてみせるブリティ。
しかし、その後方にはミリア達がいて…。
ナビルンが縦揺れする。
「ゴ心配ナサラズ。戦イノ影響ハ全テ遮断サレマス。」
ナビルンの言葉通り、大量に飛来した炎球はミリア達の前にいつのまにかに張られていた防御結界によって防がれた。
「流石は古代遺跡ですね。しかし…この結界を張る魔力は何処から来ているのかが気になりますね。」
冷静に分析するザン。
「企業秘密デス。因ミニ外カラハ見ル事モ聞ク事モ出来マスガ、中カラハ外ノ情報ハ遮断サレテイマス。一切ノ助力ハ出来マセンノデ、悪シカラズ。」
「そうですか…。抜かりないですね。まぁいざとなったら…ナビルンさんを破壊してでも助けるかも知れませんが…ね?」
サラッと残骸言った台詞に青褪めた(雰囲気を出した)ナビルンが、カタカタと縦揺れをする。
ややコント風なやり取りを横目で見ながら、静かに観戦するクルルは腕組みの下で手をキュッと握り締めた。
(私の予想が正しければ…貫く意思…少し厳しい試練になりそうね。)
結界の中では、炎の球や矢、刃等の様々な形状の炎魔法が飛び交い、ブリティに襲い掛かっていた。
「ほっ!とっ!うにゃっ!?……熱いにゃ!!」
炎刃が掠って微妙に焦げた尻尾を抱えながら、涙目のブリティは必死に逃げ回っていた。
女の影は魔力が無尽蔵なのか、休む事なく炎魔法を放ち続けている。
「ヤバイのにゃ。遠距離は不利なのにゃ。」
嵐のような攻撃の中、どうやって接近するかを考える。そして、ブリティは野生の勘と説明せざるを得ない動きで、攻撃の隙間を潜り抜けて女の影へ接近する。
しかし…。
「私の問いに答えるのが先よ。」
女の影が全方位に張っていた物理壁に阻まれてブリティは弾き飛ばされてしまう。
「ふにゃ…!つ、強いのにゃ。」
「あたり前よ。私はこの塔を上に進む資格があるのかを試す存在よ?弱い訳がないじゃない。」
「ぐぬぬ…何も言い返せないのにゃ…!」
悔しがるポイントがややズレているが、今はそこは問題では無かった。
女の影は再びの問いをブリティへ投げかける。
「それで、貴女には貫くものは無いのかしら?」
悠然とした態度で言い放つ女の影。その様子は「試す」という表現がピッタシであり、結界の外から見る面々からすれば、この問いに答えなければ先に進む事は出来ないという事が窺えるものだった。
起き上がったブリティは、女の影の問いに何かしらの意味があるのだと勘付いたのだろう。少し首を捻る。
「貫き通すものにゃ?…ん〜、それなら…ミューチュエルとして白金の都に住む人達の助けになる事をするのにゃ!」
「そう…。なら、その覚悟を…」
「あと、煮干しさんへの愛も貫くのにゃ。」
「…煮干し。」
予想外の答えだったのだろう。女の影の動きが止まる。
だが、流石は試練の担い手。すぐに軌道修正をしてみせた。
「なら、貴女は煮干しとミューチュエル。どちらを優先するのかしら?」
「それは愚問にゃ。どっちも大切だから、どっちも優先するのにゃ。」
「良い答えね。では、もう一つ聞くけど…、あなたがこの試練に挑んでいるのは何故?」
「…?ミューチュエルでの仕事にゃ。この党の最上階に行く必要があるのにゃ。」
「そう…。その仕事の先に白金の都の人々の助けになる結果が待っているのね?」
「当然にゃ。クルルが間違う筈が無いのにゃ。」
揺るがないブリティの自信。
だが、それは…女の影が言い放った言葉で安定を失ってしまう。
「クルルが…ではなくて貴女はどう思っているの?」
「だから、アタイはクルルを信じているのにゃ。」
「…そのクルルが、今回の依頼を実行する為だけに貴女達を騙し続けていたとしても?」
「へっ…?」
「つまり、今回の依頼を実行する事で、白金の都を不幸に陥れる事になるのよ。でも、いきなりそんな依頼を受けると言っても貴女は納得しない。だからこそ、これまでの依頼で善行を積み重ね、仲間である貴女達の信頼を得て、依頼の内容へ盲目的にしていたの。その全ては…この塔の最上階にある物を手に入れる為。それを手に入れる事で、クルルの…いえ、クルルとその仲間達の長年に渡る計画が実行に移されるのよ。」
「そ、そんな訳無いのにゃ!」
「どうして?」
「そ、それは…。」
「貴女は本当に依頼の内容を全部理解しているのかしら。依頼を達成する事で誰が権益を得るの?そして、誰がその影で泣くのかしら。それらの事象が引き起こす結果は?本当に、この党を先に進んで良いの?」
「ぐにゅ…。」
そして、遂にブリティは何も言い返せなくなってしまう。心では信じたい。クルルが間違っている筈が無いと。しかし、これまで依頼の内容についてはクルルやミリアに任せてきたのも事実なのである。今までは間違っていなかった。でも、今回のケースが正しいのかは…分からない。今まで正しかったと言うのは、只の結果論に過ぎないのだ。
この事実がブリティにのし掛かった事で、ブリティはその動きが大きく鈍ってしまう。
「さぁ、答えなさい。」
女の影は、ブリティが悩む事を意に介さず、右手の指をパチンと鳴らす。
すると、炎の柱が立て続けに発生し…ブリティに直撃する。
「ぎにゃ…!?」
上空へ吹き飛ばされたブリティは、体のあちこちを焦がしながらも、空中で体勢を立て直して着地をする。
そして反撃を…とはならなかった。信ずるべき物を折られた今、何を信じて戦えば良いか分からないのだ。故に、戦って良いのかも分からなくなっていた。
(クルルは嘘を付いてるのにゃ?ミリアもにゃ?でも、これまでしっかりやってきたのにゃ。でも、女の影さんは今までが嘘って言ってるにゃ。アタイは何を信じるのにゃ?)
仲間を信じたい気持ちと、信じて良いのかを疑う気持ちが葛藤となってブリティの内側で鬩ぎ合う。
その様子を確認した女の影は、更なる追撃を仕掛けた。
「私は今、ここに『とある物』を持ってるわ。それを受け取って、試練の敗北を認める事を勧めるわ。」
「…とある物にゃ?」
「えぇ。あなたが愛を貫くと言った煮干し。」
「い、今更煮干しなんかで惑わされないのにゃ!」
煮干しという魅力ワードでしどろもどろになるブリティ。
必死に抵抗する雰囲気を出していたが、次の女の影の言葉で、それは一瞬で崩れ去った。
「あら?いいのかしら。これは幻の煮干し…興奮絶頂煮干よ。」
「そ、それは…!!!!!!」
ブリティの目が見開かれ…女の影がゆっくりと開いた手に乗る煮干しへと釘付けになる。
そこには…何の変哲も無い普通の煮干しが乗っていた。
ブリティの煮干しネタはお決まりですね。




